【7月新刊】さがし屋たぬき堂手帖~因業の穴のはなし~

【書籍情報】

タイトルさがし屋たぬき堂手帖 ~因業の穴のはなし~
著者忍足あすか
イラスト楠なわて
レーベルペリドット文庫
価格400円+税
あらすじ佛圓龍生は幼い頃にあれこれ捜し当ててきた結果、今では『失せもの捜しの佛圓龍生』と評判をとっている――が、そのほかではごくごく平凡な(?)中学生。
ある日、見も知らない同級生に、「土の出どころを捜してほしい」と奇妙な相談を持ちかけられる。
となれば、龍生が向かう先はただひとつ。
失せもの捜しを請け負う狸夫婦、お縞と雪之丞が営む『たぬき堂』だ。
龍生はお縞を伴い、同級生・仁崎のもとへ赴くのだが――。

【本文立ち読み】

序章

枯れ色の藪をざかざかかき分けて、落ちて乾いた笹の葉を踏みしめながら、紅い風呂敷包みを胸に抱え、佛圓《ぶつえん》龍生《たつき》は目的地を目指して急いだ。
薄茶色に枯れた葉が手指に擦り傷をつくる。時折ぴしりぴしりと頬に当たる。見上げれば背の高い笹や竹に曇天は覆われて、なんだか景色がほの白い。
びゅう、と風が吹いた。ダウンジャケットを着てきてよかったと心底思う。ここはとにかく寒いのだ。
ざっ、と不意に目の前が開けた。
乾いた枯れた色一色の景色の中央、竹林に囲まれて、庵がちんまりと建っていた。
何故だか晴れている。
ここはいつ来ても晴れているのだ。
たとえここへ来るまでの道がどんなに土砂降りでも、この空間に入った途端に雲はなくなる。寂しいような薄水色の空が広がっている。庵を包んでいるような――実際、ここはスノードームの中のようなものなのだ。
庵は古いが、整っている。よく手入れされていた。土壁も丸窓も、障子もすべて丁寧に存在している。
実のところ、『庵』というのは佛圓家で通っているだけの愛称のようなものであって、つくりや間取りからいえば明らかに庵ではない。龍生はまったく明るくないから詳しくはわからないが、庵なら奥の間はないだろうし、そもそも風呂なんぞあるわけがない。でも――
庵なのだ。
外から見るぶんには、民家というよりはやはり庵という単語の方がしっくりくる。約三メートル四方、がんばっても四メートル四方といったところだろうか。つまり、外見と中身――間取りが一致していない。外からはどう見たところで一部屋としか見えないのに、入ってみると広い。とても広い。詳細な間取りは知らないが、その程度のことどうでもいいくらいにはおかしい。庵でしかないはずなのに、土間がどんと広がっていて、竈がある。四次元ポケットもかくや、なのだ。
入り口の脇に、古木の板が立てかけられている。
――たぬき堂
なかなかの達筆だ。長年使ってきたものだろうに、あまり時間を感じさせない。板そのものは切り出したままのようで歪なかたちをしているし、黒ずんでいるが、文字の墨は新しいように見える。ただ書いているだけのようなのに、漆でも塗ったように艶があった。
龍生は一息つくと、庵の入り口に立ち、薄暗い奥に向かって声を放り投げた。
「ごめんください」
「事件でございますか?」
声がかぶった。龍生が言い終わる前、「ごめんくだ」まで言ったあたりで、さあっと駆け寄ってきた若い娘の声がそれを遮った。
いつものことだ。
龍生は溜息を飲み込む。
「お縞《しま》さん、うれしそうにしないでください」
お縞と呼ばれた娘は、齢《とし》の頃十五、六といったところ。番茶も出花の年齢には少し届かないが、じゅうぶん美しい。練り絹のような白い肌に、少女らしく色づいた頬、桃色の唇。黒い瞳はつぶらで、睫はマッチが乗りそうなほど長い。もちろんエクステンションなどではなく、彼女の自前だ。お縞は自分の身体に糊がつくのを死ぬほど嫌う。握り飯を握るのすらいやがるのだ。
長い髪は頭頂近くでお団子にして、なんとも豪奢なことに象牙の簪《かんざし》を挿していた。一見するとただの箸のようだが、表面に桜や紅葉といった四季の花が彫り込まれている。これは彼女の夫からの贈り物――というか、プロポーズの品物だ。人間でいうところの婚約指輪のようなものなのだろう。
簪とは不釣り合いな質素ななりで、お縞は今日も焦茶《こげちゃ》と海松《みる》茶《ちゃ》の縞模様のきものに、黒い帯を締めていた。
龍生は持っていた風呂敷包みをお縞に差し出す。
「とりあえずこれ、おみやげです」
お縞は頬を染めた。
「まあ。栗でございますね?」
「はい」
「こんな高価なものをいただいてよろしいのですか?」
「いえ、そんなに高くなかったので」
嘘だ。大粒な上にブランドものだったから、ものすごく高かった。中学生の財布には大打撃だった。
が、お縞はそんな世情などまったく知らないから、のんきに喜んでいる。
「縞は栗が大好きでございます」
「はい。ですから喜んでいただけるかなと」
「もちろんでございます! ありがとうございます、龍生さま。どうぞお上がりくださいませ」
お邪魔します、と言って、龍生はやっと靴を脱いだ。廊下に足を乗せるとぎしりと軋む。ここに住んでいる家鳴《やなり》は慎ましい性格のようで、滅多に姿を見せない。
――いや、俺の家に住んでるのが出たがりなだけか。
たぶん合っている。龍生の家に住み着いている家鳴たちは、何かにつけ顔を出す。たまに菓子泥棒までする。彼らは音の怪異だから、本来ならば姿を見せることを好まない。だから、この庵に住んでいる家鳴がスタンダードなのだろう。
「おまいさん、龍生さまがいらっしゃいましたよ」
「獣道を使うのは感心しないね」
からりと襖を開けた瞬間、穏やかな声に叱られて、龍生は首を竦めた。龍生はごく幼い頃からこの夫婦に接してきたから、親戚も同然なのだ。
「すみません」
素直に頭を下げる。
「おまいさん、龍生さまが栗をくださいました」
まるい頬を染めてうれしそうににこにこしているお縞を見て、雪之丞《ゆきのじょう》が相好を崩した。ベタ惚れなのだ。なんでも雪之丞、生まれは四国で、狸の一大勢力である八百なんたらの御曹司らしいのだが、旅行に来た折お縞に一目惚れをし、そのままこちらにいついてしまったのだという。
そう。
このふたり、狸なのだ。
齢《よわい》いくつになるか知れない化け狸。
狸といえば狐と違い、なんとなく美貌よりも愛嬌のイメージが強い――と、龍生なんかは思う。が、化生《けしょう》のものは美貌と相場が決まっているのか、先にも述べたとおりお縞は美少女だし、雪之丞も美しかった。筆で描いたような眉はやさしげだが同時に凛々しく、鼻梁は通っていてくちもとは引き締まっている。肌の美しさといったら、そこいらの女性など彼の足もとにも及ばない。
わずかに茶色がかった短い黒髪は艶やかで、襟足まできちんときれいに手が行き届いていた。
鳩羽《はとば》紫《むらさき》の羽織姿の雪之丞は縁側で詰め将棋をしていたらしく、将棋盤が出ている。縫い目のほつれた古い座布団にきちんと正座をしていた。お縞が座布団を持ってきて、当然のように将棋盤を挟み、雪之丞の前に置く。相手をしろということだ。これもやはりいつものことだった。
「お茶を淹れてまいります」
お縞は胸に栗の風呂敷包みを抱いて、上機嫌で下がっていった。
「龍生。先ほども言ったけれど、獣道は人間のあなたが軽々しく使うものではないよ。僕たちのような存在は、常に人間の味方とは限らない」
「はい」
「からかわれるだけならまだいい。食べられてしまっては笑い話にもならないからね」
「はい……」
すみません、と小声で謝る。
確かに雪之丞の言うとおりではある。獣道は危険だ。人間がつくった道と、交差したり重なったりする、不安定な、あちらの世界の住人たちが使う道。極端に消沈していたり、胸に邪《よこしま》なものを抱えていたりすると、人間でもふっと迷い込んでしまうことがある。
そこから『こちら側』へ帰ってこられるかどうかは、ほとんど運任せだ。
だから、ただの人間であるところの龍生が獣道を使うのは非常に危険だった。いつ引っ張られるかわかったものではない。
「何か慌てていたのかな」
「きっと事件でございますよ」
超特急のお縞が、盆に湯呑を載せて戻ってくる。
庵は実に平和だ。空から降る光があたたかい。ともすればうたた寝してしまいそうだった。今だって、ぽつんと一本佇んでほろほろと咲いている白梅を眺めながら、座布団を折り曲げて枕にし、ここに転がってしまいたかった。
「事件なのかい?」
お縞から湯呑を受け取って、雪之丞はのんびりと尋ねた。お縞がおきゃんなのは、夫である雪之丞がいちばんよく知っている。
「事件というか――仕事の依頼です」
龍生も湯呑を受け取る。湯気を吹きながら答えた。お縞は興味津々の顔で、膝をついた格好のまま止まっている。
「お縞、座りなさい」
「はい」
言われてやっと腰を落ち着ける。
「座布団を持っておいで」
「おまいさん、縞の座布団よりも龍生さまのお仕事のご依頼内容でございますよ。はやくお聴きしましょう」
つぶらな瞳がきらきらしている。この食いつき、たぶん、ここ最近暇だったのだろう。お縞の趣味は意外にも生け花という雅なものなのだが、それと同じくらいにおしゃべりが大好きなのだ。秋も深まってきた今日この頃、多くの獣は冬支度に忙しい。お縞のおしゃべり相手をしている時間などない。
龍生は茶請けの芋羊羹に菓子きりを入れながら、
「まあ、こちらにお話を持ってくるわけですから――」
お縞がうれしそうに頷いている。外に出られる絶好の機会なのだ。雪之丞は彼女を束縛しはしないが、外に出ることだけには難色を示す。
悪い虫がつかないかという心配ではない。
お縞が何かやらかしはしないかという心配だ。
そしてその心配は残念ながら間違っていない。彼女は無自覚に、自分から厄介事に巻き込まれにいくようなところがある。仮に龍生が雪之丞の立場だったらと考えると、やはりお縞にはあまり出歩いてほしくないと思う。
「捜し物の依頼です」

【続きは製品でお楽しみください】

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