壺中天地シリーズIII ブルーデビルの微笑み

【書籍情報】

タイトル壺中天地シリーズIII ブルーデビルの微笑み
著者七緒亜美
イラスト水綺鏡夜
レーベルヘレボルス文庫
本体価格500円
あらすじオッサン魔術師×怪異を手繰り寄せるバーテンダーのバディミステリ、衝撃のシリーズ第3巻!
シリアルキラー・ソードマン事件の謎を追う黒諏輝良と小鳥遊涼の元に、容姿端麗な男……清宮聖永が現れた。
清宮聖永の正体は悪魔メフィストフェレスで、黒諏とは悪魔の契約を結んでいるのだった。
聖永はいたく小鳥遊を気に入った様子で、悪魔の契約を結ばないかと彼を口説く。
その後、外科医の風見がバー『よすが』にやってくる。
風見は、ソードマンなのではないかと疑っている男がいると打ち明けた。
黒諏と小鳥遊はその人物が本当にソードマンなのか確証を得るため、風見の協力のもと動き出す。
しかし、ソードマンの正体を暴こうとする二人に予想外の波乱が起きる……!
果たして黒諏と小鳥遊は、事件の真相へとたどり着けるのか――?

異色バディが怪異な事件に挑む……!

【本文立ち読み】

壺中天地シリーズⅢ ブルーデビルの微笑み
[著]七緒亜美
[イラスト]水綺鏡夜

目次

タロット・カクテル紹介
登場人物紹介
〔1〕
〔2〕
〔3〕
〔4〕
〔5〕
〔6〕
〔7〕
〔8〕
〔9〕
〔10〕
〔11〕
〔12〕
〔13〕
〔14〕

登場人物紹介

小鳥遊《たかなし》 涼《りょう》 縁あって『よすが』のバーテンダーになり、そこから怪異な事件に巻き込まれ始める。困った人を放っておけないタイプで、怪異は彼がそういったものを手繰り寄せている節がある。ソードマン事件の謎を黒諏輝良と共に追っていく。

黒諏《くろす》 輝良《あきら》 やる気のなさそうな見た目とは異なり、その正体は凄腕の魔術師である。一人娘の麻璃亜をシリアルキラー『ソードマン』の手によって亡くしている。ソードマンを見つけ出そうと、自身の身体に悪しき魂などを取り込んで魔力を高めている。

清宮《きよみや》 聖永《せな》 ホストクラブ『新世界』のオーナー、しかしその正体は悪魔メフィストフェレスであり、黒諏とは悪魔の契約を結んでいる。黒諏の胸元に刻まれた地獄の門の力を解放するには悪魔の力が必要であり、聖永はその鍵の役割もある。

風見《かざみ》 美剣《みつる》 椋鳥市総合病院の外科医。黒諏が頭部の怪我を負った際の担当医であった。黒諏の亡き一人娘である麻璃亜の手術の執刀医だったこともある。

猿渡《さわたり》 湊《みなと》 椋鳥警察署に所属している警部補。現場一筋の昔ながらの熱血漢の刑事。黒諏輝良とはソードマン事件をきっかけに知り合った。

神宮寺《じんぐうじ》 怜子《れいこ》 バー『よすが』の経営者。ミステリアスな雰囲気の美女。かなり顔が広く、政界や警察関係者、裏の世界まで知り合いが多くいる。

〔1〕

開店直後のバー『よすが』に、シェーカーを振る音が響いていた。
カウンター席の定位置に座る黒諏《くろす》は頬杖をつきながら、興味深そうにカクテルを作る俺を見つめている。
氷を入れたコリンズグラスにシェークした酒を注ぎ、そこにジンジャービアを追加し、カットしたライムを飾れば出来上がりだ。
「ディアブロっていうと、どうしても思い出すのはこれなんだよなあ……」
そう俺は、ルビーのように美しい赤色のカクテルを黒諏の前に置く。
エル・ディアブロ……悪魔という名のカクテルは、テキーラベースだが、カシスリキュール、ライムジュース、ジンジャービアを使用し、甘みもあってすっきりとした味わいが特徴だ。
黒諏はグラスを傾け、少し垂れた眠たげな瞳を細める。
「うん、美味い。それにしてもさ、どうして悪魔なんていうカクテル名なんだろうね?」
「真っ赤なカシスリキュールが悪魔の毒々しい血を連想させるのが由来らしいよ」
黒諏は「へえ」と感心した様子で頷き、俺は思わず胸の前で腕を組みつつ唸ってしまう。
「シオン君が言っていた『ディアブロ』が、このカクテルを指している可能性は、やっぱり低いかなあ」
ホストクラブ『新世界』のナンバーワンホストで、オカルト系の動画配信者としても活躍していたシオン君……紫苑《しおん》一《はじめ》は何者かにその尊い命を奪われてしまった。
しかも死後にタロットカードの『吊るし人』の寓意画の通りに、樹木に逆さ吊りにされていたのだ。
果たしてこれはシリアルキラーであるソードマンの仕業なのか……?
ソードマンは、その呼び名通りタロットカードの小アルカナという組《スート》の14枚ある剣《ソード》のカードの絵柄を模しているのだ。
目の前のカウンター席でグラスを傾けている黒諏の一人娘である麻璃亜さんは、ソードマンの手に掛かり無残にもソードの2を模した姿で発見されたのだ。
そして、この気怠そうな雰囲気を醸している黒諏《くろす》輝良《あきら》は、そうは見えないが凄腕の魔術師《ウィザード》なのである。
彼は魔術師としての能力を使い、ソードマンを捜し出そうとしているのだった。
そして黒諏曰く怪異を手繰り寄せる体質の俺も、彼と共に事件に関わるようになっていた。
そして……シオン君の遺体がなぞらえられていた吊るし人は、タロットを構成する全78枚の中の大アルカナと呼ばれる組《スート》の22枚の中にあるカードだ。
果たしてソードマンが大アルカナである『吊るし人』をモチーフにするのだろうか。
ソードマンの他に大アルカナに見立てる殺人鬼がいるのではないか、そう俺と黒諏は話している。
知り合って日は浅かったものの親しくしていたシオン君が突然、殺されてしまったという事実に心がぎゅっと痛くなる。
そんなシオン君の亡魂が俺達の前に姿を見せ、彼はディアブロという言葉を伝えてくれたのだった。
「そういえば、悪魔ってタロットにもあったよな……」
そう黒諏を見れば、彼は何やら思案げに水滴のついたグラスに指を這わせていたが、俺の声に我に返った様子で顔を上げる。
少しぼんやりした彼に「どうしたんだ?」と問えば、彼は首を横に振る。
「小鳥遊君が言うように、確かにタロットにも悪魔のカードはあるね」
「あっ、もしかして酔いが回った? なにかチェイサーを用意しようか?」
エル・ディアブロはテキーラを使っているのでそれなりに度数もある。
ザルとまではいかないが、度数の強いカクテルを楽しめる彼でも、その時の体調によっては酔ってしまうこともある。
「いや、大丈夫。酔っ払ってはいないよ」
あんがとね、そう黒諏が微笑む。
その時ドアベルが涼やかに鳴り、来客を告げた。店に入ってきたのはスリーピーススーツに身を包んだ男性だった。
黒諏もそちらに目をやり、途端にハッと息を呑む。そのまま彼は弾かれたようにカウンターチェアから勢いよく立つ。
「何をしに来た!?」
そう黒諏が身構えながら彼を睨み、その緊迫した様子にぎょっとしてしまう。
今にも胸元の地獄の門を解放しそうな黒諏とは裏腹に、男性客は臆することもなくゆったりとこちらにやってくる。
年は三十代後半から四十代前半……黒諏と同い年くらいだろうか。
彫りの深い整った彼の顔がペンダントライトの柔らかな光に照らされた刹那、ふと既視感をおぼえる。
あれ? 以前、どこかで会ったことがあるような……?
しかし、俺がバーテンダーとして接客するのは今夜がはじめてのはずだ。
職業柄、一度でもお酒を出した人の顔や名前はほぼ記憶している。
それにここまで見目の整った人だと、忘れる方が難しいだろう。
モデルか俳優のように端正な相貌で、均等のとれた体躯を引き立てるような、仕立ての良い深みのあるダークカラーのグレンチェックのスーツが似合っている。
遊び心を感じさせるオレンジのポケットチーフに、ストライプのネクタイは華やかさを感じさせ、彼のセンスの良さを窺わせた。
街中ですれ違ったら思わず振り向いてしまいそうな、人を魅了する雰囲気を纏った男性だ。
彼はその美貌に柔らかく笑みを浮かべて剣呑な様子の黒諏を見やる。
「元気そうでなによりだね、アキラ。鍵《キー》であるわたしがきみの前に現れることはなにもおかしなことではないだろう? まあ、落ち着きたまえ」
そう澄ました顔で彼はカウンターチェアに腰を下ろし、黒諏も眉間に深く皺を寄せつつもどかっと椅子に座る。
そんな黒諏の様子に彼は「ふふっ」と蠱惑的に笑い、こちらに顔を向けた。
思わずどきりとする俺に、彼が「はじめまして」と背広の内ポケットから艶やかな黒い皮製の名刺入れを取り出し、一枚こちらに差し出す。
反射的に「頂戴します」と両手で受け取り、光沢加工がさりげなく施された純白の名刺に目を落とす。
そこには、清宮《きよみや》聖永《せな》と印字されていた。その肩書はオーナーとなっている。
「小鳥遊涼と申します」
そうぺこりと頭を下げると、彼は「わたしのことは聖永《せな》と呼んでくれて構わないよ」とにっこりと形の良い瞳を細めた。
同じく名刺を渡された黒諏が顔を顰めた。
「なーにが、清宮聖永だよ。悪魔のくせによく言うぜ」
「さすがに、メフィストフェレスなんて名刺は作れないでしょう?」
そう澄ました様子の聖永の言葉に息を呑む。メフィストフェレスって、ゲーテの戯曲であるファウストにも出てくる、あの悪魔のこと……?
驚愕する俺に向かって聖永が「よろしくね」と形の良い瞳を細め、その美しいが底知れぬものを感じさせる微笑に背中に冷たいものが走った。
その時、厨房から夏目君がひょっこりと顔を覗かせ、途端に満面の笑みを浮かべた。
「あー! やっぱり、聖永さんだ! なんか聞き覚えのある声がするなあ、って思ってたんすよお!」
破顔する夏目君に、聖永さんは「久しぶりだね」と微笑み、黒諏が眉根を寄せる。
驚いたことに二人は顔見知りらしい。
屈託ない夏目君の様子から察するに、目の前のオーナーが実は悪魔メフィストフェレスということは露ほども知らないようだ。
「おい……どういうことだ? 陽向《ひなた》、こいつと知り合いか?」
「はい、聖永さんはホストクラブ『新世界』のオーナーですから。もしかして、黒諏さんも知り合いなんすか?」
名刺の肩書きがオーナーとなっていたが、まさか彼が『新世界』と関係しているなんて……思わぬ繋がりに俺だけなく黒諏も衝撃を受けている様子だった。
「シオン君が生前に、こちらによく来ていたと聞いてね。それで今夜は伺ったんだ」
聖永の言葉に、夏目君は少し哀しげに眉を下げた。
夏目君とシオン君は地元の先輩と後輩という間柄で、二人の付き合いも長かった。
先輩であるシオン君のことをとても慕っており、夏目君も新世界でホストとして一緒に働いていた時期があったという。
ナンバーワンホストとして活躍していたシオン君は、夏目君の憧れの存在でもあったのだ。
そんなシオン君との思わぬ形での別れに、夏目君はとてもショックを受けていたし、その悲しみはまだ癒えていないのだ。
おまけにシオン君の遺体が『吊るし人』に見立てられた事は、マスコミでもかなり大きくセンセーショナルに取り上げられたのだ。
中にはシオン君について、女性から大金を絞り取る悪質なホストだったなんて、いい加減な事を書き立てる低俗な雑誌もあった。
バー『よすが』にも記者と名乗る人物がシオン君の事を取材したいといきなり訪ねてきたりして、そういった面でも夏目君は辟易していたのだ。
色々と思い出してしまったのだろう、夏目君の顔が少し曇り、聖永は艶然と微笑む。
「きみはシオン君と仲が良かったから、さぞかしショックだったろうと気になってね……大丈夫かい?」
いかにも夏目君を慮っているというような柔らかな声音で訊く聖永にぞっとしてしまう。
悪魔である彼が、親しい人を突然に亡くした悲しみに本心から寄り添っているとは思えなかった。
夏目君は一瞬だけ暗い表情になったが、それを押し隠すようにいつもの朗らかな笑顔を浮かべながら頷いた。
「はい、大丈夫っす。お気遣い、ありがとうございます。あっ、ちょっと俺、下ごしらえをするんで失礼しますね。ゆっくりしていってくださいね」
そう少し足早に夏目君は厨房に戻っていく。黒諏は片方の眉を上げると、聖永に冷たい一瞥をくれて「この悪魔め」と吐き捨てるように言った。

【続きは製品でお楽しみください】

 

【シリーズ既刊】

壺中天地シリーズI カーディナル・レッドの指先

 壺中天地シリーズII バイオレットフィズの追憶

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