桜を彩る君に恋する ~花の名前を教えて~

【書籍情報】

タイトル

桜を彩る君に恋する ~花の名前を教えて~

著者朝陽ゆりね
イラスト花色
レーベルフリージア文庫
価格300円+税
あらすじ恩師の紹介で日本の大学に臨時講師として来日したセイル。空港に迎えに来た理桜は、慣れない日本では不安も多いだろうと、自分の家で暮らすようにと勧めてくれる。理桜は兄の速矢と二人暮らしだった。セイルは明るく優しい理桜に惹かれていく。だが理桜と速矢には秘密があった。二人の正体とはいったい!?和風恋愛ファンタジー。

【本文立ち読み】

桜を彩る君に恋する ~花の名前を教えて~
[著]朝陽ゆりね
[イラスト]花色

目次

桜を彩る君に恋する ~花の名前を教えて~

――東京国際空港

セイル・クルーは嬉々として日本の地を踏みしめた。青い瞳は希望に輝いている。
逸る気持ちを抑えながら中年の男性を捜しつつ歩いていると、彼の名を書いた紙を持つ若い女性を見つけた。セイルは少し驚いて立ち止まり、それから女性に歩み寄った。
十代後半くらいかなと思ったが、恩師であるハリス教授に言われた『日本では、君が思った年齢に五歳から十歳上乗せしたほうがいい』という言葉を思いだし、二十代半ばと考え直した。
「Are you Mr. Sail Crew?」
女性がそう言って手を出す。
ストレートの長い髪をうなじで一つに括っている。薄化粧にスタイリッシュなスーツ姿で、とてもキュートだ。
「I’m Rio Kanzaki, Kuruma’s niece. Nice to meet you」
クルマとは、ハリス教授の友人で、これから勤める大学にいる久留間《くるま》教授のことだ。
てっきり久留間が迎えに来てくれると思っていたが、なるほど、と思う。平日の昼間なのだから授業があるのだろう。
リオ――神崎《かんざき》理桜《りお》の握手に応じ、自己紹介をする。
「セイル・クルーです。日本語は猛勉強したので、会話は大丈夫だと思います。迎えに来てくださって、ありがとうございます。感謝します」
「あら、流暢な日本語ね。そっか。よかったわ。私、実はあまり英語得意じゃないの。あ、ハリス教授から連絡があったんですって。初めての日本だから不安だろうって。どうされます? ホテルに行きますか? それとも先に学校へ行きますか?」
言いながらセイルが手にしている荷物に視線を落とし、微笑んだ。
「ホテルのほうがよさそうね。どちらに宿泊されるんです?」
セイルがスマートフォンを取りだし、ホテルの予約確認のメールを見せると、理桜はさっそくタクシーを拾い、目的地へ向かった。

セイルはイギリス、イングランド、コッツウォルズ出身で、この夏に大学を卒業した。
日本の女子大学で一年半、英会話を教えること――セイルが卒業する秋頃に、出産のため産休と育休を取る准教授がいる。その穴埋めだった。
教職員の資格を取ったものの仕事はなく、恩師であるハリス教授に勧められた時も、実際は受諾以外の選択肢はなかった。
セイルはあまり体が強くなかった。無理をするとすぐに熱を出し、両親を心配させた。運動はできる限り避けた。クラスメートたちが楽しそうに走り回る様子を眺めるだけだった。
よって高校生になってもアルバイトもせず、本を読んだり、好きなサッカーの試合を観戦したりして、インドアに徹した学生生活を送っていた。
この仕事に両親は反対した。両親は日本がどんな国か、詳しく知らなかった。ニュースで流れる程度。勤勉で細かくて綺麗好き、くらいだ。
あとは、富士山、寿司、和食、芸者、忍者、漫画などなど。
遠い東の果ての国で、息子が一人でどんな生活を送らねばならないのか、まったく想像できない。両親はそれが心配だった。
とはいえ当のセイルは、就職浪人になることは避けたかったので、この仕事を受けることにした。さらにセイルは両親ほど日本知らずではなかった。アニメや漫画はもちろん、いとこたちとゲームもする。親近感すら抱いている。
日本へ行くのは半年後と決まってから、セイルは日本語の猛勉強を始めた。同時に、歴史や文化も勉強した。知れば知るほど興味は深くなった。
ビジネスや機械技術の高さは聞いて知っていたが、それだけではない。工芸品、食文化、医療、サービス、どれも驚く緻密さと、正確性が高い。最先端の技術の中に生きるも、文化は個性的で奥が深く、そのくせその個性に固執することもなく、柔軟に他国の文化を受け入れる。日本人の持つ特性に強く惹かれた。
教授の言葉もそれに拍車をかけた。日本は季節も豊かで、人も親切で優しいと言われ、早く接してみたいと思わせた。ようやくその時を迎えたのだ。
そして遠い東の果ての国で出会ったこの理桜が、彼の生活はもちろん、人間としての常識や概念まで変えてしまうなど、思いもしなかった。この国が、彼にとってかけがえのない存在になることも。

タクシーでホテルに向かい、チェックインの手続きをする。荷物を部屋に運ぶと、今度は大学へ向かった。そこで久留間と会った。
久留間は穏やかそうな男だった。今年で五十八歳。専門はイギリス史、ブリテンの歴史研究家だ。留学中にハリス教授と知り合い、以後のつきあいだと言う。
「懐かしいねぇ。コッツウォルズか、僕ねぇ、あの飴色の町並みが好きで休みのたびに出向いたんだよ。ガーデニングのメッカで、町が花に溢れていて本当に美しい。ホテルマンと仲よくなって、出向くたびに大騒ぎをしたもんだ。思いだすなぁ」
イングランド中央部にあるコッツウォルズは、ロンドンからさほど遠くない丘陵地帯で、ガーデニングの町として有名だ。
「僕もあの町並みは大好きです。自然の中にいると心が休まります。いろんな花がたくさん咲いて、本当に美しいです」
「そうか。では日本は君にとって故郷に次ぐ最良の地になるだろう。日本の四季は素晴らしいよ。それが南北時間差で彩られるのだから。花のことは理桜ちゃんに聞くといい。詳しいからね」
二人が紅茶を淹れている理桜に顔を向ける。
「妹は桜が好きだった。だから娘の名に『桜』という文字を入れた。『リオ』と聞くと外国人っぽいが、『桜の理』と書くと古風に思える。なかなかのセンスだと思っているよ、我が妹ながら」
目を細めて理桜を見つめる久留間の瞳がわずかに潤んでいる。セイルにはまだ日本語の細かな表現を聞き取る力はなかったが、久留間の目に、理桜の母親になにか不幸があったのだと悟った。
「妹夫婦は、理桜ちゃんが十歳の時に事故で亡くなってね。もう十五年も昔の話だが、最近、似てくるから顔を見たら妹を思いだしてしまって」
「伯父さん、初対面の人にそんな話をするもんじゃないわ。セイル君が困っているじゃない」
きつく咎められ、久留間は首を引っ込めると苦しそうに笑った。
「そうだね。悪い悪い。セイル君、すまなかった」
「いえ、僕はぜんぜん……」
なんとなく気まずい雰囲気が漂う。そんな中、急に理桜が大きな声を出して紙袋から菓子を取りだした。
「今、六本木で話題のパティシエのケーキを買ってきたの! 一時間も並んだんだから、二人とも感謝して食べてね」
言いつつ小皿に置き、淹れた紅茶を差しだす。
「ここのショコラケーキ、大人気なのよ。一度食べたかったんだぁ。いただきまーす!」
嬉しそうに口へと運ぶ。場の雰囲気を変えるため、わざとやっていることは一目瞭然だったが、なぜかそれが見る者を穏やかにするところに理桜の明るい性格のよさを感じさせた。そんな理桜を久留間がすこぶる愛おしそうに眺めている。

【続きは製品でお楽しみください】

 

Follow me!

PAGE TOP
タイトルとURLをコピーしました