ゴーレム

 


【書籍情報】

タイトルゴーレム【closeto U】
著者青樹凛音
イラスト忍足あすか
レーベルアプリーレ文庫
価格500円+税
あらすじ大正時代、軍統括の霊的機関に属する「御堂 輝一」は街で犬神に追われ、その際に巻き込まれたと思われる記憶を失った女の子を保護した。
彼女に記憶を問うと「私はゴーレムです」と言う返事が返ってくる。彼女の正体は? そして交錯する想い。
鮮やかにロマンテイストを乗せたライト文芸作品。

【本文立ち読み】

「ゴーレム(Intro)」

「――この男の身辺を洗え、不自然な動きがある」
手に持った書類に目を通した俺は、自分よりも年上の部下に指示を出す。
「書類のこの点だ、今から言うことを覚えておけ」
書類の一部をペンで示して分かりやすく指示してやったつもりだが、向こうからすると年下の俺に要点をまとめられることは不本意のようだ。目の前の中年の部下は俺の簡易にまとめられた説明を聞くと渋々返事をする。
「は、了解しました」
「明日からでいい、今日は報告をまとめて上がれ」
「かしこまりました、それではお先に失礼します」
外は黄昏、そろそろ夜になろうという刻限になる、部下たちは俺の前で今日の仕事の報告をしていく。すると、今年入ってきた新人が俺の顔色を窺いながら聞いてくる。
「私が報告書を作成致しましょうか?」
「結構、先に帰宅したまえ、本部への報告書類は俺が作る」
「しかし、そのようなことは本官の仕事だと承っております」
「本来はその通りであるが、まず他の仕事を集中的に覚えたまえ」
「は、畏まりました。ご配慮感謝致します、支部長代理殿」
部下を全員定刻に帰すと俺一人だけになる。俺が居るこの建物は木造建築であり、天井は低くがらんとしていて殺風景だ。俺は「副支部長」の席に座っている。
木製の机や椅子などは「支部長と副支部長だけ高級品」であって、他の部下たちは安物の机と椅子である。部下の中にはこれらを羨むものもいるが、俺には「机や椅子の違いを羨むような気持ち」はよく分からなかった。別にそんなものを求める感情、そういうものは俺にはないようだ。まあ、物が良いことに悪いことはないが。
「さて、早く終わらせて俺も帰るか」
ペンと黒のインキで手元の簡易な報告書を元に、正式に保存される本部への報告書を書いてしまうことにした。一人の空間に書類を書く音が聞こえる。

俺は大正に暗躍する軍部の一つ「大日本帝国陸軍特殊技術部」に所属している。
日本と言う国は「呪術」に溢れている。大正という時代で、霊的なものや西洋の妖術や魔術でこの国を脅かそうとする存在を始末するための組織があり、支部の副支部長が正規である。今は「支部長代理」として「支部の頭目」に置かれている。
支部長が具合を悪くして入院したからだ。
支部長代理と言われる俺だが、歳は22才に過ぎない。
出世が早かったことで陰口は言われる。この組織では年功序列などを踏まえて、通常30才になるまでは組織では出世などしないと言われている。が、俺は闇雲に出世しようという欲がなかったにも関わらず、異例に副支部長になった。
将来の幹部候補として考えられている、と本部より直接言われた。
俺にとっては「これは面倒だ」と思う事案だ。この世界はこれ以上「上へ行くほどに」息苦しくなっていくことが目に見えているからだ。
今の俺は事務仕事を主とし、後方に居て本部への報告や書類作成がもっぱらだ。頭目として奥にいることは仕方ないことだ。頭目が奥に座っていないことには組織が落ち着かないと流石に俺にも分かっていた。
ただ、この「書類」というものが非情に面倒でもある。
「書くと言う作業は思いの外、面倒極まりない」
支部の中には各部署がある。
部署毎に棚があり、そこに書類が収められている。
それらは秘密裏に集められた「調査結果」である。動きが怪しい人物や組織などを秘密裏に調べあげた「情報網」の成果物である。
つまり棚に収まっている存在は「要注意人物」と言っていい。
代筆者の一人でも雇えればいいのだが、書類そのものが機密事項を含むためにそれも上手くいかない。部下の中には報告書をまともに作れないものがいる、書かせては、その度に書き直しを命じることは不効率過ぎる。
部下に迂闊なことを書かせるよりは自分でまとめてしまった方がまだいい、と考え出した。何せ「要注意人物」や「危険人物」の正式な調査報告書で分からない点があったため何かが起こった、その後では取り返しはつかない。誰かの適当な報告書のせいで「不始末を片付けろ」と言われるのは御免だ。

・・・・・・・・・・

支部を出た時刻は夜7時のことである。
俺の服装は軍からもらった制服であり、今は寒さを凌ぐために外出時にはコートを着ている。以前はコートも軍用であった。だが何から何まで軍のもので固めると、一般人に警戒されすぎたためデパートで買った普通のものに変えた。
それと「軍の制帽」を外出時に着用する。
靴はブーツである。走れるようなものでないといざという時に危険であるため、今のところ革靴は避けている、あれはいざという時に走れない。
鏡で見ると「軍の関係者である」と分かる出で立ちだ。
「支部長は、このまま退くだろう」
難病、年も若くなく、現場復帰は体力的に無理だろう。するとこの体制がそのまま続くだろう。そして時期を見て「俺がそのまま支部長に昇進すること」が本部の描いている理想というところか。他に支部内に適任者も居ない。
俺は歩きながら夜の大正の街並みを歩いている。
街は夜になっても大通りにはガス灯の光がある、夜中まで営業している店では酒を飲みながら乱痴気騒ぎに興じるものたちも居るが俺は興味がない。ハイカラな色合いのものも増えたがそれらが目立つのは昼間であって、夜ではない。

寄り道をすることなくまっすぐに帰宅した。
二階建ての西洋建築の造り、赤い煉瓦の外壁の邸(やしき)である。これは父親が機関より与えられていた「邸宅」である。父親とは仲が悪かった俺だったが、いざ相続で「家をもらえると助かる身」だったため今はこの邸で暮らしている。感情よりも実利を取った形だ。実際にこの邸は少し小さいものの、造りは立派なものだ。
邸の玄関の扉の鍵を開けて中へ入る。
『お帰りなさいませ、御堂(みどう)様』
迎えたのは女中の佐東滋子(さとうしげこ)だ。
黒髪を結び着物姿、背は比較的高くて体の線は少し細い。奉公で出てきた現在二十歳で問題なく働く、実に真面目なものだ。邸では常に何かしらの家事をしている。
「ああ、出迎えご苦労、遅くなる時は先に休んでいい」
「今日も調べものですか?」
「ああ、食事だけ持ってあがるとする」
俺は用意された食事を二階へと持って上がり「俺に構わず寝ることだ」とだけ伝える。そう言わないと働き者の佐東は俺が寝るまで寝ようとしないからだ。二階に二部屋あるが、片方は物置状態であり、もう一つは部屋中に本棚を並べて本を収納している。
仕事柄「日本の呪術」と「西洋の魔術」に関する図書室だった。ここに収まっている本は俺の祖父や父親が集めていたものだ。出世が早かった理由は実はここにもある。呪術の類に対する知識の深さと物書きの上手さは受け継がれた本を読んで培ったものだ。
俺は本棚から一冊を手に取った。
「今日、報告書にあった内容だとこのあたりだろうか」
独り言を言いながら古ぼけた本を開き夜が更けていく。

本と邸を俺に残した父親だが、俺のことはよく思っていなかった。
言葉だけでなく、その背中や行動は確かに俺を邪魔だと言っていたからだ。もとより子供が嫌いだったのだろう、俺は「生まれてしまった子」だ。そうして半ば親に見捨てられた俺を亡くなった祖父が引取って育ててくれた。
祖父は人間的に優れた人物で、俺に愛情を持って育ててくれた。そんな優しい祖父が一昨年に亡くなった。そして俺が「帰る場所」と思っていた祖父の家は、俺を見放していた父親の意向で処分された。
その父親は昨年殉職した、44才だった。
――俺の心は何もない砂地のようだ。人生の中に花を求めていることは分かるが渇く心に花など育たない、ただ夜の月灯りだけが寂しさを蒼く照らしだすだけ。
俺は父親と、親子らしい会話は一つもなかった。
俺と父親は別々に暮らしていた。祖父を慕い、父親を憎んでいた。実際に父親は軍属としては優秀だったが人としては良くなかった。少なくとも「仕事の邪魔だ」と言って俺を見捨てた。そんな父親が俺は嫌いだった。
祖父は明治初期より政府に重用された軍人だった。
俺を引き取った時には既に現役を退いた後で、その時に父親は既に軍属だ。つまり俺が軍属になった理由は「家系が軍属だったから」だ。
士官学校でも祖父と父親の影響力もあり特待扱いで優等生。そんなこともあって出世も、能力もあれど異例のこととなる。だが「あの父親が自分の出世の手助けをした」と思うと「軍属なんて辞めてどこかへ行きたい」と思う感情もあった。

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