【書籍情報】
タイトル | 異世界で検問所職員やってます |
著者 | 鈴野葉桜 |
イラスト | みずききょうや |
レーベル | ペリドット文庫 |
価格 | 400円+税 |
あらすじ | 異世界トリップをして約一年。主人公ラキは、異世界を冒険するでもなく、VRMMO時代に拠点として使っていた王都の検問所で職員として毎日働いていた。 そこには「ある理由」があって……。 少しだけ眠るはずが、いつの間にかVRMMOで遊んでいたゲームの百年後に一人だけで異世界トリップをしてしまった、廃人の物語。 |
【本文立ち読み】
異世界で検問所職員やってます
[著]鈴野葉桜
[イラスト]みずききょうや
目次
異世界で検問所職員やってます
「はい、通ってよし」
「あんがとな、嬢ちゃん」
「うるせぇ、俺は男だ」
ガヤガヤと騒がしい、王都に入る前に必ず通らなければならない検問所。
いつもと同じ風景だ。百年前も今も、変わり映えしない風景が一対の黒い瞳に映っていた。襟首のあたりできちんと切り揃えている黒髪をわしゃわしゃと左手で掻きながら、嬢ちゃん、と言ってきた男に言い返す。
「その男っぽい口調さえなけりゃあなあ。俺が二人目の嫁としてもらってやったのに」
「おい、ガルド。その口今から塞いでやろうか? 奥さんは大事にしろ。 んでもって俺はオ・ト・コだ!!」
王都の検問所職員は、身分証明書――手の平サイズのプレート――と本人に相違がないか、また犯罪歴がないかを調べる場所だ。そのため安全を確保するために、検問所職員は各々得意な得物を腰や背中にぶら下げている。そこらの冒険者よりは強いのは、この世界の一般常識だ。
百六十四センチと、男にしては低い身長に、凛々しい顔ではなく可愛らしい女顔。それでもここにいる誰よりも強いと自負している。別に自慢しようとかは思ってもいないのでそれはいい。けれど女に間違われ、舐められるのならば話は変わってくる。
笑顔をにっこりと携え、素早く腰から得物を一本、鞘から引き抜く。目にも止まらぬ速さで首元にあてるが、それに慌てるそぶりを見せることはない。豪胆な奴だ。
「がはは、冗談に決まってるだろ、ラキ」
もちろんガルドが冗談で言っているのは承知の上だ。けれど世の中、踏んではいけない地雷というものがある。女顔、男の娘。その地雷を踏んでいいのは、この世界に『まだ』いないラキの大切な女性ただ一人だ。
「ったく」
首元から剣を離し、再び腰にある鞘の中へと戻す。
「ただ、俺はな……この顔でからかわれるのが一番嫌なんだ。――わかるよなぁ、ガルド?」
脅すように低い声を出す。
「もちろんだとも! んじゃ、通るぜ。またな、ラキちゃん」
しかし検問所を通る度にしている会話なせいか、ガルドには全く意味をなしていない。
「ちゃんは余計だ!!」
ガルドは剣がしまわれると、ラキの頭を乱暴に一撫でし、王都へ入っていった。
恒例となりつつある光景に、同じ職員であるユリウスに笑われてしまう。
「相変わらずですね、ガルドさんも、ラキ先輩も」
「うるせぇ。譲れないもんってのが俺にもあんだよ」
踏ん反り返りながら、パイプ椅子にどかりと腰を下ろした。
これが最近の日常。
検問所の職員として働く毎日。毎日一緒のことの繰り返しだが、決して退屈ではない。かたっ苦しい職場ではないため、世間話をすることもあれば、こうして女顔をからかわれ、冗談交じりに怒ることもある。
もちろん犯罪歴がある者を通すことはできないので、いざこざはしょっちゅうある。腕っぷしに自身があるラキにとって、そんないざこざは大したことではなく、ただの軽い準備運動のようなものだった。
それに、ラキは『心眼』という善悪を見抜く固有スキルを持ち合わせていた。そのことから、身分証明書の提示とともに何項目か確認しなくてはならない面倒臭い手続きを、すぐに善悪を判断できるラキが担当することで短時間に縮小することができ、ラキの検問所は長蛇の列ができるにも関わらず、早く王都の中へ入れることで有名だった。
心眼を器用に使いつつ、テキパキと仕事をこなしていく。
そんなラキは、一人、また一人と自身の元へ来る人物を見ては落ち込み、次こそはと期待しては落ち込み、を繰り返していた。
検問所の扉が開かれているのは朝の六時から、夜の八時まで。つまり十四時間開かれている。なので検問所職員は七時間ごとの二人交代制で仕事が振り分けられている。しかしそこを無理言って、仕事をこなしているのがラキだった。トイレや昼食の休憩で席を数度立つことはあっても、十分以内に収め、決してその場を長時間動こうとしない。
上の者から休みをとれ、と言われても休むことなく毎日十四時間出勤していた。
そのため、周りからは変わり者と呼ばれることもある。そう呼ばれようとしても、ラキにはここにこうしていなければいけない理由があった。
(早くここに帰ってきてくれ、チヒロ)
◆◇◆
事の始まりは一年前、ある夏の出来事だった。
「ラキくん、そこで寝ると風邪ひくよー?」
「んー、あとちょっとだけ……」
「もう、仕方ないなあ」
前日、仕事で夜遅くまで働いていたこともあって、ラキ――鈴木一也は、土曜日の昼間だというのに眠気に襲われ、ソファで横になっていた。
現実では鈴木一也という名前があるのに、VRMMOの中と同じようにラキと呼ぶ妻兼ゲーム仲間に、内心苦笑してしまう。
(ま、このラキって名前もチヒロがつけたしな……)
最初は違う名前でプレイしていたのだが、何か幸運なことがある度にラッキーと口にしていたら、VRMMO内で知り合ったチヒロに、いつの間にかラキくんと呼ばれ、それがゲーム内で使う名前として定着してしまっていた。そして今では本名で呼ばれるよりも、すんなりと体が反応してしまうのだから笑うしかない。
(まあでも、VRMMOのおかげでこうしてチヒロと結婚できたんだからそれも悪くないか)
VRMMO内で互いが気になり始め、オフ会という名の現実世界で初めて出会ったのが二年前だ。それで今こうして結婚して一年目なのだから、世の中何が起こるかわからないものである。
瞼が重く、一向に上がる気配を見せない。意識がゆっくりと落ちていくのが自分でもわかった。そんな一也の体に一枚の毛布がかけられる。かけてくれたのはチヒロだろう。チヒロの囁く声が、かろうじて意識のある一也に届く。
「おやすみ、ラキくん」
それが最後に聞く、チヒロの声だったとも知らずに、一也は夢の中へと旅立ってしまった。
◆◇◆
(起きたら異世界、それもチヒロとはまっていたVRMMOの百年後の世界だなんて思ってもみなかったしなあ)
一年前のことを思い出しながら、検問所にチヒロの姿がなかったことに落胆を示す。
同僚からは、いい人を紹介すると何度も言われ、そのたびに断ってきた。ラキからしてみれば、ラキの全てを受け入れてくれた初めての人なのだ。チヒロ以上に好きになれる人なんて、現れるはずがない。それに一年経った今でも諦めきれていないのだ。諦めるのは、この世界で寿命を全うしてからでも遅くはない。
幸いなことに、VRMMO時代に貯めたお金や武器、家はそのまま残っているし、こうして働く場所も安定している。チヒロが傍にいない寂しさはあるが、それを除けば充実した毎日を送っているともいえる。
(ただ気になることといえば、サポートキャラクターのコハクがどうなっているのかくらいか……?)
戦争孤児の女の子の姿を、脳裏に思い浮かべる。
この世界は人間以外にもエルフやドワーフ、獣人など様々な人種が存在する。実はラキも実はただの人間ではなく、ハイヒューマンと呼ばれる、長寿に分類される珍しい種族なのだが、それがばれたら些か厄介なこともあり、普段はただの人間で通している。そして話は戻るが、コハクの種族はその中でも魔法が得意と言われるエルフだ。
白色の長い髪に、琥珀色の瞳。イベントで偶然立ち寄った孤児院でチヒロと出会い、義妹という関係性でサポートキャラクターにしたとチヒロが言っていた。かなりの寂しがり屋で泣き虫だった。ラキと出会った頃のコハクは、チヒロにべったりで、チヒロと仲良くするラキを敵対視していた。今思えば、孤児になってから自分に良くしてくれている存在を取られたくなかったのだろうと推測できる。
(まあ最終的に俺にもべったりだったんだけど)
ラキとコハクの関係性は、兄と妹というよりも、父と娘の方が近いのかもしれない。根気よく面倒を見ていたせいか、気がついたらそんな関係性になってしまっていた。
コハクのことを考えていたら、コハクとの思い出が次々と脳裏に思い浮かぶ。
「どこに行ってるんだろうなあ、コハク」
このVRMMOの世界は、ラキがプレイしていた百年後の世界。コハクからしてみれば、ラキたちが突如として失踪したようなもの。それも百年も音沙汰がないとなれば、家を出ていてもおかしくはない。
「いや、むしろ恨まれていてもおかしくはない……か」
幼い頃に両親を戦争で失い、無償の愛にコハクは飢えていた。そんなコハクを家族として迎え入れたのに、ラキたちはいなくなってしまったのだ。最初は悲してくれたかもしれないが、自分だけを置いて消えてしまったラキたちを恨んでもおかしくはない。
そう思うと無意識にため息が出てしまった。
だからなのか、普段なら気づく些細な変化を気づかずに、玄関の扉を開けてしまう。
「ん? 俺、鍵を閉めていかなかったか?」
最初は鍵を閉め忘れただけだと思っていた。しかしそれは違うとすぐさま判断する。
家の中は明かりが灯っており、美味しそうな匂いが食欲をそそる。仕事に向かったのは朝だから、明かりの消し忘れはまずないし、基本外食なラキの家に美味しそうな匂いが漂っていることがまずありえない。
考え事をしていたせいで、違う人の家に入ってしまったかと思ったが、どこをどう見てもラキの家だ。
(泥棒……なわけないよな。こんな痕跡残すはずがないし)
本来であればもっと焦ったり、警戒をしたりするべきなのだろうが、ラキにはVRMMO時代に培った実力がある。ラキに勝てるのは、同じVRMMO時代のプレイヤーか、上位に属する魔物くらいだろう。
玄関でうーんと唸っていると、リビングに続くスライド式のドアが開かれた。
ドアの開く音につられて顔を上げると、そこには艶やかな白髪を腰まで伸ばしたエルフの女性がいた。琥珀色の瞳は驚きで大きく見開かれており、数秒後には大粒の涙が頬を伝った。
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