的のむこう側 的のむこう側に君がいる

 


【書籍情報】

タイトル的のむこう側 的のむこう側に君がいる
著者相沢蒼依
イラスト一宮こう
レーベルフリチラリア文庫
価格500円+税
あらすじそれぞれの部活の練習中にお互い目を留めた吉川とノリト。違うクラスだったこともあり、まったく接点がない。
が、晴れて両想いになったものの、ノリトに好意を抱く強敵が現れる。
そんなとき味方になってくれたのは腐女子の友人!?

【本文立ち読み】

的のむこう側 的のむこう側に君がいる
[著]相沢蒼依
[イラスト]一宮こう

※この作品は縦書きでレイアウトされています。
※この作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件とは一切関係ありません。

 

目次

煌めきの瞬間
近づきたい
ゴールの向こう側
ふたりならではのデート
いつもの日常
意外な事実
恋慕
フラグ回収作業

煌めきの瞬間

彼のことを、どこかでずっと意識していた。
僕と同じく、高校で始めたという部活をあっという間にマスターし、半年後にはサッカー部でレギュラー入りしただけじゃなく、大活躍する選手に成長を遂げた。
片や僕は部員が6名しかいない弱小弓道部の主将、椎名智人(しいなのりと)高校2年。見た目も中身も成績もすべて平均点で、運動神経にいたっては残念な状態だから、しょうがないと半ば諦めている。
だけど部活を頑張る彼の姿を見たら、自然と自分も負けないようにしなければと、どんなことでも食いしばることができた。
気になる彼、吉川(きっかわ) 煌(きら)。学年で1・2を争う、イケメンアイドル的な存在。サッカー部の次期キャプテン候補で、ポジションはフォワード。
さらさらの茶髪が太陽の下で眩しいくらいにキラキラしていて、その髪をしなやかになびかせながら風を切ってボールを操る姿に、女子は夢中になっていた。
吉川はただのイケメンってだけじゃなく、本当に誰にでも優しくて友人思いで、自分がどんなに大変でも率先して手助けするという、人としてもいいヤツだった。
特にサッカーを応援してくれる非公認のファンクラブの女子には、持ち前のサービス精神を発揮した。休憩中でも積極的に声をかけたり、リフティングをやって見せたりして、疲れているのを感じさせずに、誠心誠意を込めて一生懸命に尽くしている姿を、何度も目撃したんだ。
どうして僕が、こんなに細かいことを知っているかって? だって気になるから――。
人見知りの激しい僕には、到底無理な話ゆえに、彼の内に秘めた情熱や、いつでもどこでも誰とでも仲良くできるコミュニケーション能力の高さや、バイタリティのコツが知りたかった。
(だけどみんなにいつでもニコニコしていて、ストレスとか溜まらないのかな?)
なーんてことを考えながら、部活のランニングをちゃっかりサボって、目の前で行われているサッカー部の練習試合を、なんとはなしに眺める。時折吹いてくる風は気持ちいいけれど、夏の強い日差しが容赦なく照りつけるせいで、なにもしていなくても額から汗がじわりと滲み出た。
よくあの広いピッチでボールを追いかけて、延々と走り続けることができるよなぁと感心してしまう。ランニング1周2キロを2周で疲れてしまった僕の体力じゃ、サッカーの試合なんて絶対に出ていられない。
額の汗を拭いつつ、応援席の後方から、サッカーの練習試合を立ったまま観戦する。どちらもボールの奪い合いが続き、拮抗しているのがわかった。残り時間もあとわずかで、このままだとPK戦にもつれ込みそうな試合運びに、手に汗を握りしめる。
(焦れば焦るほど、ボールが手に入らないんだよ。しかもシュートする瞬間に奪われたら、すっごくショックだよなぁ)
やや押され気味になっている我が校のサッカー部を心の中で必死に応援すべく、両手を胸の前で組んでしまった。
そんな僕の応援が届いたとは思えないけど、味方にボールが渡って、ピッチの端からロングパスが出された。それをノーマークの選手が、見事キャッチ!
(よしっ、そのままドリブルで、敵陣営に突っ込んで行っちゃえ!)
そう思ったのもつかの間、ノーマークの選手にたかって来る敵のかたまり!
絶体絶命のピンチを目の当たりにして、下唇を噛んだときだった。
「吉川っ! 頼むーっ!」
ノーマークの選手が強く蹴りあげたボールが、大きな山なりを描いて、ゴール付近に向かって走っている、吉川に目がけて放たれた。ボールの着地点を見極めながら立ち止まって両手を広げ、軸足を踏み込んでシュート体勢に入る。
その姿から目が離せなかった。
立ち止まった瞬間に空中に飛び散る汗や、ふわりと揺れる茶髪、息遣いさえも見逃したくなくて、呼吸を忘れて見惚れてしまった。
吉川は一瞬たりともボールから視線を離さずに、そのまま体を寝かせて腰を回転させながら、華麗なボレーシュートをする。弾丸のような威力を持ったボールはキーパーの手に触れたけど、その守り手を一瞬で吹き飛ばし、ゴールネットを揺らしたのだった。
――すごい、カッコイイ――
組んでいた手を胸に当ててみると、いつも以上に鼓動が高鳴っていることに、動揺を隠せない。
(ちょっと待て。同性にときめいて、どうしちゃったんだ……)
自身の事情で困惑を極めた僕をよそに、ホイッスルの音がピッチに鳴り響き、試合終了が告げられた。
「やった~! 勝ったぞ^!!^」
仲間同士で抱き合って、揉みくちゃにされながらも満面の笑みを浮かべる吉川を見て、またもや胸がドキドキした。
この感じって誰かに恋したときのリアクションに、とても似ていた。それを自覚した途端に、頬にぽっと熱を持つ。いくら格好いいからって男子にときめいて、どうしていいのやら。
狼狽する僕を尻目に、応援席の前できちんと整列したサッカー部員。吉川だけじゃなく、メンバー全員が輝いた笑顔を滲ませていた。
「今日もたくさんの応援、ありがとうございました! お蔭で勝つことができました!」
声を張りあげながら応援席に向かって、きちんとお辞儀をする吉川。頭を上げた瞬間にバッチリ目が合った気がしたので、慌てて逃げ出してしまった。
試合終了のホイッスルが、恋の開始を示すホイッスルだったのがわかるのは、随分あとになるのだった。

***

(すっげぇ気になる――)
「ちらっとでもいい。こっちを見てくれないかな」
弓道部に三年生がいないため、二年生ながら主将をしている椎名智人(しいなともひと)がいる教室の後ろの扉にくっついて、自分を見つけてほしい気持ちを込めつつ、中の様子をを窺う。
他のヤツラは方々に固まって楽しげに喋り倒しているというのに、トモヒトはひとり静かに読書中だった。
アイツが気になったのは、数日前の放課後。サッカー部の自主練で校庭を走っていたとき、茂みのむこうからバンッという紙が破れるような音が聞こえてきたのが、きっかけだった。
そういえば茂みのあっち側に弓道部があったなと、興味に惹かれて覗き見た先に、トモヒトが弓を射っていた。
学校で垣間見る姿は、ぼんやりしてるところばかりだったのに今は一転、弓道場から的に向かい合っている姿はキリッとしているのに、どこか花がある、そんな感じに見受けられた。
キンッ!
矢が放たれた瞬間、的に中るいい音がした。
そのときのトモヒトの顔が薄ら笑いというか、うっすら笑ってるような笑顔に目が留まった。それをどうしても確認したくなり、茂みから頭を出して、夢中になって覗いてしまった。そのうちに自分が、的になってみたいと思いはじめる始末。
どうしても真正面から、あの顔を見たくなった。トモヒトのメガネの奥にある真剣なまなざしに、自分が映りたくてしょうがなくなっていた。
違うクラスで部活動もまったく接点がない上に、共通の友達すらいない現在の状況は、絶望的と言える。
はーっと大きなため息をついたとき、覗いていた教室の扉が一気に開け放たれる。自動扉じゃないのに勝手に開いた扉にビビり、慌てて数歩退いた。
「おい、なに覗いてんだ吉川!」
視線がエロくてキモいと言いながら、大きな体を使って俺を廊下の隅っこに追いやる、野球部のエースの伊場淳(いばあつし)。中学の頃から騒がれている天才ピッチャーで、ここの高校には推薦で入ったらしい。
俺よりも多分10センチ以上背が高くて、見下ろしてくるその様子は、怒っていなくても迫力満点だった。野球部特有の坊主頭なれど、その髪形がシャープな顔立ちのごまかしを許さず、まんまイケメン様々って感じにみえる。
しかも硬派で誰にもなびくことなく、自分を貫いてるところがステキだと、多くの女子が騒いでいた。
(そういえば淳のヤツ、トモヒトと仲が良かったハズなんだよな)
「淳、相談があるんだ」
「はぁ? 友達でもないのに、いきなり馴れなれしいな。しかも相談っていったい……」
「おまえと今から友達になりたい」
きっぱり言い放った俺のひとことに、淳は眉間に深いシワを寄せて、不快感を露わにした。
「なに考えてるんだ。俺と友達になりたいからって、エロビームを飛ばしてたのか?」
「おまえにじゃねぇよ、アイツにだ」
右手でトモヒトを指すと、へーっと呆れた声で頷く。
「吉川と彼とじゃ無理だ。だってチャラいのキライだし、話も合わないと思う」
「俺はチャラくねぇって!」
「いやいや。その茶髪に日に焼けた黒い肌、煩い口はもうまんまチャラいだろ」
ゲラゲラ笑う淳の声にトモヒトがぴくりと反応して、こっちを見た。俺が飛ばしてる視線と、一瞬だけ絡む。
その瞬間、胸がドキッと高鳴った。そんな自分の反応に驚き、固まったままでいる俺を一瞥するなり、口元を「あ」という形にして、ぷいっと顔を背ける。
(――なんだろあの態度。俺ってばトモヒトに嫌われてる?)
甘く疼いた胸をぎゅっと押さえると、淳が怪訝な顔をしながら、俺とトモヒトを交互に眺めた。
「吉川、なにかしたんだろ? 残念ながら、すでに嫌われてる。アイツの顔に、不機嫌って書いてあるぞ」
「俺、なにもしてねぇし……」
目が合った喜びから一転、奈落の底にどんっと突き落とされたような気分になった。どうしてこんなに、ショックを受けてるんだろう。
「とにかく、吉川には仲介はしない。そんな顔してるヤツならなおさら」
「そんな顔?」
「最初に言っただろ。エロビームを飛ばしてたって。下心丸出しのヤツに、大事な友達を紹介しない」
淳は大きな右手で、追い払うしぐさをする。
このときは俺自身の気持ちがわからなかったせいで反論すらできずに、黙ったまま淳のセリフを聞き続けるしかなかった。
「友好的で活発な茶色の柴犬が、警戒心の強い黒猫には近づけないから。そこんとこ、よーく踏まえてくれよな!」
言いながらぴしゃりと扉を閉じられ、呆気なく終了してしまった友達申請。ショックすぎて、その場から動けなかった。
他人に指摘されて、はじめて気がついた。自分がトモヒトのことを、恋愛感情で意識していたなんて。
扉から窺える窓からぼんやりと教室内を眺めていたら、淳がトモヒトの傍に行き、なにかを話かけた。それに応えるように柔らかく微笑んで喋る姿に、自然と胸がしなって痛んだ。
俺には絶対に見せてくれないその笑顔が眩しすぎて、このときは目を伏せるしかなかった。

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