行方定めぬ老剣士 二の村、弟子と妖

【書籍情報】

タイトル行方定めぬ老剣士 二の村、弟子と妖
著者鋼雅 暁
イラスト
レーベル蘭月文庫
価格200円
あらすじ旅支度を整えて歩きはじめてすぐに老剣士は足を止めた。不穏な気配を察知したのだ。歩いては足を止め、足を止めてはまた歩く――。短編時代小説。

【本文立ち読み】

行方定めぬ老剣士 二の村、弟子と妖
[著]鋼雅 暁

目次

行方定めぬ老剣士 二の村、弟子と妖

 

小田原を目指し軽快な足取りで歩き始めた狼燕《ろうえん》は、だがしかし、その足をぴたりと止めた。
「おっと、もう気取られた」
「そこで何をしているか」
言い終わるや否や老人の体が、す、と沈んだ。空を薙いだ白刃はすでに青年の鞘に戻っている。
しん、とその場が張り詰めた。通常の旅人はもう宿に入っている頃合い、旅人の姿はなく、張り詰めた気配に慄いたのか生き物の気配すらもない。
互いに動かないまま、周囲はどんどん暗くなっていく。
再び、ふいに青年の鞘から刀が奔ったが、その腕はぴたりと老翁に抑えられていた。
「何の謂れもなく人に斬りかかってはいかぬと、何度も教えたはず」
「だって……先生がご健在だと、いつまでも私が江戸一番の剣豪になれない」
「江戸一番の剣豪などその程度でなれると思うな痴れ者が」
「老人の戯言は聞き飽きました。今宵こそどちらが強いか、尋常に勝負」
きらきらした目が、狼燕を見ている。とんとんと跳ねるように間合いをとり、純粋そのものの目で狼燕を倒しに来る。
容赦ない突きが、狼燕の喉元めがけて繰り出される。
「あれ、自慢の三段突きだったんだけどな」
「速のみ」
「おかしいなぁ……近藤先生も山南さんもかわすのが大変だって言うのに……」
「この程度で江戸一番とは聞いて呆れる。愚か者。修行をやり直せ」
狼燕が青年の腕を掴んで無造作に投げ飛ばす。
ごろりと地面を転がりながらも間合いを取り、立ち上がったと同時に飛燕の如く動きはじめた青年を、狼燕は目で追う。
だが、何を言うでもなく、指図することもなく、ただその場に立っている。
「いいんですか? 突っ立っているだけだどその首、もらい受けます。まぁ、一番弟子に斬られるのだから剣の師匠としては本望かな?」
やれやれ、と老翁はため息をついた。
「そなた、将軍警護のために京へ行くと聞いたぞ。斯様なところで刃傷沙汰に及んでいいのか?」
「構いませんよ、腕に覚えがあれば身分どころか罪人でも気にしないそうですから」
大らかですよね、と人懐っこく笑う青年を前にして、狼燕は苦虫を噛み潰したような顔になった。
「そんな顔をしないでください。山南さんや土方さんは体のいい厄介払いだと思わなくもないそうですが、私は人と切り結べるならどこだって行く」
「総司、お前のような男は一番刀を抜いてはならん。いいか、江戸でも京でも、極力抜いてはならぬ」
「えー、抜かなきゃせっかく磨いた剣技が披露できないじゃないですか」
「真の達人は抜かずに敵を斃すものである」
狼燕がふわりと移動したかと思うと、青年の体は宙をくるりと回転していた。
「ぐはっ……」
呻きながらも跳ね起きた、まではよかった。だが狼燕が素早く鳩尾に拳を突き込んだ。くたくたとその場に崩れ落ちるかつての一番弟子を片手で支え、地面に横たえる。
「ほう……総司、迎えが来たようじゃぞ。良き師と剣友に恵まれたな」
四角い顔の男と役者のような優男が「総司!」と口々に叫びながら駆けてくる。
彼らは、志ある若者たちである。関わり合いになるのを避けるために、狼燕は笠を深くかぶってその場を静かに離れようとした。
「……卒爾ながら」
落ち着いた声音に呼び止められた。ゆっくり振り返るとやたらと武張った男が――近藤勇が、律儀に頭を下げた。
優男の方は、地面に伸びた弟分の介抱をしている。いささか乱暴な手つきではあるが……。
「狼燕先生」
「わしは老いた、ただの剣術遣い、もはや総司の師ではない」
「わが道場きっての天才総司を、あっさり倒した動きに感服仕りました」
「……わが剣は人を殺すための剣。いかに素早く他人の命を奪うかを極めたと言ってもいい。そなたらは、わしらとは違う剣を極めよ」
「は、それはどういう……」
「剣の道を極めよ。いずれまた会うこともあろう」
会話が聞こえていたのだろう土方と、不思議そうな表情の近藤、交互に視線を向けたのち、狼燕は笠をかぶりなおして背を向けた。

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