行方定めぬ老剣士 一の村、再会

【書籍情報】

タイトル行方定めぬ老剣士 一の村、再会
著者鋼雅 暁
イラスト
レーベル蘭月文庫
価格200円
あらすじ街道から離れた場所にある村。入り口で、じっと村を見つめる老翁がいた。彼を見かねたか、村の少年が声をかけて屋敷へと案内してくれるが――。短編時代小説。

【本文立ち読み】

行方定めぬ老剣士 一の村、再会
[著]鋼雅 暁

目次

一の村、再会

 

街道からそれた獣道を抜けると、突如として村が広がっている。
田畑は、実りの季節はさぞ見事な眺めであろうと思われるほどに整然と並び、村の真ん中を横切るように流れている川では、川魚が鱗を光らせている。
「果樹園は……お、ちと難しいのかのぅ……枯れておる」
思わず苦笑が漏れるが、一見して、豊かな村だとわかる。

村の入り口の傍にある大岩に、照り付ける夏の日差しをものともせず旅人が一人腰を下ろしている。
野袴にぶっさき羽織、手甲脚絆に草鞋、菅笠に身を固めているあたり武家であろうが、供の者も馬も見当たらない。打飼袋を背負ってはいるものの振り分け荷物もある。
さらに奇妙なことに、腰に塗りのはげた大小をさしているのに、手には使い込まれた木刀を持っている。
「ほ、ほ、ほ……」
何が楽しいのか小さく笑う。
白いふさふさとした眉毛が瞼を覆い、視界は悪そうである。
「ほ、ほ、ほ……」
「じいちゃん、今朝からずっとここに座っているね。誰かを待ってるの?」
古びたかざぐるまと燻んだ色の竹とんぼを持った男の子が、不思議そうに声をかけてくる。五つか六つくらいだろうか。目鼻立ちのはっきりした、利発そうな子である。
「待っている……というか呼ばれたんじゃ。昔馴染みにな……」
ふうん、と少年は首を傾げた。
「この村の人? 呼んできてあげようか?」
ほ、と、旅人は少年を見る。
「さて……生きておるのかどうかすら、わからん」
「じいちゃんくらいの歳なら……うちの粂太郎《くめたろう》じいちゃんと同じくらいかな」
ほう、と、聞こえるか聞こえないかほどの声が洩れる。
「あとは、小間物屋の嘉助《かすけ》じいちゃんとお佐紀《さき》ばあちゃん……くらいしかいないなぁ……」
少年はウンウン唸りながらぷくぷくとした指をおる。
老翁はじっと少年を眺めたあと、その頭をぽんぽんと撫でる。
「……あれ? なんかあったかいものが、流れたぞ……」
「そうかい?」
「じいちゃん、不思議なお人だな。もしよかったら、おいらの家泊ってってよ」
すぐそこだから、と、少年は老翁の手を取る。
「おや、見ず知らずの老人を勝手に連れて行っていいのかね?」
「じいちゃんは、悪い人じゃないだろ」
「そうかい? そう見えるかい」
うん、と少年は頷いた。

老翁の足元を気遣いながら、少年は村の真ん中あたりのひときわ大きな屋敷に飛び込む。
「どうぞ。今は表玄関が使えなくて勝手口からだけど……」
む、と老翁は小さく唸った。が、すぐ笑顔になった。
「ありがとうよ」
「待ってて、お水持ってくるから」
「すまんな」
年季の入った大きな盥にはった水と、綺麗に畳まれた手拭いを運んできた少年は、人懐こい笑顔を浮かべる。
「どうぞ」
「ありがとうよ」
「夕餉は食べた?」
「いや、まだじゃ」
「じゃあ、隣のおみねさんを連れてくるよ! 奥の間で待っててね」
ぱたぱたと元気に駆けて行く少年の背を見ながら老翁は静かに目を閉じて、大きく息を吐き出した。
そのまま奥の間に足を進めた老翁は、旅装を解いて着流し姿になる。
腰には大刀を落とし差しにし、ゆっくり縁側へと出る。庭は些か荒れ、人の気配がない。
「……やはりな。彼は……」
庭に降り、腰の刀を抜く。無銘だがよく切れる。
若かりし頃から彼の相棒である。
密かなお役目で日本全国を巡り数多の悪党の血や恨みの血を吸っている刀ではあるが、いつ抜いても静謐で曇りがない。
ゆっくり素振りをしながら思案にくれる。

――粂太郎……夢枕に立ったそなたが気になり訪ねてきたが……わしにどうせよ、と……

心の中で旧知の友に語りかける。

続きは製品でお楽しみください

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