
【書籍情報】
| タイトル | ロッキンブルーな君に捧ぐ(前編) |
| 著者 | 優詩織 |
| イラスト | 牛蒡 |
| レーベル | ペリドット文庫 |
| 価格 | 500円+税 |
| あらすじ | 不登校の高校生、黒瀬桃の趣味は音楽。歌ってみた動画を出しては、応援コメントに励まされ日々をやり過ごしていた。 ある日自分の歌ってみた動画が予想外に話題になり、それなりに人気なバンドの目に止まる。思わぬスカウトに最初は疑心暗鬼な桃だったが、ライブハウスに招待され彼らのロック調の歌に惚れ込み、彼らの仲間になることに。 その後彼らは順調に売れていき、武道館でライブをするほどに沢山のファンと名声を手に入れる。それと同時に、桃の歌のうまさから『天衣無縫の歌姫、黒瀬桃』と彼女が単体で紹介されることも増えていき… これは1つのバンドの、覚醒と名声と、メンバーたちの、熱く儚い人生談である |
【本文立ち読み】
ロッキンブルーな君に捧ぐ 前編
[著]優 詩織
[イラスト]牛蒡
― 目次 ―
ロッキンブルーな君に捧ぐ 前編
第一章 夜明けとともに
第二章 未知の領域
第三章 上昇
第四章 新天地
第五章 きらめき
第六章 狼煙
第七章 絶頂
第八章 決壊
第九章 ずれていく
第十章 決起
第十一章 自由
第十二章 朝焼けとともに
エピローグ
第一章 夜明けとともに
私の城は六畳の自室のみだった。
カーテンはいつも締め切っていて、仄暗い部屋には光は差し込まない。ベッドとソファ、テーブル以外には何も目立つものはない。
殺風景な風景、というのであろう。何もなくて、寂しくて、空気も冷え切っている。
私にお似合いの、しょぼくれた部屋だ。
私は電気もつけずに、そんな暗く淀んだ場所でジッと一人分のソファにうずくまっていた。
「桃、ごはん」
コンコンと扉をノックする自身の母の声に無言という圧で答えると、向こう側からため息が聞こえてくる。
「いい加減、外に出てきなさいよ」
吐き出すような言葉はそれ以降何も聞こえず、どうやら捨て台詞のようにその場に置いて去っていったようだ。
食欲はなく、扉を開ける気もない。
閉鎖的な部屋は、私の心の中を表しているかのようだった。
「今日も居場所は、ここしかない」
私はひとり、スマートフォンを起動させた。
『今日の歌も楽しみにしてます!』
『モモ! 待ってるぞ!』
『まだかなー、モモちゃんまだかなー』
そんなネットの優しい書き込みを見つけて、私は今日も安堵する。
気持ちを切り替えるべく眼鏡をクイッとあげ、口を開くのだ。
「今日も、私の曲、聞いてくれる?」
五月、長期休暇の開けた頃の、絶妙な初夏の季節。
私は、高校生のはずだった。
「ねえねえ、黒瀬さん」
お昼休みにニタニタと教室で薄ら笑いを浮かべてくる、気味の悪い髪色プリンの女たち。
教室で本を読んでいると話しかけられたので、私は本を閉じて問う。
「なに」
こわあ、とクスクスされたのちに、彼女たちは楽しそうに腰をくねらせながら私に問い続けた。
「黒瀬さんってさ、何でそんな暗いの?」
「は?」
「だから、なんで、そんなに、くらいの、って」
聞こえまちぇんでしたか? と露骨に赤ちゃん言葉を使ってくる彼女たちは、私をおちょくることを心の底から楽しんでいるらしい。
何故私がこうもいじられるようになったかなんてそんなのはわからない。大抵、彼女らの気まぐれにすぎないのだろう。
だが、私はその気まぐれがどうしても理解できなかった。
「暗いかどうかなんてあんた達の主観でしょ。それに私は好きで暗いわけじゃない。読みたい本があるから読んでるだけ。そういうふうに突っかかってくるほうがよっぽどめんどくさいけど」
一息にそう言って、本を読むのを再開した。
だが彼女たちは逃げるどころか、私が読んでいた本を取り上げた。
「なんの本読んでんの? 見せろよ」
「なになに? プッ、何これ。めちゃくちゃ難しくてわかんなーい」
「アレじゃね? 活字オタク。きっも」
まじうけるんだけどと続ける彼女らのなんと汚いことか。私は別に義務教育時代にいじめを受けたこともないし、引きこもりになったこともない。
少し頭が悪くてこの学校に入ったら、ヤンキーな女に絡まれてこのザマだ。
私って、つくづく不幸な女。
「これ、返してほしかったらお金頂戴?」
「カツアゲかよ、最高」
「いくらにしよっかなー、千か、万か」
「そりゃ万っしょ!」
ギャハハという気持ちの悪い声が教室に響く。
大体この教室にいる他の人間は何なのだ。普通漫画とか読んでたらやめなよってだれか助けてくれるところなのに、どうしてこいつらは耳に入れることを防ぐようにイヤホンをつけているのか。どうして、私自身も空気として扱うのか。
被害者と加害者を亡きものにしているこの教室に耐えきれず、私は逃げ出した。
「あっ、おい」
ヤンキーに首根っこを掴まれるもののするりと抜け出し、カバンも持たずに走り出した。
そして外に出て、曲がり角を曲がって。
走って、走って、走り続けて。
「桃、学校は?」
私は、その日以来家から出ることを辞めた。
いじめのせいで外に出るのが怖くなった、というのもある。教室では泣くのを我慢していたが、家に帰ってからわんわんと泣いた。
今日はもう寝なさいと機嫌の良い母に優しく背中を擦られ、私は自室に引きこもり、鍵をかけた。
そうして、引きこもりの私は完成した。学校を辞めるか否かはまだ協議中で、私は日がな一日ベッドでごろんごろんと転がっている。
そんないじめられっ子の私が、唯一輝ける場所。
『あなたの歌を聞かせて! ミュージックチャット、略してミュチャ!』
ミュチャ、というのは自分のカバーした歌などを配信しみんなに聞いてもらう、歌ってみたサイトである。
勿論そこで歌わずに誰かが歌っているものを聞く、聞く専門の人略して聞く専もいる。
不登校になって一週間後、私はこれを始めたのだ。
理由はもう、忘れてしまった。
『モモまだかな!』
『はやく歌ってくれよー!』
『たのしみ!』
四月から始めたとはいえ、フォロワーの数はすでに三百人を超えていた。
私は誰かに認められることの愉悦をほんの少しだけ感じながら、今日もスマホをセットしカメラを切り、にっこりと笑う。
「みんな、準備はいい?」
私がそう告げ、三百人のためのライブは今日も始まる。
夏休み前、私は両親とともに制服で学校に呼び出された。
ヒョロいゴボウのような見た目の担任と逆にたぬきのようなぽっちゃり校長との五者面談の中、校長がどっしりとソファに背を預ける。
「えー、まあ、おたくの娘さんはちょっと」
その口ぶりから、私がこの学校に相応しくない生徒ということは明らかだった。
オブラートに包んでいるがざっくりとした内容は「うちの学校になんで入ったの、正直めんどくさいんだよねあんた、自主退学してくれない?」ということであった。
だがそれを私も両親も顔色ひとつ変えずに聞いていた。教師陣は私達の表情が変わらないのに驚いたのか、少し顔を見合わせてえへんえへんと実に不快な咳をした。
「じゃあ、まあ自主退学ということで」
ね? ね? と首を傾げてくる教師に、私はふんとため息をついた。
「どうぞ」
私のその声に、教師はホッとした顔をして両親に話しかける。
「いやー助かりました! ねえねえお母さん。お父さん。あーホッとした、じゃあここにサインを」
私は、別に学校を辞めたとてどうにかなると思っていた。何故かはわからない。見栄を張っていたのか、はたまた別の学校に行けばいいやと思っていたのか。
書類に適当にサインをして、じゃあもう一生さようならと思いながら学校を出たとき、三階の窓から泣き叫ぶ声が聞こえた。
「やめてよお! 本返して!」
「やーだ、お前マジ面白いな」
私の他にターゲットがいたのだろう。あの女どもは眼鏡の太っちょな男の子をいじめていた。
「ばかみたい」
私はそう言って、親と車に乗って帰った。
だが、このまま帰れる、とはならず。
「お前どうするんだ、ふざけるなよ」
車に乗り込んだ刹那、父親にグーで殴られた。こうなったのはお前のせいだ、と言わんばかりに。
母親は止めず、蔑むような目で見てきた。こうなったのは誰のせいだ、と言わんばかりに。
似た者夫婦だなあと思いながら、私はごめんなさいごめんなさいと言い続け、ただ殴られた。
そうしてボコボコにされたところで、お前だけ歩いて帰ってこいと放り投げられ両親だけ車で帰った。
家までは車で二十分、歩いて約一時間半だ。歩いて帰れる距離ではないが、キツい。
それに、家に帰ったところで無事かどうかなんて分からない。きっと自分の心は壊される。
でも、帰らなかったらその時間分の暴力が待っていることも、私は知っていた。
うだうだ考えていても埒が明かないので、私はゆっくりと歩き出す。
夏の暑い日に水も飲まずに徒歩で帰るのは酷だった。ゼエゼエと息が止まらない。汗も、ふらつく頭も。
携帯だけがスカートのポケットに入っていたので、これを無くしたら終わりだと言わんばかりに私はスカートをぎゅっと握りしめて歩いた。
世間から見たら虐待だと言われそうだが、これはあくまでも私の責任だ。
父と母は、優しい時は優しいが、厳しいときは物凄く厳しかった。気分がいいと飴ちゃんやクッキーを買ってきてくれるが、機嫌が悪いと話しかけただけで舌打ちをされ、たまに平手打ちが飛んでくる。
中学の頃それを友達に話したら、とてもドン引きされたことを覚えている。でもそんな家で育ってしまったものだから、殴られるのが当たり前になってしまっているのだ。
それはおかしいよ、と言われたとて私はそうやって生きてきたんだからわかんないよと言う。甘い家庭で育ってきた人達とは、一生分かり合えない気がする。
そんなことより、帰ったらどうしよう。親になんて言おう。通信課程の高校に通わせてください、と頭を下げねばならないのか。教師と対峙したときに親が何も言わないものだから、てっきりこれは辞めろという合図なのかと思ってしまった。でもそうではなかった。親は私に、すみませんでしたと謝る期待をしていたのだ。見通しが甘かった。
そんなふうに考えたのもつかの間、駅前の横断歩道にたどり着いた。
ここを渡ってすぐ右に曲がれば、私は家についてしまう。また、親に殴られるかもしれない。
ああどうしよう。なんて言い訳しよう。どうすれば。
「困ったなぁ」
ブーッ、ブーッ。
信号が変わるのを待っていると、スカート内の携帯が鳴った。私はごそごそと手を突っ込んで取り出し、携帯を確認する。
見慣れない番号からの着信に、私は恐る恐る電話に出る。
「もし、もし?」
私は熱中症になりかけているのだろうか。一時間ぶりに出した声は、ほんの少し掠れていた。
『もしもし。黒瀬さんの娘さんですか』
「は、はい」
ちら、と信号を見ると青に変わっている。私は周囲が歩くのと同時に、急いで足を進めた。
「いいですか、落ち着いてよく聞いてね」
はい、とつぶやき、自分の家に帰るための道を曲がったとき。
「あなたの、ご両親が」
目の前に、ニュースキャスターたちと、取材班と、そして黄色の立入禁止のテープ。
目の前に立つ警察、奥の私の家、そして。
「事故で、亡くなりました」
焦げ臭い匂いとともに、さっきまでピカピカだった父の愛車が、キャンピングカーの下で吐き出したガムのようにぺちゃんこになっていた。
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