カノジョのハードル高すぎます!

【書籍情報】

タイトルカノジョのハードル高すぎます
著者朝陽ゆりね
イラスト黒百合姫
レーベルフリージア文庫
本体価格400円
あらすじ里実は自他ともに認める美人。だがあと一歩のところでうまくいかない恋ばかりしてしまう。そんな里実に、上司で社長の恩田が取引会社の冴えない営業マン創一を勧める。釈然としないながらもいつもどおりにアプローチするが、なんと断られてしまった!
ショックを受ける里実だが、創一は人を見る目のある恩田のお墨付きの男。ぜったい振り向かせようと張り切るのだが、創一には里実などとても勝てそうにもない想い人がいて――恋愛音痴の里実ははたしてその強敵に勝てるのか!

【本文立ち読み】

目次

カノジョのハードル高すぎます!

(そんな……まさか、そんなことって)
華原《かはら》里実《さとみ》、二十八歳は、送られてきたメールを凝視しつつ硬直していた。
やや明るいブラウンに染めた長い髪は、仕事に差し障らないようしっかり縛っている。癖のないサラサラヘアー、メイクはナチュラルメイク。ピンポイントで強調する手法で目元を際立たせ、自慢のパッチリした目を彩っていた。今日のスタイルはシックなグレーのスーツに深いグリーンのブラウスを合わせ、ピアス、リングもエメラルドグリーンで統一していた。
(高島《たかしま》さんが結婚だなんて!)
ランチタイム、電話当番だった里実は、誰もいない秘書室で一人パソコンに向かっていた。そこに飛び込んできたのが同期からのメッセージだ。
高島とは、里実が非常に気に入っていて、やんわりとアプローチをかけている広告宣伝部のイケメンのことだ。何度か食事にも行った仲であり、手ごたえがあった。今度こそ落とせる! という感覚を抱き始めていた矢先のこのメールだ。
『里実ちゃん、大ニュース! 広宣のイケメン高島さんが結婚するみたいよ!』
マウスを持つ手がかすかに震えている。
(私といい感じだったじゃない?)
ここ二、三か月は確かに時間が取れず会えなかったが、それでもメールを送れば早々に返事があり、里実はすっかりその気になっていた。
(だって、華原さんから誘われるなんて光栄だなぁって、嬉しそうに笑っていたじゃない! また誘ってねって! どうして?)
さらにそこに書かれている女の名前にも愕然とした。
(この子、入社二年目のフツー女じゃない!)
可もなく不可もなく、その辺にゴロゴロと転がっている石ころのような女――それが里実の印象であり、評価だ。
大学卒業までミスコンに出ては、なんらかの賞を取ってきた里実は、はっきり言って自分の美貌に自信を持っていた。
今だって、この会社の筆頭秘書を務めている。スタイルをキープするためにエステとフィットネスクラブは欠かせない。大好きなスイーツも我慢している。
給料のほとんどを美貌キープに費やしているのだ。絶えず自分を磨いている我が身が、石ころに負けるなど考えられなかった。
(な、なぜ)
悔しさよりも、疑問のほうが大きい。
(なぜ私があんな子に負けるのよ?)
そう考えるところがすでに負けているということに気づけないでいる――華原里実とはそんな女だった。

株式会社ピュアクリーンは『美と健康』を追求し、サプリメントやアロマオイルなど、それらに関するグッズや食品を販売する会社だ。そんな『美と健康』を追求する会社だけに、スタッフは男も女も健康的で美しくなければならない。特に秘書室、広報宣伝部、営業部、受付など対人業務は、かなり高い『見た目』を要求された(ただし昨今の世間の事情では、公に口に出して言うことはないが)。その一つである秘書室の筆頭秘書は誰よりも美しくあらねばならない。
里実は入社早々に秘書室配属となったが、努力に努力を重ね、半年前に念願の社長付筆頭秘書の座を勝ち取った。
もちろん誰にも媚など売っていない。正々堂々と掴み取ったのだ。それなのに地味子に負けるなど。あまりに信じられなくて、指は社内チャットアプリのアドレス帳から高島の名を選択し、メッセージを打ち込んでいる。

『結婚するって聞いたんだけど、本当なの?』

思案しながら書いた一文を何度も何度も、本当に何度も何度も読み返し、エンターボタンを押した。するとすぐに返事がきた。
(え?)
里実は表示されている文字に目を疑った。

『早いね、驚いた。そうだよ。一年つきあったし、まだ内緒なんだけど、妊娠したんだよ、彼女』

(に、妊娠? しかも、一年つきあったって!)
めまいがした。激しいめまいだった。スタート時から負けていたことを思い知らされた。
(そりゃ食事に行くだけで、エッチもなにもなかったけど……でも、そうなの? そんなの、アリなわけ? 私の勝手な思い込みだったの?)
「華原君」
(どうして? みんな、デートの約束を取ろうと申し込んでくるっていうのに、どうしてその私がフラれるわけ?)
「聞いているかい?」
(それが……よりにもよって、あんな、あんな、あんなフツー女に! 地味子に! 私が負けているのはトシだけじゃない!)
ギュッと握り拳を作り、ただ愕然とするだけだ。
(悔しいっ!)
「華原君ってば」
いつの間にか社長室とつながっているドアが開き、この会社の社長である恩田《おんだ》義男《よしお》が里実の横に立っていた。
恩田は年こそ六十歳だったが、身なりセンスのいい、バイタリティに溢れた男だった。外見はシブ系。若い頃には雑誌のモデルをしていたこともあって、立ち居振る舞いが優雅だ。人の視線に対し、どう立ち、どう微笑みかけると効果的か、実によく知っている。
実業家としても認められている上、社員からの信頼も厚い。彼のモットーは『福利厚生』と『自由発想』。この二つを重視する姿勢によって社員たちは、会社へは愛着を持ち、仕事へは自己発想の追求というモチベーションを維持していた。
また恩田は、社長も会社から見れば一社員、と言い、できることは分け隔てなく行っていた。
残業している社員がいれば声をかけて手伝い、行き詰まっている会議には積極的に出向いて助言をする。社長だけが持っている『決定権』を鶴の一声で発動すれば、みな安心してトライできた。
我々は大会社の社員ではない。社名では食ってはいけない。社員一丸となって頑張ろうと常々口にし、社員たちの信頼を集めていた。
そんな上司が横に立っていても気づかない里実は、亡霊のように青い顔をしてパソコンを睨んでいる
「おーい、華原く~ん」
「…………」
ここまで言っても里実は反応しなかった。恩田は仕方がないと言いたげに吐息をつくと、里実の背中越しにパソコンを覗き込んだ。
里実の同期から来たメール。それをさらりと流し読む。
「へぇ、高島君、林原《はやしばら》さんと結婚するのか。そりゃめでたいね」
「え?」
里実は耳元から聞こえてきた渦中の名前に反応して顔を向けると、上司の存在に気づいて飛び上がった。
「社長!」
恩田の顔には、『やっと気づいたか』という文字が浮かんでいるが、口に出して言うことはなく、社内恋愛の末、結婚に至った二人の話を続けた。
「なかなか高島君も狙いがシブいねぇ」
「……シブ、い?」
「うん」
「シブいのですか? 地味OLが? それは林原さんがシブいんですか? それとも地味OLがシブいんですか?」
思わず言ってしまった時、恩田が大声で笑いだした。
「地味OLって、華原君、なかなか厳しいねぇ。それ、けっこう暴言だよ」
鋭いツッコミを入れられ、里実はぐうっと言葉に詰まった。確かに失礼極まりない言い草だ。里実はわずかに顔を背け、右手で口を覆った。
「いっぱい遊んできただろうからねぇ、彼。男前でなかなかデキる男だから、林原さんみたいに家庭的な子が素敵に見えたのだろう。まぁ、男の好みは年とともに変わるからねぇ」
「…………」
「結婚は良くも悪くも全部一緒だからね。自分を作っていては続かない。カッコつけなくていい相手、心が安らぐ相手じゃないと」
「社長」
「林原さんかぁ……わかる気がするなぁ」
「どこが! どこがどうわかるんですかっ!?」
恩田の言葉に食いついた。恩田が『わかる』という地味OL林原の『良いところ』がどこなのか、いや、高島を落とすことができたその理由がなによりも知りたい。獲物を狙う肉食獣のような目で恩田を見上げた。
一方、恩田は里実の反応を面白そうに眺めると、天井を見上げた。里実が固唾をのんで見守っている様子を視線の端で捉えつつも、わざとらしく考え込んだように黙り込む。その後、恩田はゆっくりと里実に顔を向けた。
「あー、なんというか、さ。いろんな切り口があるだろうけど、まず林原さんの頼りなさそうなところがかわいく見えたのかな、ってね。やっぱり男ってさ、女を守ろう、守りたいと思うわけだし、頼られたいとも思うわけだ。まぁ、そうじゃない男も少なくないよ? いや、相当数いるかもしれないけど、仕事に自信を持っている男は、なんだかんだ言っても肉食系だからねぇ」
「…………」
「その次に、遊んでいる男ほど自分のことを棚に上げて、浮気なんかしない従順で家庭的な女を嫁さんには選ぼうとする。一番求めるのは、当然ながら料理の腕。美味いメシを出されたら、それだけでコロン、だよ。男はね、温かい家庭を求めて結婚するんだから」
「…………」
「聞けば林原さん、すごく料理が上手だって話だし。そういうところにイカれたんじゃないかな」
「…………」
「残念だったね」
硬直していた里実だったが、その言葉にビクリとこめかみを震わせた。
「残念? どういう意味でしょうか? 社長」
鋭く睨む里実に対し、恩田は気にした様子もなく軽快に笑って流した。
「狙ってたんじゃないの?」
それまでの里実の目つきも鋭かったが、恩田のツッコミのほうがもっと鋭かった。
「そっ、そんなわけがないでしょ! やめてくださいっ!」
「そーなの? 違ったのか。てっきり華原さんのお気に入りだと思っていたんだけどねぇ。だったら片づいてもショックじゃないね」
流し目が鋭すぎる――里実は言葉を失いつつも、そんなことを思った。
「そーそー、僕ねぇ、けっこう山口《やまぐち》君なんか狙い目だと思うんだけど」
「……は? 山口?」
いきなり飛びだした名前に里実の目が点になった。誰のことを言っているのかわからない。
(山口? どこの部署の山口? 社長が目をかけるような、山口って名前の社員、いたっけ?)

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