【書籍情報】
タイトル | すれ違いの初恋―本気の想いを捕まえるために― |
著者 | 相沢蒼依 |
イラスト | 一宮こう |
レーベル | フリチラリア文庫 |
価格 | 500円+税 |
あらすじ | 父親の紹介で白鷺鉄平と出逢った壮馬。白鷺は、一目惚れした気持ちを知りながらそれをうまいこと利用し、壮馬を希望の高校と大学に入学させる。 しかしそれまでの教え子は白鷺の躰を欲しがったのに対し、壮馬は自分の気持ちを伝えるのみで、白鷺の調子が狂ってしまった。気づけば純粋な壮馬の想いに惹かれてしまう白鷺。 数年後、壮馬は白鷺の勤める会社に入社した。恋人と一緒に働くことのできる喜びを噛みしめるが、現実はそう甘くはなかった。 |
【本文立ち読み】
すれ違いの初恋―本気の想いを捕まえるために―
[著]相沢蒼依
[イラスト]一宮こう
目次
彼との出逢い
屋上から手が届く流れ星
すれ違いの初恋
彼との出逢い
梅雨時期の湿度を飛ばすような晴天に瞳を細めながら、適度な急ぎ足で会社に向かう。
視線を空から目の前に移すと、数メートル先に男子高校生のふたりが、なにか熱心に話し合って、楽しげに笑う姿があった。
どこにでもある、ありふれた風景を眺めつつ、本日やらなければならない業務を脳裏で思い描いていると、片方の男子高校生がもうひとりの彼の手を握りしめ、引っ張るように進む。手を引かれた彼は歩くのをやめ、自身を引っ張る男子高校生の動きを強引に止めた。
背後から俺が徐々に近づいているのに、足を止めた彼は恋人つなぎにわざわざ繋ぎ直し、率先して歩き出す。男子高校生は隣にいる彼に満面の笑みを見せてから、先ほどよりも寄り添うようにくっついて足を進めた。
(――後ろに俺がいることに、彼らは気づいていないんだろうな)
ふたりきりの世界を満喫しているであろう、彼らの邪魔しないようにすべく、脇道に逸れかけると、なんの前触れもなしにふたりは手を放して、最初の距離を作った。
「ああ、そうか」
すぐ傍の信号を左折したら、彼らの通う高校があることに気づき、脇道に逸れかけた足をもとに戻して、いつもの道を歩くことにした。
信号が赤で立ち止まる俺の視界から、男子高校生たちの姿が遠ざかっていくのを、なんとはなしに眺める。
俺が同性相手に、親友を超えた気持ちを抱いたことに気づいたのは、彼らと同じ高校生のときだった。
容姿がクォーターだった俺は中学の頃からモテたし、それは高校生になっても変わらず、女子から告白されることもしばしばあり、付き合うことだってした。
傍から見たら、有意義な学生生活を送っているように見えただろうが、残念なことに遊ぶことに夢中になっていたせいで、成績がイマイチだった。
成績をあげることに苦心しているのを知ったクラスメイトが、バスケ部で世話になってる、三年生の先輩を紹介してくれた。
なんでもテスト期間中になると、その先輩が勉強を教えてくれるおかげで赤点を取らずに済むとのことで、バスケ部員にまじって、ちゃっかり勉強を教えてもらえることになった。
とても人あたりのいい先輩で、一年の教室に入って来ても、先輩というオーラがまったくないため、ほかのクラスメイトに紛れてふざけていてもまったく違和感がなく、こんな先輩になれたらいいなと憧れを抱いたが、それ以上の感情をもつことはなかった。
あっという間に一年が経ち、卒業式の日に先輩が体育館裏に俺を呼び出した。
『白鷺くん、君のことが好きだったよ。今までありがとう』
そう告白された瞬間、胸が痛いくらいに軋んだ。告白されたのははじめてじゃないのに、このときはなぜか衝撃を受けてしまった。
先輩が涙目で手渡してくれた第二ボタンは、実際とても軽いものなのに、寂しそうに遠ざかっていく背中を見ているだけで、重たいものに変化した。
異性よりも同性からの告白に反応したことをきっかけに、自身のセクシャリティに悩んでいるタイミングで事件が起きた。
パートに出ていた母親が、妻子ある男性と浮気した。それに気づいた父親が離婚届を突きつけて、家を出て行ってしまった。
身勝手な行為をした母親に巻き込まれた形で、俺も一緒に父親に見捨てられた形になる。母親同様に外人の血を引く俺の顔を、見たくなかったのかもしれない。
それまでの裕福な生活ががらりと変わり、バイトを何件もこなしながら、高校に通う忙しい日々を送るうちに、どんどん成績が落ちていき、失意のどん底に陥った。
(――どうしたら楽に、お金を稼ぐことが可能だろうか)
考え込んだそのとき、通学に使ってる満員電車で、何回か痴漢に遭ったことを思い出した。当時ヤケになっていたのもあり、自分の躰を売ることについて、罪悪感はまったくなかった。
大学に入ってからも、細々と援交を続けた。資金は当面大丈夫な額を持っていたが、快楽を得るためだけに、惜しげもなく躰を許してしまった。
しかしそんなことばかりしてお金を稼いでいることや、ゲイだとバレたら身も蓋もなくなることに危惧した俺は、友人のツテで高校生の家庭教師のバイトをはじめることにした。ノウハウは太客の社長さんに通わせてもらった、塾の指導を元に高校生に勉強を教えた。
そんなやり方で家庭教師を続けて、教え子たちの成績を伸ばしていたところに、高校受験を控えた息子を持つ父親に声をかけられた。
『中学三年の息子なんだが、塾に通わせてもさっぱり成績があがらなくて困っているんだ。優秀な君を、家庭教師として雇いたい』
ちょうど一件、勉強をそっちのけで性的に迫りまくるという、問題ありまくりの高校生との関係を解消すべく、家庭教師を辞めるところだったので、実にいいタイミングでスカウトされたと、このときは思った。
***
「はじめまして。白鷺と言います」
相手を魅了するほほ笑みを浮かべながら、目をしっかり合わせて挨拶した。この笑みを見て頬を染めたり、視線を泳がせる挙動不審な行動をすれば、その後の関係はこっちの思うツボになる。
「はじめま、して、桜井壮馬です」
どこかあどけなさを残した中学生の壮馬は、熟したイチゴのように頬を染めながら、右手で胸元を握りしめて、俺の顔を食い入るように凝視した。
「あ、よろしくね……」
あまりにもまっすぐなまなざしで彼が俺を見つめるせいで、先に視線を外してしまった。素直すぎるその想いに戸惑い、傍にいるのがいたたまれないくらいだった。
(このあと部屋に移動して勉強を教えることになるが、いつもどおりにちゃんと教えることができるだろうか)
そんな不安を見せないようにしなければと、笑顔を絶やさずに壮馬の部屋に向かう。
「中学生を教えるのが初めてだから、なにか粗相があるかもしれないけれど、わからないことを含めて遠慮なく言ってね」
「ありがとうございます。どうぞ」
壮馬の部屋に通されて、改めて圧倒する。自分だけじゃなく、今まで家庭教師をしていたご家庭の生活レベルとの違いを、部屋の広さだけじゃなく、高級ブランド品の家具や小物などで知らされた。
「壮馬くんのこと、坊ちゃんって呼ばなきゃいけないな」
寄せられる想いを拒絶するための見えない壁を作ろうと、あえて呼んでやる。
「そんなふうに、呼ばれたくないんですけど」
「だったら君は俺のことを、先生以外の呼び名で呼ぶことができる? ちなみに俺の下の名前は鉄平だよ」
「白鷺鉄平……先生」
瞳を輝かせた壮馬は噛みしめるように、俺の名前を告げた。ただそれだけのことなのに、胸が疼く感じを覚える。
「坊ちゃんには坊ちゃんの立場、そして俺の立場がある。そこのところを理解してくれると助かります」
胸の疼きを悟られないように顔を背けて、お洒落で高そうな学習机の椅子を引き、座るように促した。素直に従った壮馬の頭を、小さいコにするように優しく撫でる。
「それじゃあ勉強をはじめようか。まずは一番苦手なものから。教科書を出してくれますか?」
「あの、頭撫でるのやめてください。俺はガキじゃない、来年は高校生なんだ」
上目遣いで睨む壮馬の顔は、やっぱり幼く見えて笑いそうになった。
「ごめんごめん。今まで高校生ばかり教えていたものだから、中学生の扱いがわからなくて。どうしたら坊ちゃんの機嫌をとることができますか?」
かわいらしく頬を染める壮馬に、目線を合わせながら問いかけた。
「機嫌なんてそんなの……」
「うん?」
「あのさ、先生は恋人いるのか?」
あえて視線を合わせたというのに、顎を引いて距離を取り、視線を彷徨わせた壮馬は意外なことを口にした。
「いませんよ。学業とバイトが忙しくて、作ってる暇がありません」
「そうなんだ。じゃあさ、好きな人はいる?」
「福沢諭吉先生」
「それって、お金が好きってことなのかよ」
「だってお金は裏切りませんから」
流れるように煙に巻く俺のセリフを聞いた壮馬は、おもしろくなさそうな顔で教科書をやっと出した。
「英語が苦手なんですね。それじゃあ好きな科目は?」
「白鷺鉄平先生」
まるでさっきの俺の言葉を真似たやり取りに、苦笑するしかない。
「俺じゃなくて科目、笑えない冗談はやめてください」
「だよな。男が男を好きって冗談にしか思えないのに、先生を初めて見た瞬間から、胸がすごくドキドキしたんだ」
言い終えてから俺を見つめる壮馬のまなざしに、熱がこもっているのがわかった。
「今言ったセリフ、英語で言われていたら付き合ったかもしれませんね」
壮馬から注がれる想いを断ち切るように俺から視線を外し、教科書をぱらぱら捲ってやり過ごす。最初が肝心と言わんばかりに、冷たい態度を貫いたことで、壮馬が諦めたと思った。
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