君の化学は、命より重い

 


【書籍情報】

タイトル君の化学は、命より重い
著者優詩織
イラスト楠なわて
レーベルフリージア文庫
価格500円+税
あらすじ高校三年生、松下友のクラスに、ある日天才科学者の有名理々花が転校してくる。
碧髪碧眼の彼女は自己紹介の際、自分は死ぬと言い放つ。ひょんなことから彼女と話すようになった友は、彼女に死んでほしくないと思う。
彼女の死への想いを止めるため、きれいな景色を見せたり、自然と触れ合ったり、心ゆくまで話し合ったりした。彼女の考え方も少しずつ変わっていく。
しかし、それは突如として終わりを迎え……
平均と天才が交わる、青春物語の行方は。

【本文立ち読み】

『速報です。科学者の有名理々花《ありなりりか》教授が、理学研究大賞を史上最少年で受賞しました。この賞は、受賞するには従来かなりの年月がかかるものですが――』
「あんたと同い年の高校三年生だって、この子」
テレビから流れる臨時ニュースを見る母親が、呑気な声でトーストを頬張りながら僕に語りかけてくる。
ふうんとそっけない返事をし、ちらりと同い年の少女が映る画面に目を向ける。
マスコミからの取材をひどくつまらなそうに受ける彼女の髪は薄い青色で、まるで雲一つない空のようだった。目は澄みきった群青色で、吸い込まれてしまいそうだ。
チラ見するつもりが割とガッツリ見てしまい、母親に背中を叩かれる。
「あんた、時間大丈夫なの?」
その声に諭されるように壁掛け時計を確認すると、針は家を出る時間を指していた。
「やっべ、行ってきます」
幸い準備は終わっていたので、リュックを背負い急ぎ足で自転車に跨り高校へ向かう。
いつもより速くペダルを漕ぎ、通学路に辿り着く。すると他の学生達の姿もちらほら見えて、遅刻の危険性はないことに安堵し体制を変え、自転車を引き歩く。
「松下《まつした》くん、おはよう」
「おはよう、小谷《こたに》さん」
後ろから走ってきた小谷さんに話しかけられる。彼女とは中学からの腐れ縁だが、僕らは未だに名字で呼び合っていた。
「今日から通常授業だよ」
「うん、そうだね」
「ちゃんと宿題やってきた?」
「大丈夫、ちゃんとやってるよ」
今年初の授業というせいか、黒髪のボブヘアはいつも以上に整っている。
彼女は風紀委員で、頭髪や身なりが整っていない人を見ると注意したくなる性分らしい。だから自分のことは人一倍きちんとしているのだろう。僕も巻き添えを食らって、風紀委員に半ば強引に立候補させられたけど。
「あ、しまった」
「どうしたの?」
「僕、今日の朝顧問の先生に用があったんだ」
「え、間に合う?」
「自転車があるから大丈夫。じゃ、急ぐから」
「うん、また教室で」
「ごめんね!」
先程のように自転車に跨り、爆速で学校へ向かう。
小谷さんとは通学中に会うことが多くて、よく一緒に学校へ向かっている。中学の頃はそんなに話したりしなかったけど、今は同じ風紀委員に在籍していることから、部活の話だったり先生の話だったりと、よく話すようになった。
「つ、着いた……!」
自転車置き場に自転車を置き鍵をかけ、早急に玄関を抜け職員室へ向かう。
職員室を開けてすぐに、僕に気づいた顧問の先生がこっちにおいでと手招きをしてくれて、隣に空いている空席に座るよう言われる。
「ごめんね松下くん、昨日は忙しくて渡す時間がなかったの」
「そんな、ありがとうございます」
用というのは、写真部の今後の活動内容についての話だったようだ。
去年の三年生の先輩が居なくなって、今年新入生が入るめども立っていないため、部活は当分僕と小谷さんの二人だけらしい。
「で、活動内容なんだけど、この中のコンクールにどれか一つは必ず応募するっていう形にしようと思ってて……」
先生の話を聞きつつ、隣の生徒指導室の方がなにやら騒がしくて、僕は思わず耳を傾ける。
「松下くん?」
「あっごめんなさい、続きを」
「いや、生徒指導室が静かになってからにしようか」
顧問の先生も僕と同じように、壁の向こうの生徒指導室に意識を向ける。
「何でも、転校生が来たとかで」
「て、転校生?」
「うん、でも頭髪も身なりも何一つ校則を守っていないらしくて……生徒指導の加藤先生もあんな感じなのよ」
「は、はあ……」
相槌をうっている最中にも、加藤先生の叫びが止まることはない。
静まり返った職員室内で耳を澄ますと、先程よりもはっきりと聞こえるようになる。
「大体来て初日にこんな髪色、校則違反にも程がある!」
「もう時間ですよ、センセー」
気だるげな女の子の声が聞こえてくる。心なしかギャルっぽくて、先生も大変そうだなと少し同情する。
「ええいお前、反省っていう言葉を知らんのか!」
「反省して知識欲を捨てるのはごめんなのでー、じゃ」
「待て、話はまだ終わっとらんぞ!」
ガラガラと扉を開ける音が聞こえて、僕と顧問の先生は思わず彼女が通るであろう廊下に目を向けた。
視線の先に一瞬映った、足早に去っていく青い髪の少女と、ほんの少しだけ目があった気がした。
「あれ、あの子どこかで見覚えが……」
「今日急に転校してくるって決まったみたいだから、実は私達も顔知らないのよ」
「そうなんですか、先生も大変ですね」
そこから部活の話をしていると、朝のホームルームギリギリの時間になってしまって僕は大急ぎで教室へと向かう。
チャイムが鳴ると同時に席に座り、ヒイヒイと忙しない呼吸を整える。
「えー特に話すことは無かったはずなんだが、実は今日転校生が来た。仲良くするように」
転校生の一言に、教室内はザワザワと賑やかになる。
「静かに静かに、ほら、入ってきていいぞ」
先生の声とともに、教室の入り口にみんな注目する。
ゆっくり開けられた扉から出てきたのは、あの生徒指導室から一瞬見えた子で、青い髪と目は、今朝テレビで目にした雰囲気とそっくりそのままの、科学者の女の子だった。
彼女は転校してきて早々に、羽織ったパーカーのポケットに手を突っ込みながらこんなことを声高らかに宣言したのだ。
「有名理々花(ありなりりか)有名理々花(ありなりりか)でーす。年内に死にます。よろしく」

「なんでこんな髪色なんだ」
「研究してたらこーなりましたー」
「目の色は」
「それも研究で色素が変化しちゃいまして」
「嘘つけ!」
大きな音を立て机を叩く生徒指導の先生に、僕は思わずたじろぐ。
風紀委員ということで彼女を生徒指導室に連れてきてくれと先生に泣きつかれたものの、件の彼女はというと足を組んで頬杖をつき、不敵な笑みを浮かべていた。
「いいか、明日中に髪を染めてこいよ」
そう言いながら髪の毛に指を指す先生を彼女は鼻で笑いつつ、立ち上がって詰め寄った。
「朝は時間がなくて聞けなかったけどさ、それ地毛が金髪の学生にも同じこと言うんですか?」
「し、しかし校則をだな」
盲点をつかれオドオドしてしまう先生に対し、彼女は飄々と続ける。
「校則で個性縛っても、いい人材は生まれませんよ」
それじゃ、と手を振りながら彼女はその場を去る。
「君もいこ?」
「え、あ、えっと」
「ほら、早く」
彼女はスキップをしながら生徒指導室を出る。さっきまで指導されていた人間とは思えない。
「私は君に騙されたんだね」
廊下で唐突にそういわれ、僕はどもってしまう。
そんな僕とは違って、ちょっとついてきての場所がここなんて聞いてないよ、と彼女は口をとがらす。
「騙したって、先生が呼んでたんだから」
「風紀委員? だっけ」
「そ、そうだよ」
「ふーん」
彼女からこの上ないほど味気のない返事をされて、僕は肩をすぼめた。そんなどうでもいいような反応しなくても、と続けようとすると、彼女はこっちを向いて微笑む。
「ね、君は自由になりたい?」
「自由?」
首を傾げると、うんうんと満面の笑みで彼女は頷く。
「えっと……今もうすでに自由だから、いいかな」
「どういうこと?」
「親もそこまでああしろって言ってこないし、この学校は進学校ってわけでもないし……」
話しているうちに、だんだん彼女の顔がシラケていく。
「それが、君の言う自由?」
「ぎ、逆に君はどうなんだよ。僕から見たら、自由そうに見えるけど」
「私?」
僕が聞き返すと、彼女は待ってましたと言わんばかりに、ニッと笑う。
「とっても、つまんないよ」
「つまんないから、死ぬの?」
「そんなとこかなー」
「賞を、取ったのに?」
「賞を、取ったからこそだよ」
換気するために開け放してある窓から風が入ってきて、僕をじっと見つめる彼女の瞳だけが動かずに、こちらを見続けている。
そんな僕達の沈黙を破るように、キーンコーンとチャイムが鳴った。
「予鈴だ、行こう」
そう言うと、彼女は窓から外に出る。僕も慌ててついていった。
「え、行くって、次の教室は三階で、ここは一階の中庭」
そう言いかけると、彼女がバッと振り向く。
「校舎の壁を蹴るのさ!」
彼女は僕に向き合い、まるでダンスの始まりのように手を握る。
「つかまって」
僕の耳元でそう囁くと、思いきり目の前の壁を蹴り、二階の窓まで跳躍した。
「ちょ、危ない!」
命だけは助かりたくて、手を振りほどいて彼女の腰にぎゅっとしがみつくと、今度は窓の手すりを踏み台にして目的地の三階まで飛ぶ。
「よっ……と!」
「うわああああああ! こ、校舎内に」
そして窓から軽やかに校舎内に突撃。体操選手が演技を終えたあとのようなポーズを取る彼女に、僕は呆然とした。
「なかなか華麗だな。さすが私」
意気揚々とする彼女に対し、僕はあまりに急なサバイバルアタックに、魂が抜けかけていた。
「そんなに私の腰が気に入った?」
「えっ、あっ、ご、ごめんなさい!」
いじわるに口角を上げる彼女の体から、僕はさっと離れた。なんだか顔が熱くて、冷ますために思い切り頬を擦ってみる。
そんな僕のリアクションを見て、彼女は腹を抱えて笑い出す。
「あはは! 大丈夫だよ、君って面白いね」
乱れた呼吸を整えた後に、彼女はまた僕の方に向き合う。
「名前、覚えたいな。教えて?」
「ま、松下友《まつしたとも》、です……」
「トモ? いい名前じゃない」
初っ端から下の名前で呼ぶのか、この人は。悶々としていると、彼女は僕を置いて勢い良く走り出す。
「さあ急ごう、あと一分だ!」
こうして、僕と彼女は異常なファーストコンタクトを取ったのだ。

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