壺中天地シリーズII バイオレットフィズの追憶

【書籍情報】

タイトル壺中天地シリーズII バイオレットフィズの追憶
著者七緒亜美
イラスト水綺鏡夜
レーベルヘレボルス文庫
本体価格500円
あらすじオッサン魔術師×怪異を手繰り寄せるバーテンダーのバディミステリ、緊迫のシリーズ第2巻!
タロットカードのソードのエースを模した右手が発見され、シリアルキラー『ソードマン』の凶行ではないかと世間は騒然となる。
見た目は怪しげなオッサンだが実は凄腕の魔術師である黒諏輝良は、一人娘の麻璃亜をソードマンの手によって亡くしていた。
黒諏は自らの身体に地獄の門を刻み、悪しき魂などを取り込んで魔力を高めながらソードマンを見つけ出そうとしていた。
黒諏と共に、バーテンダーで怪異等を手繰り寄せてしまう小鳥遊涼も事件の謎に挑んでいく。
そんな時、小鳥遊は黒諏が昔にサイキック少年アキラとしてテレビに出ていたことを知る。
同じ時期に霊感少女として活躍していた不知火菫と黒諏は再会するが、どこか黒諏は物憂げであった。
直後、ソードの3を模した遺体が発見される。
黒諏は魔術を用いて被害者の魂を召喚しようとするが、小鳥遊の手繰り寄せる力が発揮されてしまいピンチに――!?
異色バディが怪異な事件に挑む……

【本文立ち読み】

壺中天地シリーズⅡ バイオレットフィズの追憶
[著]七緒亜美
[イラスト]水綺鏡夜

目次

登場人物紹介
〔1〕
〔2〕
〔3〕
〔4〕
〔5〕
〔6〕
〔7〕
〔8〕
〔9〕
〔10〕
〔11〕
〔12〕
〔13〕
〔14〕

登場人物紹介

小鳥遊《たかなし》 涼《りょう》 縁あって『よすが』のバーテンダーになり、そこから怪異な事件に巻き込まれ始める。困った人を放っておけないタイプで、怪異は彼がそういったものを手繰り寄せている節がある。ソードマン事件の謎を黒諏輝良と共に追っていく。

黒諏《くろす》 輝良《あきら》 やる気のなさそうな見た目とは異なり、その正体は凄腕の魔術師である。一人娘の麻璃亜をシリアルキラー『ソードマン』の手によって亡くしている。ソードマンを見つけ出そうと、自身の身体に悪しき魂などを取り込んで魔力を高めている。

夏目《なつめ》 陽向《ひなた》 バー『よすが』の厨房担当。人懐っこい性格で常連客や近所のご老人にも可愛がられている。その愛想の良さから、紫苑一と同じホストクラブで働いていたことがある。

紫苑《しおん》 一《はじめ》 夏目の地元の先輩で、ホストクラブ『新世界』のナンバーワンホスト。他にもオカルト系の配信者として人気を集めており、その関係でインタビューを受けるなど、その方面でも露出が増えている。

猿渡《さわたり》 湊《みなと》 椋鳥警察署に所属している警部補。現場一筋の昔ながらの熱血漢の刑事。黒諏輝良とはソードマン事件をきっかけに知り合った。

神宮寺《じんぐうじ》 怜子《れいこ》 バー『よすが』の経営者。ミステリアスな雰囲気の美女。かなり顔が広く、政界や警察関係者、裏の世界まで知り合いが多くいる。

〔1〕

タロットカードの『ソードのエース』を模した右手が発見されてから数日後。
バーテンダーとして勤める店が休みの今日、俺は黒諏《くろす》輝良《あきら》に呼ばれて彼の事務所兼自宅にお邪魔していた。
室内には、黒諏が丁寧に挽いた珈琲豆の良い香りが広がっており、淹れてもらった珈琲を味わいつつ切り出す。
「少しタロットカードのことを調べてみたんだ。タロットは^78^枚で構成されていて、そのうちの^22^枚は大アルカナといって、それぞれ寓意画が描かれているんだよな?」
カップを傾けていた黒諏は、眠たげに見える少し目尻の垂れた瞳をこちらに向けて頷いた。
「その通り。タロットというと連想しやすいのが大アルカナの絵柄かもしれないね」
そう黒諏がガラステーブルの隅に置かれていたカードの束を手にとり並べ始め、俺はそれを覗きこむ。
並べられたタロットカードは、0で始まり^21^までそれぞれ番号が振られていた。
「このタロットはウェイト版というポピュラーなものだ。その歴史や起源を語り出すと一日以上掛かっちまう。だからざっくりと説明すると、このタロットカードは十九世紀末にイギリスで創設された西洋魔術結社『黄金の夜明け団』に所属していたアーサー・エドワード・ウェイト達が作成したんだ」
「魔術結社……タロットも魔術と関係しているんだな」
そう感心して黒諏を見やる。いつも気怠そうな雰囲気を醸している彼も、そうは見えないが凄腕の魔術師《ウィザード》なのである。
黒諏は俺が最近、勤めはじめたバー『よすが』で知り合った。
彼は、オーナーである神宮寺《じんぐうじ》怜子《れいこ》さんを介して、魔術師として怪異な現象で困っている人の相談に乗ったり、時に解決したりしているのだ。
そんな黒諏とは、少し前に俺自身が怪異に巻き込まれてしまい……黒諏曰く、俺が引き寄せているらしいが……彼の力によって助けられたのだった。
「タロットと言われてまず思い浮かべるのは、この『死神』あたりかなあ。昔に読んだ漫画で出てきた気がする」
そう俺は並べられた『死神』のカードを指さす。
「確かに小鳥遊《たかなし》君の言うように死神や悪魔のカードは、創作物のモチーフとして使われたりするから、見覚えのある人も多いかもしれないな。恐ろしいものとして使用されることもあるカードだが、込められた意味はそんなに悪いもんじゃないんだぜ?」
カードの意味まで知らないので目顔で問えば、黒諏は死神のカードを手に取ってこちらに向ける。
カードには、白馬に跨った骸骨の死神が描かれ、その手には白い花の紋章の旗を握っている。それだけでなく地面には倒れている王様や、司祭らしき人が祈っており、子供と女性が膝を折っている。
「この『死神』のカードだが『新たなスタート』や『見切りをつける』という意味があるんだよ」
「へえ、単純に死に関する事だと思ってた」
「小鳥遊君が言うように死という意味もあるが、そこからの再生も示しているんだ。ほら、ここを見て」
そう黒諏が指さしたのは、死神たちから離れたところにある地平線と輝く太陽だった。
「この太陽はね、生命や再生を表しているんだ。その時は苦しいかもしれないが、その決断の先には明るいと捉えることもできる」
「一見、不吉な印象だけど、結構ポジティブな意味もあるんだ」
そう感心しながら頷くと、黒諏は持っていた死神のカードを逆さまにひっくり返す。
「タロット占いでは逆位置といって、カードが逆さまに出てくることがある。その場合、カードの意味が変わるんだ。逆位置での『死神』は、変化への恐れという意味になったりもする」
タロットって奥が深いなあ、そう呟くと黒諏が相槌を打った。
「そのカード一枚の本来の意味だけでなく、他に引いたカードと一緒にリーディングするから、その解釈も色々と変化するんだ」
そう黒諏はガラステーブルに新たにカードを並べながら続ける。
「そして、大アルカナとは別にあるのが小アルカナだ」
「確か^56^枚あるんだっけ?」
「うん。小アルカナは、棒《ワンド》、剣《ソード》、聖杯《カップ》、硬貨《ペンタクル》という四つの組み分けで構成されているんだよ」
確か、ワンドは情熱などのエネルギー、カップは感情、ペンタクルはお金などの物質……そしてソードは思考や知性を表しているんだよな……
そう付け焼刃の知識を呟けば、黒諏は「よく勉強しているね」と小さく笑む。
「ワンド、ソード、カップ、ペンタクルのそれぞれの組《スート》は、1から^10^までの数字を表すカードの他に小姓《ペイジ》、騎士《ナイト》、女王《クィーン》、王《キング》で構成されているんだ」
タロットの知識がまだ浅いので、俺には一枚一枚の詳しい意味は分からない。
ワンド、ソード、カップ、ペンタクルという四つの組《スート》を見比べてみると、ソードのカードというのは何とも不穏な雰囲気のものばかりなのに気づいた。
地面に倒れた人の背中に十本の剣が突き刺さっている絵柄や、壁に九本の剣が横に並んで掛かっている暗い部屋で、ベッドで半身を起こした人物が目を覆っているもの……なんだかどれも不気味だ。
そう告げると、黒諏もソードのカードに目を落として頷いた。
「ソードは葛藤という意味もあるからね」
ふと、ソードの2のカードに視線が吸い寄せられた。
このカードは岩山のある凪いだ海と三日月の浮かぶ夜空を背に、目隠しをした女性が胸の前で手にした剣ソードを交差させて座っている絵柄だ。
黒諏の一人娘である麻璃亜《まりあ》さんは、このソードの2を模した姿で遺体となって見つかったのだ。
タロットカードの小アルカナである剣《ソード》の図柄の通りに死体が見立てられたことから『ソードマン』という通称が付けられたのだ。
その後ソードマンの凶行は鳴りを潜め、事件は未解決のままだった。
しかし、ソードマンを彷彿とさせる事件が再び起きたのだ。
胸の中がずしりと重くなるのを感じながら、一番目のカードを手に取る。
ソードのエース。それは雲から出た右手が剣を持っているカードで、その剣先にはオリーブとヤシの葉が付いた王冠がかぶせられている。
数日前に、このソードのエースの絵柄を模した右手が見つかった。
緑に囲まれた公園の広場にある噴水の傍に、まるで展示品のようにガラスのケースに入って置かれていたそうだ。
周辺には美術館がある為、アート作品だと思って通りすぎていた人が多くいたようで、公園の清掃スタッフが異常に気付いて通報したのだという。
まさか人体の一部が使われているなんて思いもしないだろうし、清掃スタッフもかなりの衝撃を受けたに違いない。
そして、ソードのエースの意味は……
「新たな始まり、か……」
ぽつりと呟くと、向かいのソファーに座る黒諏が僅かにこちらに身を乗り出す。
「今日来てもらったのも、小鳥遊君にお手伝いをしてもらいたくてね」
お手伝い? 小首を傾げる俺を黒諏が真剣な面持ちで見つめ返していた。

〔2〕

俺達は部屋の隅にある黒いクロスが掛けられた丸テーブルへと移動した。
ベルベット調の生地のテーブルクロスの上には、三十センチくらいの彫像が置かれている。
女神らしきそれは三人が背中合わせになっているもので、いわゆる三面三体というものだろう。
「これって女神像なのか?」
「ヘカテーという死を司る女神だ。中世の魔女の集会サバトでは庇護者として崇められていたんだ。現在のウィッカンの間でも信仰されているよ」
そう黒諏が何かが書かれた紙を置き、そこに綴られた見たことのない文字に小首を傾げると、彼が「灰でルーン文字の呪文が書いてあるんだ」と言う。
黒諏が黒い蝋燭に火をつけ、俺はその様子に興味をそそられながら眺める。一体、何が始まるというのだろう。
黒諏は「さて」と隣に立つ俺に顔を向ける。
「これから『ソードのエース』に使われた人物の魂を呼びだそうと思う」
「誰のものか分かったのか?」
「ああ、猿渡のオッサンから聞いた。DNAの照合結果により、ホストクラブ『新世界』の常連で、失踪していた女性客の一人だった」
黒諏の言葉に瞠目する。ホストクラブ『新世界』がまたしても関係しているとは……
ホストクラブ『新世界』では、女性客達が相次いで失踪し、黒魔術の儀式に見立てて殺害されるという事件があったばかりだった。
俺は、その関係で怪異に巻き込まれたのだ。
犯人はナンバーツーであるホストの沼田《ぬまた》翼《つばさ》で、すでに彼の魂は黒諏の魔力によって地獄へと送られていた。
「沼田がソードマンということ?」
「ソードのエースに使われた右手を調べたところ、切断されたのは沼田の死後だと判明したそうだ。どうやら生きた状態で切り取られたともオッサンが言っていた」
沼田は拉致した女性客を『新世界』が所有する別荘に監禁しており、そこの浴室には大量の血液反応があったとも聞いていた。
生きた状態で切断するなんて、とんでもなく非道で悍ましい行為だ。ぞくりと背中に戦慄が走る。
「状況的に考えて、彼女が亡くなっている可能性は高いそうだ。ソードのエースの犯人が果たして俺が捜しているソードマンなのか、それとも全く別の人物なのか……少しでも情報が欲しいんだ」
そう真剣な目を向けられ、俺はゆっくりと頷き返した。
「分かった……俺は何をすればいいんだ?」
呪文なんかを一緒に唱えるのだろうか? そう首を傾げると、黒諏は片笑む。
「小鳥遊君は、横にいてくれるだけでいい。お前さんの招き猫体質が必要なんだ」
黒諏曰く、俺は怪異を手繰り寄せる性質なんだそうだ。最初こそ全く信じていなかったが、自分が不可解な出来事に巻き込まれたことを考えると、彼の言葉も正しい気がしてくる。
「死者の魂を召喚する魔術は、呼び掛けた相手の意思が重要なんだ。自身の死を受け入れていなかった場合など応えてくれない時もある」
「そういうものなんだな」
「だけど、小鳥遊君が居てくれたら成功率が上がりそうな気がするんだ」
「そうか……俺は横にいればいいんだな」
「うん、あんがとね」
そう黒諏は、着ているサイケデリックな模様の柄シャツのボタンを外して襟元を寛げる。すると彼の胸元に彫られたタトゥーが覗いた。
それは地獄の門で、閉ざされた門扉一面には苦悶の表情を浮かべる者や、骸骨などが蔦のように絡みつき密集している。
「我が胸に刻まれし地獄の門を開かんとする意思に従い、その力を解き放て。メフィストフェレスの名において、開かれん――……」
彼が唱えながら固く閉じた地獄の門扉を人差し指と中指でなぞる。
次の瞬間「オオォッ」という低い叫び声のようなものが胸元からしはじめ、地獄の門が青く光を放った。
それと同時に辺りの空気がキンと張りつめたのが分かった。ふいにうなじを冷たい手で撫でられたような感覚が走り、ぞわりとなる。
黒諏はルーン文字が書かれた紙の上に手を翳す。
「ヘカテー、我この儀式においてそなたの力を求めるものなり。死の女神にして闇の女王よ。我に御身の力を授け給え……」
そう彼が唱えた刹那、置かれていた蝋燭の炎が勢いよく燃え上がる。一瞬、天井に届くのではないかというぐらい炎が吹き上がった。
ありえない光景に息を呑んでいると、テーブルを挟んだ目の前にぼんやりとしたシルエットが浮かび上がっているのに気づく。
被害者の魂が召喚された……? 固唾を呑んで凝視していると、次第にその影がはっきりとした輪郭を浮かび上がらせる。
目の前に現れたその姿に、俺は瞠目した。
「……え?」
思わず声を上げて隣の黒諏に顔をやれば、彼もまた目を丸くしている。
召喚された制服を着た女子高生……彼女には確かに見覚えがあった。
不意に彼女がキッと黒諏を睨んだ。
「パパの馬鹿! 大っ嫌い!」

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