それは一夜限りのサーカスのようで―ロイドが奏でる月の光―

 


【書籍情報】

タイトルそれは一夜限りのサーカスのようで―ロイドが奏でる月の光―
著者青樹凛音
イラスト忍足あすか
レーベルアプリーレ文庫
価格500円+税
あらすじ舞台は東京、魔都となっているスチーム東京――。
「藤岡和哉」はエクトプラズムにより動く「ロイド」の女の子「シオン」をひょんなことから助ける。彼女の行動目的は「亡くなった兄のため故郷でバイオリンを弾きたい」というものだった。
しかもシオンそのものは博物館レベルの代物である。目的を果たした後は、藤岡に本体を譲るということで、藤岡と紫苑は追手から逃れて蒸気列車に乗ってダムへと向かうことに。

魔都東京から抜け出すロイドの女の子と、それを手伝う男のINSIDEを映し出す物語。

【本文立ち読み】

「何だか分からんような曲が世の中に増えてきたな」
俺は思わずそう呟いて東京の街中を歩く。
ショップのウインドウに映る俺の出で立ちを見る「ボサボサの黒髪で目は隠れて、チンピラみたいな格好」それと首に銀色のチェーン。
街には電気屋、オーディオ屋の前だけでなく商店街のスピーカーで流行歌が流れるのだがその曲に乗り切れない。やたらステレオだHi-fiだ、やたらキャッチーなサビとフレーズが強調されて何回もリフレインされている。
俺が生まれた時から東京の街は姿を変えて「魔都」と化していた。街には「新蒸気機関」が使われた乗り物が白い煙を吐き出しながら走っている。
道路には蒸気路面電車。
自動車も今は「蒸気」で動いている。
NEO_1982年。
戦後に起きた「新蒸気革命」から、蒸気機関がガソリンエンジンより効率良いものになってしまったこの世界では、さながら過去に人々が思い描かれていたであろうSFノベルのような風景が現実のものとなっていた。蒸気を動力源とした乗り物や機械が東京の街に溢れるように存在している。それに伴い漫画雑誌というものもSF漫画を軸に飛ぶように売れている。

「新都心の駅前だから、歩いたらすぐにでも着くだろう」
今日の目的地は少し離れた場所にある展示場だ。
先日オープンしたばかりの「新未来コンピューターグラフィックアート展」を見に行こうとここまで歩いてきた。入場料500円くらいは払ってもいいかもしれない、それでやることもない今日の暇を潰せるのならと。
道を歩いて行くと女性の声が聞こえた。
『いらっしゃいませ、この先「新未来コンピューターグラフィックアート展」が開催されております、どうぞ立ち寄って見てください』
女性を遠巻きから見て「あれはロイドか」と小さく呟く。
案内で働いている存在は「人型」の「人でないもの」だ。
それが「カラクリロイド」だった。
電力や新蒸気とは別に、過去に「プラズム」と呼ばれるものがこの世界にはある「プラズム」は物体に霊魂を宿らせて動かすもので、主に「カラクリロイド」と呼ばれるものに使われる場合が多い。
人型であったり機械的なものまで。
人の仕事を奪ってしまうことも存在して、中にはロイドを見るだけで憎悪をぶつける人者も居るがロイドに宿っているプラズマはもともとは人だった霊魂だ。俺とはあまり繋がりない存在で詳しく知っているとは言いにくい。
ただ、今のこの街に置けるロイドの立ち位置は微妙になってきていることは事実だ。大きな力を出せずに「新蒸気」に時代の主役の座を奪われて久しい。そしてこの先は「コンピューター」が次の主役になるだろうと言われている。
「廃れる、もののまだ需要はどこかにあるんだろうな」

東京の街を歩く俺「藤岡和哉」は東京の住民だ。
6畳一間の安アパートで暮らしている。
給料は競馬かパチスロで溶けてしまう。たまに競馬が当たってまとまった金が入るとそこらのバーで酒を飲んでは使ってしまう。
一般の女性にはほとんどの場合で縁がない。時に恋仲になってもまともに家庭を持とうとしない俺のもとを離れて出て行ってしまう。別にそのことで俺は自身の生活を改める気もなく「今さら変えられるほど浅くもない」と思っている。
首を突っ込んだ儲け話は五分五分で金を手にするあたり「そういう才能」はあるんだろう。育ちの良い人物には決してない「経験値」も。
大都市、魔都東京は言ってしまえば「スラム街」としての顔も持ちあわせている。多くの労働力を田舎から安価で引っ張ってきては使い捨ててきた。するとその過程の中で「不良品」と見なされる人間たちが出てくる。彼らの一部は裏の世界「アンダーグラウンドの住人」となる。裏の社会も同時に成長してきた。
ようやく東京を浄化しようという風潮が昨今生まれてきたが、まだ当分は多くの闇を抱えたままであることは明白だった。
東京の街に新旧の闇が多く残る。

・・・・・・・・・・

「――何か向こうが騒がしいな」
〈何か金になるような出来事はないだろうか。〉
そう思って喧騒の方向へ向かうことにした。
近道をしようと暗い路地を歩いていると、曲がり角で一人の少女が俺にぶつかってきた。ただ、女の子は軽く力ないもので、ぶつかってきた彼女の方がその場に倒れそうになったためにとっさにその体を持って支えた。
「大丈夫か?」
「は、はい、大丈夫ですが」
女の子は精巧な人形のように見える。
綺麗な朱色がベースのどこかの制服の上に、花の刺繍が入った黒い羽織を着ている。品のあるものだった。俺が服装を見ていると女の子は後ろを気にして「ありがとうございます、ですがここでこうしていることは私には出来ないんです」と言う。
「どういうことだ?」
俺も興味が湧いて言葉の詳細を彼女に聞いてみる。
すると即答で感情的な言葉が返ってくる。
「私には時間が尽きる前に果たしたいことがあるのです、失礼します」
その感情に興味を抱いた。
一体「それが何なのかが」気になった。
「いや、待て。誰かが来る」
俺は彼女を手放さずに自分の体と建物の出入り口に隠すように立った「少しの間黙っていろ」と言ってから、俺は彼女のことを悟られないように、煙草休憩しているかのように懐から取り出した煙草に火を着けた。
そこに黒い制服を着た二人の男たちが走ってくる。
彼らは煙草を吸っている俺に『ここへカラクリロイドが来なかったか』と聞いた。俺は適当に「ロイドかは知らないが女の子が向こうへ走っていった」と全然関係ない方向を示すと、男たちは俺が示した方向へ走っていく。

折角煙草に火を点けたのだからゆっくり吸い込んでおこう。
あの制服は警察官のものではなかったな。持ち場を離れることが基本的に出来ない警備員でもないのだろう。するとどこかの施設の職員、あるいは博物館やデパートの従業員あたりだろうか、彼らが追っていたのはこの子で間違いなさそうだ。
「カラクリロイド」と言っていたな。
なんで追われていたのか。
何か金になるものでも持っているのか?
「お前、何か金になるものを盗んだのか?」
「ち、違います! 私は後ろめたいことはしていません! 日本に帰ってきて私の目的を果たそうとしたら理不尽に『博物館に飾る』と言われたから逃げてきただけです。私は悪いことをしてなんかいません」
「そうか、疑って悪かったな」
俺は「女の子の目が悪人でない」という自分の勘を信じることにした。

【続きは製品でお楽しみください】

 

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