ゴーレム【Dark side of fate】

 


【書籍情報】

タイトルゴーレム【Dark side of fate】
著者青樹凛音
イラスト忍足あすか
レーベルアプリーレ文庫
価格500円+税
あらすじ大正時代、東京。
海軍技術部の若きエリート「黒田令一」は他所の部署の「松葉心史」から巷で呪術を売りさばく人物の調査の担当を任される。令一は姉である占い師兼秘密探偵の「黒田令子」の占いで、事件に関わるとされる公園へ向かうと、そこで不審死した男性を見つける。
前作「ゴーレム(ClosetoU)」で書かれなかった運命の闇について。ダークファンタジー。

【本文立ち読み】

ゴーレム【Dark side of fate】
[著]青樹 凛音
[イラスト]忍足あすか

目次

ゴーレム【Dark side of fate】

 

【Intro】

木造の研究所の中。
夜空に浮かぶ月が優しく研究所の中を映し出していた。水道から水滴が落ちる音が静寂を教え、フラスコやビーカーは眠っている。まるで夜の闇の中にある青色が溶け出してかのような美しい静寂だった。
月の見える窓辺に立っている白衣の男は「彼女」に話しかける。
「お前は私の人生の結晶だ「八雲」愛しき我がゴーレム」
そう愛おしげに言葉をかける。
「八雲」と呼ばれた女の子。彼女は「ゴーレム」だった。
黒髪には黒髪だが瑠璃色が混ざっている。
背丈は140センチ未満。黒色の生地に深い緑色をあしらったような西洋の服、落ち着いた深緑色のロングスカート。異国の雰囲気だが仕草そのものは日本人に見える。そして「本当に人間なのか」と疑うほどに綺麗である。
白衣の男は齢50歳ほどに見える。
白髪交じりの髪と表情に刻まれたシワ、長年の苦労が彼の表情をまるで荒波に耐える岩のように厳しいものにしていた。着ている白衣もよれよれで、丁寧に着て洗っていても落ちない「汚れ」が多少見られる。
「本当を言えばお前とこうしていつまでも平和に過ごしていたいものだが、おそらくそれは叶わぬ願いなのだろう。触れるものはいつかは朽ちゆく、愛しきものでさえもいつかは砂の花のように崩れてしまう」
白衣の男「教授」は老いというものを日々感じていた。
金銭面で困っている彼には「この先どうなるのか」という不安もあった。ただそれは若かった時のものと違い「死へ一歩ずつ近づいている」という感覚がはっきりしている中で、それでも付きまとう暮らしの不安だった。

研究所の中、実験道具は安物であって、フラスコもビーカーも、他所の研究所や大学等から廃棄寸前になったものをいただいたものである。新品で揃えてみたいと思っていたがそれはついに叶わなかった「夢」だった。
八雲、と呼ばれた女の子は白衣の男に話しかける。
彼女は「先ほど生まれた存在」だった。
「あなたを何と言えばいいですか?」
「お父さん、でもおかしな話だ。好きなように呼ぶがいい」
言葉を聞くと彼女は答える。
「はい。ではマスター、私は何をすればいいでしょうか?」
教授は彼女に何かをさせるということは考えていなかった。
教授は多くの夢を叶えられなかったが「ゴーレムをこの手で作り出す」という、一つの夢を実現させた。彼女「八雲」には苦労なく過ごしてもらいたいと願い、それでもゴーレムの彼女に「命令が必要である」と分かっていて次のように言った。
「――時を待て、その時まで」
教授にはそのように言えば苦労しないだろうと考えていた。
何もさせない、させれば苦労になってしまう。そのように教授は考えて意味もなく負担にならない命令を予め考えてこのように言った。
「分かりました、その時には命令してください」
八雲は窓の外の月を見た。
「少し月の光を浴びてきてもいいでしょうか?」
「ああ、好きにしなさい」
女の子が出て行った後の研究所で一人になった教授は、座ったままで目に手を当てた。それは「この先どうなるか分からない」という不安からだった。
「私の研究成果も日銭にしかならない」
この研究所には「僅かなお金」しかなかった。
金銭的な問題に直面した彼は、その研究の成果を手放して僅かなお金に変えて何とか暮らしている。だがいずれは何も残らないだろう。それでも研究の果てにたどり着いたこの「ゴーレム」という自身の人生の全ては失いたくないと手元に残した。彼は無言で顔に手を当てて目を閉じた。

研究所の外に出た八雲は月を見上げた。
そして月に話しかけるように独り言を呟く。
「私はこの世界に生まれたのに「何をすればいいのか分かりません」先ほどのように何も示されずに「時を待て」とだけ言われること、それはまるで自分の生には意味がないかのように「空白のように」感じます」
初めて覚える「苦悩」に変わって胸に秘めて。

ゴーレム【Dark side of fate】

東京、海軍司令部。
大層なその建物に「日本国旗」が飾られている。
地に立つ一人の若き軍人がそれを見た。
〈あれを一つ朝に掲げるため担当者は決められた動作を訓練する、か〉
そう思いながら建物の中へ。
その若き軍人は通路を歩く。
彼は今日、海軍司令部に呼び出されてやってきた。だが自身が呼ばれた理由を探しても特に思い当たることがなかったため来る間も、今も、様々なことを考えている。その後で「俺の休日はどうなるのだろうか?」と心配した。
若き軍人は名を「黒田令一」という。
背丈は特に高いわけではない。
士官学校を出た後、海軍に所属「准尉」だった。
着ている軍服は二等兵のものでなく、もっと良いものであることからエリートであることが一般人にも分かる。ただ見た目は若い青年だ。通常ならば「若造のくせに」と言われそうなものだが、彼、令一には若いにも関わらず軍服で立つ姿にある程度の「品」と「度胸」それと「知性」があった。
つまりは「様になっている」のである。
帯刀もあるが、その刀は全く使われていない飾りのようなものだ。剣術など今の戦場、ましてや海軍で使わないと分かっていたから令一はロクに練習も収めていない。その代わりに銃はそれなりの腕前である。それは「使う」からだ。使うものをよく学び今の時代に古すぎるものは捨てていく。
令一には良きリアリストの一面があった。
もっとも人前、特に上官の前では生意気なことなど言わずに話を合わせる。
それも「どうでもいいことで気苦労を増やしたくない」という考えだった。令一が一番望んでいるものとは「優雅な休日」だった。それはお金を使うということではなく、休日に公園のベンチに座りサンドイッチを食べるような、そんな優雅さだ。

司令部、管制室へ入る前に扉の前に立つ軍人と決められた形の敬礼をする。こんなことは意味ないと感じる令一だったが「規則を守る」ということは仕事の一部であると割りきって覚えていてその一連の動作はスマートなものだった。
「海軍技術部、黒田令一准尉! 入ります!」
『よし、入れ』
「は!」と。問題なく規則通りの所作を持ってその扉を開けると自分の上官に当たる「司令官」が書斎机に座っている。そこに一切の慣れ合いや甘さなどなく腑抜けた表情でもすれば殴られることを令一は知っている。
〈誰でもそう感じるのだろうが、こうしてこんな場所に呼び出されて面と向かってまだ知らない何かを言われることは緊張する〉
司令官は先の戦争で勲章をもらうほどの大物である。
椅子に座ったまま話を始める。
『君を呼んだのは他でもない、特別な任務を言い渡すためだ』
「は、かしこまりました!」
『君にしか出来ないだろうとこの件の担当者からの強い推薦だ。私の方でも他の候補と比較してみて君はこの任務をより確実に遂行出来るだろうと考えたため、君に指令を言い渡す。そのために今日はここへ呼び出した」
「この若輩にありがたきお言葉!」
「詳しくは書類に書かれている「速やかに任務に当たり給え」黒田令一准尉」
「承知しました! 任務に当たります!」
上官から指令を言い渡された令一は表情を崩さずに再度敬礼をした。
「それではこれで失礼致します!」
余計なことを言わずに渡された書類を手にして管制室を出た。管制室を出ると扉の前に立つ軍人にも決まった敬礼した。その後でさっと通路へと出た。そして通路をしばらく歩いてから誰も居ないことを確認した。
〈どいつもこいつも俺をいいように使いやがって〉
令一の表情はすぐに「面倒だ」というものに変わっていた。
〈しばらく休めるものだと思っていたがそうもいかなくなってしまった〉
令一は別の任務をこなしたばかりだった。
明日から数日の休暇の予定だったために「久しぶりにゆっくり休める」と内心で喜んでいた。それだけに表情は浮かないものだった。
「そもそも「特別な任務」って一体何のことなんだ? どこかへ出張にでも行くのだろうか? それは結構嫌なんだが」
「せめて東京であってくれ」と祈り指令書を読む。
すると「管轄が自分の所属と違う」と気付いた。
「なんだ、これは「御堂の奴」の管轄じゃないか。御堂としばらく会っていないがこうして俺にお鉢が回って来るということはあいつの支部は今よほど忙しいのか?」
令一は士官学校の学友「御堂輝一」のことを思い出した。
「というか誰がこの任務の担当者になんだ?」
自分を指名する担当者が気になって書類を読み進めた令一は「その名前」を見て苦い表情で「うげ、松葉かよ」と呟いた。
「松葉心史」という名前を令一は知っていた。
〈あいつ絡みは絶対ロクでもないことだ〉
そう気付いて大きくため息を吐いた。
〈まあ、東京だったことがせめてもの救いだな〉
令一の所属する海軍技術部は今のところ急用はなく人員も足りている。将来は上官になる予定の令一だが、このように雑用に近いことも「何事も経験だ」ということで任されることが多々ある。それに愚痴を心で言いながらもしっかりとこなす。
令一は「職業としての軍人」をやっている。
その任務のやりがいや意味を考えることはせず「目の前の任務を完了すればそれでいいんだ」と考えている。もっとも愛国心はある。そのバランス感覚こそ令一の「周りの者とは一味違う将来有望さ」を周囲に感じさせる。

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【シリーズ紹介】

ゴーレム 

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