最悪の魔女スズランPart6 崩壊告げる銀霧の災竜 天執断ち切る無口な剣

【書籍情報】

タイトル最悪の魔女スズランPart6 崩壊告げる銀霧の災竜 天執断ち切る無口な剣
著者秋谷イル
イラスト秋谷イル
レーベルペリドット文庫
価格600円+税
あらすじいよいよ正式な神子と認められる一歩手前まで来たスズランとモモハル。ところがそのタイミングで新たな敵が襲来し、ココノ村は過去最大の窮地に陥ることに。かつての自分と同等の魔力を誇り、深い因縁を持つ強敵ベロニカと相見えたスズランの選択とは。そしてアイビーの紹介でやって来た無口な剣士クチナシの実力やいかに? さらには『崩壊の呪い』の一端が姿を現し、ココノ村の危機は世界の危機にまで発展する。

【本文立ち読み】

最悪の魔女スズランPart6 崩壊告げる銀霧の災竜 天執断ち切る無口な剣
[著・イラスト]秋谷イル

― 目次 ―

開幕・天使と剣士
一幕・無口な郵便配達員
二幕・最強の剣士
幕間・ノイチゴとおうじさま
三幕・不穏の気配
四幕・執念と虚無
五幕・殺意の濁水
六幕・剣と見
七幕・正裁の魔女
八幕・英知の魔弾
九幕・湖畔の邂逅
十幕・水中の明暗
十一幕・炎の真実
十二幕・赤い巨竜
十三幕・斬れぬもの無し
閉幕・暗雲は未だ晴れず

 

世界観・キャラ紹介

開幕・天使と剣士

「ようこそベロニカ殿。今日から貴女も我々の家族です」
「ありがとうございます司教様」
――灰色の髪に暗い金色の瞳。穏やかな笑みを浮かべていてもどこか鋭利な雰囲気を漂わせる美しい少女。
ベロニカ。彼女が三柱《みはしら》教の見習い僧侶となりメイジ大聖堂での修行を始めたのは彼女が十三歳の時だった。トキオの有力な貴族の家に生まれ、極めて強い魔力を宿す子供。
父親は、より大きな富と権力を持つ者へ彼女を嫁がせたかったらしい。しかし当人が強く望んだため渋々神に仕えることを許した。
幸い彼女には優れた魔道士となれる才覚があった。その能力を存分に活かすことができれば、出世することは難しくない。そうして得たコネも有用には違いないし、年頃なのだから結婚願望も自然に芽生えるはず。そう思ったのだと後に周囲に語った。
彼の思惑通り、彼女は献身的に働いた。信仰と教義に対する忠誠心は誰より強く、多少行きすぎるきらいこそあったものの、何者にも臆さず立ち向かって行く勇敢さと感情に流されず法に則った裁きを求める高潔な精神性には強い信頼が寄せられた。
無論、その潔癖ぶりを嫌う者も多かったが。
だとしても、優れた能力と新雪のように美しく無垢な人格の持ち主と認められた彼女はすぐに頭角を現していった。ゆくゆくはイマリの賢者ロウバイに並ぶ偉大な魔女になるだろうと確信を持たれるほどに。
ところが、+ある時+を境に彼女は変わった。
人々は囁き合う。おそらくはかの罪深き魔女に敗れ、凶行を止められなかったせいだろう。責任感の強い娘だと。
――以来、彼女は自らの手で罪人を裁くようになった。それも極めて苛烈なやり方で。
時にその手法は非難の的となったが、教会上層部は庇った。表向きに理由は一時の気の迷いの中にあるからだと説明されている。いつか必ず乗り越えられる。今は信じて見守り、静かに見守るべきだと口を揃えて説いた。
無論実情は異なる。彼らは弱味を握られたのだ。彼女は以前から高僧たちの周辺を調べ、脅迫の材料となる情報を集めていた。今や教皇以外の大半の僧は彼女の言いなり。
足場を固めた後、ベロニカは厳重な盗聴対策を施した部屋で付き人と密談を始めた。室内には他に誰もおらず、魔法で生み出した光球が彼女たちの顔や部屋の隅に濃い陰影を作り出している。
「座りなさい、ヒイラギ」
椅子に腰かけ、灰色の髪を弄りつつ口を開く彼女。その鋭い眼差しや表情には汚れを知らぬ新雪に喩えられた少女の面影はもう無い。
「彼らは口裏を合わせてくれる。当面、時間を稼げるでしょう」
「はい」
勧められるまま腰を下ろした従者は、一旦追従しつつ、ですがと切り返した。
「このままでは、いずれ再び追求されます。奴らはそもそも調べるのをやめていないでしょう。あの一件以来、我々は疑われています。お嬢様、ここはいっそこちらから……」
ヒイラギ。父の代から仕えてくれている男。彼の言いたいことは理解している――本音まで含めて。
大人しくしろと言わないのは闘争を望んでいるからだ。本当はもっと暴れたい。隠した牙を剥き出しにして怨敵の喉笛に喰らいつき、渾身の力で噛み千切りたい。彼はずっとそう願い続けてきた。
だから止めようとしない。あの一件以来ベロニカもまた感情の抑制が難しくなっている。そのせいで彼の提案はひどく魅力的に思えた。
けれど、あと一歩、もう一歩踏み出せば引き返せなくなるという境界の手前で辛うじて踏み止まっている。今はまだその時ではない。
「……焦っては駄目、準備が足りない。+あの女+にすら勝てなかった今の私では『奴』に勝てるはずもない。もっと研鑽を積む必要がある。タイミングも重要だわ」
「は……」
不服そうな顔だが、それでもうなずくヒイラギ。彼にもわかっている。こちらはどう足掻いても寡兵。圧倒的な組織力を誇る相手に真っ向からぶつかるわけにはいかない。
準備が必要だ。それも数日数週間などという話ではなく、おそらくは年単位での雌伏に耐える必要がある。
幸い、そのための一手は思いついた。忘れられない顔が脳裏に浮かび、この胸をかき乱したことで。
「あの女を口実に使います」
「口実?」
「私にはあれを追う理由ができました。あの女の行方を追うと見せかけ、実際には奴らの弱点を探るの。彼女に執着しているように見せかければ、奴らの追求だってかわせるかもしれない」
「では、あの者は捨て置くと?」
「いえ」
ありえない。それも絶対にありえない。見せかけると言ったが、あの女に執着していることも事実だ。彼女の暗い金色の瞳の中心で赤い炎が渦巻く。今にも溢れ出しそうなほどの怒り。
敗北により刻まれた恐怖と屈辱は、今や完全に憎悪と化した。
「あいつも殺す……必ず殺す。絶対に逃がしはしない。奴の捜索も続けさせなさい。今度は本気で潰すわ」
余計なことを口走らせないためにも、次の機会には確実に口を封じる必要がある。
「幸い、新しい教皇聖下は話のわかる御方」
というより腑抜けだ。少し前までは他の高僧たちと違って付け入る隙の無い難敵だったのだが、どういうわけか今の彼は別人のように覇気が無くなってしまった。
「何があったかわかりませんが、即位前とはまるで別人。拍子抜けするほどあっさり言質を取ることができた」
「おお、では――」
「ええ、予定通り+四課+を設立できます。我々は全ての罪人を裁く権限を得たのよ」
この肩書きさえあればより自由に情報を集められる。敵の弱点もあの女の行方も掴めるだろう。そのためなら屍山血河を築くことになっても構わない。
紅蓮はさらに燃え広がり、標的以外の者たちまで焼き尽くそうとしている。
その事実に彼女は気付いていたが、己を止めることなどできようはずもなかった。彼女の理性もまた焼き焦がされていたから。
「安心なさい。神はいつだって正しき者の味方よ」

かくして少女は僧侶から猟師になった。猟犬を従え、どこまでも獲物を追いかけ射抜く狩人に。
本来、教会としては咎めるべき行為。けれどやはり止められない。
上層部は脅されていたし、教皇には止める意志が無い。しかも彼女は三柱教という組織に対しては忠実なまま。扱いさえ間違えなければ非常に有能な働きをしてくれる。教会に敵意を抱く者や戦争を望む者たちに対する抑止力にもなる。
なにより彼女を知る者たちは恐ろしかった。あの絶対的な力の矛先が、もし自分たちに向けられたらと思うと迂闊なことはできない。
頼みの綱の神子《みこ》たちも何故か動かなかった。だとすると彼女の行為は神々にすら許されているのかもしれない。人々はそう考える。
――だから彼女の父が突然の心臓発作で他界してしまった時も、誰もその死を疑い、真相を暴こうなどとは思わなかった。
彼女は敵の疑いの目からも逃れ続け、結局そのまま暗躍を続ける。
今やベロニカは三柱教の切り札。最高戦力と呼ばれた聖騎士団でさえ彼女には歯向かわない。奇しくも怨敵が証明してしまった。彼女と敵対した場合のリスクまでも。
そう、あの女はたった一人でキョウト魔道士隊と聖騎士団を相手取り、退けた。ならベロニカにも同じことができないはずはない。
彼女の魔力は、かの+最悪の魔女に匹敵する+。

九年後、ベロニカの姿は大陸西部の空にあった。
ホウキの柄に横座りして眼下の平原を見下ろす。東西に合わせて数千の兵士が陣取り睨み合っていた。今にも戦端が開かれそうな一触即発の空気が風に運ばれ、この高さまで伝わって来る。
ここは二つの国の境にある緩衝地帯。だが、よりにもよってその場所で貴重な資源が見つかった。地底深くから湧出する生命の水。魔法使いや錬金術師なら誰もが欲しがる極めて優れた触媒で親指ほどの大きさの瓶一つを売れば豪邸が建つ。
当然、両国は権利を主張した。三柱教の調停によって定められた緩衝地帯だというのに、歴史的にその土地は我が国の領土であり採取の権はこちらにあると言い張っている。
三柱教はまた仲裁した。合同で採取を行い公平に分け合えばいいではないかと提案もした。別にどちらの国も窮乏してはいない。貴重な資源を奪い合い、お互いに疲弊する必要は無いだろうと。
だが彼らは長年いがみ合っており、先祖代々積み重ねてきた互いへの遺恨を捨てられなかった。
「愚かな」
呆れて物も言えない。あれだけ事前に忠告しておいたのに、それでも兵を動かしてしまうなんて。三人の神子と強大な組織力を誇る三柱教の監督下にあっても、やはり人は争いをやめられない。
その事実は、逆に神の偉大さを痛感させる。
「生命は闘争を捨てられない」
創世の神ウィンゲイトはこの未来を予言していた。人と戦争はけして切り離せないものだと。人に限らず多くの種は同じであり、高い知性を獲得した生物ほど特に争うことを好む。彼女はそう人々に説いた。
ゆえに三柱は世界を創造した直後、全ての生命に試練を与えた。ただ争えと命じ、その結末を見届けることを望んだのだ。
最初、この世界にはもっと多くの種が存在したらしい。けれど、その最初の試練の時代に多くが淘汰された。
戦いは長く続いた。そして百年経った頃ようやく結末を迎える。
後に五大種族と名付けられた人間、エルフ、ドワーフ、ウンディーネ、ドラゴンは協議の末に停戦し、以降は垣根を越えて互いの手を取り合い生きていきたいと三柱に願った。創世の女神はその結論に満足し微笑みながらうなずいたと言われている。
――百年もの闘争の歴史を乗り越え、手を取り合うことができた貴方たちを認めましょう。ただし、けして忘れてはなりません。いかなる命も戦いから逃れることはできないのだと。生きることそのものが闘争の一つ。いついかなる時も争いは絶えることが無い。
だとしても乗り越えることはできます。自分の中の悲憤や憎悪に抗うことも戦い。その戦にこそ勝利しなさい。此度のように自らが滅ぶ前に気付けたなら、きっとこれからの歴史を永く紡いでいける――
ベロニカは、この逸話が好きだ。
いや、好きだった。三柱教への入信を望んだのは、自分も黒い感情を乗り越えて先に進みたいと願ったから。
けれど今はこう解釈している。神は偉大で慈悲深いが、それゆえ人の愚かさを甘く見てしまったと。
創世からの百年の戦が終わり、その後に訪れた魔王の出現という巨大な災禍を乗り越えてもなお人々は争いを繰り返している。魔王との戦いから九百年が過ぎた現代でさえ何一つ変わっていない。
たしかに人と闘争は切っても切り離せない関係のようだ。神の言葉の正しさを歴史が証明してしまった。
そして神の見立ての甘さもまた歴史が物語っている。人は彼女たちが信じたほど優れた種族ではなかった。他の大陸へ移り住んだ種族がどうなったかは知らないし、ドラゴンは魔王に滅ぼされてしまったが、人の愚かさなら良く知っている。
「主よ……お許しください」
瞼を閉じ、自身と彼らのために祈る。人間同士の争いは時に第三者の介入を必要とする。そうしなければ一向に終わらない。
明白な事実なのに、わかっていない愚者が多い。あの賢者と呼ばれるロウバイですらそう。彼女はカシマに端を発した南部の戦争への介入を躊躇った。
しかも、ようやくそれを実行したかと思えばまず対話による解決から試みた。そのせいで終戦までにはさらに時間を要した。
愚劣極まる。
「手を汚すことを恐れている」
清廉潔白、純粋無垢な賢人。誰よりも白が似合う女。それがロウバイに対する評価。
そうだろうとも、あの女は汚れ役を引き受けない。臆病な理想主義者。本当に世の平和を願ってなどいない。ただ自分を良く見せたいだけ。
真に平和を望んでいるなら、正義を望んでいるのなら、自分たち強者が為すべきことなどただ一つ。
見ていろロウバイ。思い知るがいいアイビー。正しいのはこちらだと教えてやる。
だが、まずはあの眼下の俗物共に裁きを下してやろう。いちいち上の許可を取り付ける必要は無い。自分にはすでに権限がある。
「突撃!」
「敵を蹴散らせ!」
号砲が放たれ戦端は開かれた。ついに両軍が動き出し、平原の中央で衝突が始まる。
ベロニカはその中心部めがけ急降下を始めた。無詠唱で強大な魔法を発動させつつ。
次の瞬間、戦場に無数の雷が落ちた。

立て続けに爆発が起こり、人や+人だったもの+が宙を舞う。
「グアッ!?」
「ががががががががが――」
膨大な雷力は地面を伝わって走り、さらに広範囲の兵士たちまで巻き込んだ。地の底から引き寄せられた雷力も地上へ飛び出し、蛇がごとく弧を描いて暴れ回る。
突然降り注いだ雷の雨。それによって両軍は瞬時に甚大な損害を被り戦闘を中止する。
そして彼らは見た。雷より少し遅れて落ちてきた魔力光を。その光は戦場の真ん中に刺さり一際大きな爆発を発生させる。
衝撃波が土砂を巻き上げ兵士たちを飲み込み、やはり細切れの肉片と変えながら放射状に広がっていった。
「な、何が起きた!?」
難を逃れた者たちは目を見開く。そこへ再び突風が土埃と共に襲ってきた。慌てて顔を庇う彼ら。
天頂から落ちてきた魔女が風を放ち、吹き払ったのだ。己の姿を見せつけるために。
思惑通り彼らはその姿に注目する。
そよぐ灰色の髪。長さは耳にかかる程度。瞳の色は暗金色で目の形は切れ長。そのせいもあって細身の彼女は抜き身の一振りの剣のようにも思えた。
僧服、しかも高位の僧侶にしか許されないそれを着ているが、通常のデザインに比べて丈が短くシルエットもスリムで動きやすさを重視してある。
美しい容姿。圧倒的な魔力。そしてその僧服を見た兵士たちは瞬時に理解せざるをえない。+彼女+が降臨したと。
「し……死の天使……」
「ベロニカ……様」
「ごきげんよう」
微笑み、優雅に会釈しつつ無数の魔力弾を生み出すベロニカ。彼女の周囲のみ星空と化した。
雑兵などこれで十分。
「教皇聖下より賜った権限を以て、この場の全員に判決を下します」

 

【続きは製品でお楽しみください】

 

【シリーズ既刊紹介】

最悪の魔女スズランシリーズ本編『part1三悪集いし小さな村』

最悪の魔女スズランシリーズ本編『 part2 夏の雪解け 秋への旅立ち』

最悪の魔女スズランシリーズ本編『part3 故郷を想いて歩む秋 三つの試練と再会の紅葉』

最悪の魔女スズランシリーズ本編『Part4 冬の始点 孤独の終点 』

最悪の魔女スズランシリーズ本編『part5 彼女の行く先 春舞う花道』

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