【書籍情報】
タイトル | 最悪の魔女スズラン part2 夏の雪解け 秋への旅立ち |
著者 | 秋谷イル |
イラスト | |
レーベル | ペリドット文庫 |
価格 | 600円+税 |
あらすじ | 齢十七にして『最悪の魔女』と呼ばれるヒメツル。彼女はひょんなことから赤ん坊になってしまった。養父母と幼馴染と共にココノ村で暮らしている。 大事件に襲われた村は、復興に向けて動き出している。そんな中、村を訪れる少女と美女がいた。一人は、『生ける伝説』と評される魔女。そしてもう一人はかつてココノ村の住人だったナスベリ。驚く村人たちだが、十七年ぶりに帰郷したにしてはナスベリの様子はどこかおかしくて――?明らかになるカタバミとナスベリ、カズラ、サザンカ、レンゲの関係性、そして村人たちとナスベリ親子の間に横たわる過去と確執は解消できるのか。世界を救うため、スズランが動き出す! シリーズ第二巻。 |
【本文立ち読み】
最悪の魔女スズラン part2 夏の雪解け 秋への旅立ち
[著・イラスト]秋谷イル
― 目次 ―
開幕・彼女は見ていた
一幕・ココノ村の復興
二幕・英雄来る
三幕・予想外の帰郷
四幕・隠したい過去
五幕・ココノ村の過ち
六幕・三角関係の喜び
幕間・忠誠の理由
七幕・最初の一歩
八幕・自分事とは思えない
幕間・ノコンの戦い
九幕・忘却の真相
十幕・来訪の真意
十一幕・疲労困憊のスズラン
十二幕・氷解
十三幕・そして彼女は凍りつく
十四幕・思わぬ助っ人
十五幕・世界神の神子
十六幕・青天の霹靂
閉幕・そして彼女はいるべき場所へ
世界観・キャラ紹介
開幕・彼女は見ていた
東の大陸にはドワーフたちの暮らす地底都市が存在する。ずんぐりむっくり毛むくじゃら。手先が器用で力持ち。優れた職人ばかりの彼らは常に質の良い鉱石を求めており、それゆえ坑道をねぐらとしている。地上へ出るのは狩りの時くらい。酒職人など一部の変わり者だけ農耕を営む。
西の大陸にはエルフがいる。彼らはいくつかの国を形成しており、それぞれ別の森を自国の領土と主張する。身軽で優れた五感を有し魔力も強く、巧みな狩人が多い。しかも極めて長命なので長い時間をかけて経験を積み、技も磨き抜く。ゆえに戦士としても優秀である。
南の大陸はウンディーネの故郷。人魚とも呼ばれる彼女たちは基本的に女性以外生まれない。その代わり単為生殖が可能で成長も早い。さらに他種族とも子供を作れる特性を持つ。ウンディーネの社会には女性しかいないため異性に対する興味が強く、昔は人間やエルフの男を誘惑してばかりいた。ドワーフは好みでないらしい。今でも時々、船乗りを魅了するため姿を現す。
だが、基本的に彼ら三種族が中央大陸の人類と交流することは無い。人間も必要以上に他種族と関わり合わぬよう三柱教に説かれている。
無用の争いを生まぬためだ。人間同士ですら争いが絶えぬのに異なる種族間で長く平和が保たれるわけはない。そうなると大陸の垣根を越えた戦争が勃発してしまうだろう。
そうなると、とても不味い。この世界の滅亡を早めてしまう。
中央大陸西部の国オサカ。大陸最大の交易都市と呼ばれるこの街で最も高い建物の頂点に立った彼女《・・》は空を見上げる。長い藍色の髪は風になびき、切れ長の目は眩しそうに細められた。作り物の太陽は今日も燦々と輝き、世界の天井を青く染め上げている。
(界壁《かいへき》は今日も無事ね……)
それを確認したかった。日課であり、使命の一部。界壁とは文字通り世界を包む壁。空と海と大地は巨大な球体の中に存在しており、保護壁が失われれば数日かからず崩壊する。
つまり卵の殻。殻が割れたら中身はこぼれる。そして元には戻せない。未熟な生命が成長して孵化の時を迎えるまで、殻は保たれているべき。
だから+自分たち+は千年前、界壁強化の儀式を行った。この世界を含むもっと大きな卵の殻――界球器《かいきゅうき》へ侵入した『崩壊の呪い』に対抗すべく。
ドワーフ、エルフ、ウンディーネ。この三種族はそれぞれ地、風、水の精霊と相性が良い。そして北の氷の大陸には絶滅した竜の代わりに火の精霊の力を活性化させる存在が封じられている。
この四者を東西南北それぞれの大陸に集め、活性化した四大精霊の力を滞り無く循環させることにより界壁の強度を高めている。今しばらくはこの均衡を崩すわけにいかない。
これに対し異性との出会いを望むウンディーネからは千年間くどくど文句を言われ続けている。先日も若い娘たちが鬱憤の溜まった様子で詰め寄って来たため、苦笑を浮かべてこう答えておいた。
『あと少しの辛抱よ』
そう、数年以内に審判の時はやって来る。戦いが終われば世界はかつての姿を取り戻すだろう。彼女が生まれたあの時代のように、多種族が同じ土を踏み、共に食卓を囲む日がやって来る。
あるいは戦いに敗れ、世界ごと消え去るか。どちらにせよ長く待つことにはならない。決戦の時は間近に迫っている。
そろそろ開戦の狼煙も上がるだろう。タキアで運命の戦いが始まったと盟友からの報せがあった。ついに待望の七人目の神子《みこ》が現れる。
彼から教えられた、その子供の名は――
次の瞬間、東北の方向が眩く輝いた。その輝きは巨大な青い光の柱となって天を貫く。
文字通り貫通した。千年もの間、怨敵の撒き散らした『毒』から世界を守り続けて来た強固な界壁を貫き、世界の外まで到達する。
あんな真似は自分にもできない。
「とてつもない力ね」
『ああ、だから彼女にしか救えない』
脳内に直接響く盟友の声。彼は滅多に姿を見せない。
「救世主……主神マリア・ウィンゲイトの血を引く娘。必勝を約束してくれるなら、より一層ありがたいものを」
あんな力を持つ者でさえ『崩壊の呪い』には勝てたことが無い。多くの並行世界で数多の『彼女』が敗北を重ねて来た。
なら、この世界も同じ運命を辿るか?
否、何が何でも勝たせてみせる。
「鍛えなくちゃね、私以上の魔女に」
『頼む』
「他人行儀よ」
長い付き合いなのだ、そんな言葉は不要。どのみち我らは一蓮托生。自分が死ねば彼も死ぬ。そういう意味では、この身もやはり特別だろう。
「さて、素直に学んでくれるかしら?」
近頃は大人しくとも元じゃじゃ馬。躾には根気が要るかもしれない。
「ヒメツル……いいえ、今はスズランだったわね。手加減はしないから死に物狂いでついて来なさい。どうせ『敵』と対峙するまで死ねない運命、遠慮無くしごけるわ」
『壊すなよ』
「壊れさせない」
そんな自由があると思うな。先達として教えてやろう。
「世界を救う役目は、そう簡単に投げ出せるものじゃないのよ」
今なお消えない光を見つめ、どこか自虐的に笑う彼女。その足下には大地に突き立てられた剣のごとくそびえ立つ高層建築。
ビーナスベリー工房。世界最大の魔道具開発メーカーにして、ここオサカの街のシンボル。そして彼女の居城。
彼女自身の名はアイビー。数多くの肩書きを有している。世界最強の魔女にして最初の神子。創業者。現役社長。齢千歳を超えた歴史の生き証人。
そして、かつて魔王を倒した『救世主』でもある。
一幕・ココノ村の復興
肩に届く程度の長さの栗色の髪。目つきの鋭い三白眼。女性にしては長身で力も強い。スズランの養母カタバミは、そんな特徴を持つ人物である。
村を襲った巨大な怪物を村民全員で打ち倒した死闘から五日後、彼女は幼い頃の夢を見た。
おそらくはあの一戦が原因だろう。最悪の魔女ヒメツルが捨てた子供、カタバミの最愛の娘スズランが実母のように魔法を使って皆を救ってくれた。
そしてそんなあの子を、外の世界から来た魔女《スズラン》を村の皆も改めて家族の一員として受け入れた。
だからなのだと思う、こんな夢を見ているのは。
◇
『みんな、こんにちは……この子はナスベリと言うの、仲良くしてあげて』
初めてその人に声をかけられたのは、まだ自分たちが物心付くか付かないかの頃だった。
そんなに小さい時の記憶なのに鮮明に覚えているのは、それだけ強く印象に残ったからだと思う。とても綺麗な女性だった。
彼女の名はリンドウ。元はあてどなく放浪していた魔女。村の男性に恋して結ばれ、そのまま住み着いた物静かな女性。
並外れて整った容姿だったけれど、特に目を引いたのは濡れたカラスの羽のように艶のある黒髪と黒い瞳。あの美しく長い髪が風にそよぐたび綺麗だなと思ったものである。
そして同時に、ちょっと怖かった。影があり、浮世離れした雰囲気も纏っていたから。本当はお化けか何かではないかと疑っていた時期もある。
後に聞いた話では『影絵の魔女』と呼ばれていたらしい。その名の通り影を操る魔法の使い手。他の誰にも真似できない術だそうなので、きっと凄い魔女だったのだろう。
でも当時のカタバミたちにとって、リンドウはちょっと雰囲気が怖いだけの村外れに住む女性でしかなかった。それまで関わったことは無く、他の大人と話す姿も滅多に見かけない。森の中の小さな家で夫や娘と静かに暮らしている人だと聞かされていた。
そしてその時リンドウが紹介してくれたのは彼女の娘。ナスベリという名で母親に良く似ていた。あの頃は引っ込み思案で親の後ろに隠れてばかり。それでも、初めて見る同世代の子供たちには興味津々。
『ナスベリ、ご挨拶を』
『なしゅべり、しゃんしゃい』
『わたしより三つ下だ』
最初に応じたのはレンゲ。彼女は六歳だった。カタバミは二つ下でナスベリより一歳上。
『お姉ちゃんはレンゲだよ、よろしくねナスベリちゃん』
『あたしカタバミ!』
彼女たちも自己紹介を返し、新しい友達を歓迎する。あの頃はココノ村にもたくさん子供がいて、年長が下の子の面倒を見るのは当たり前の習慣。
ところが彼女を加えて遊び始めた途端、周囲からいくつも突き刺さるような視線を感じた。村の大人たちが恐ろしい形相でこっちを見ている。
最初は気のせいかと思ったが、次第に違うとわかってきた。怒られるような心当たりはない。それでも次第に悪いことをしている気分になり始めて、子供たちは萎縮する一方。
すると近くで見守っていたリンドウがまた声をかけて来た。諦めた顔で申し訳なさそうに。
『ごめんね……遊んでくれてありがとう。ナスベリ、帰ろう』
『うん……』
やはり嫌な空気を感じ取っていたようで、呼ばれてすぐに走り出すナスベリ。母親の元まで逃げるように駆けて行く。
皆、森へ帰る二人を何も言わずに見送った。自分たちもまだ幼く、悲し気な背中にかける言葉を見つけられなかったから。
しかもその日、親に叱られた。二度とあの親子に関わってはいけないと。
四歳のカタバミにはやはり、両親がどうしてそんなひどいことを言うのかも理解できなかった。
◇
リンドウとナスベリ、あの母子のことを当時の大人たちは嫌っていた。
今だってそうかもしれない。スズランのことは受け入れられても彼女たちのことは無理だと思っているのではないか?
それは今の子供たちが知らない暗い歴史。カタバミたちの世代がほとんど村から離れてしまった本当の理由。
「う、うう……」
寝室でうなされる彼女。嫌な記憶は連鎖的に別の悲しい記憶まで掘り起こす。今度は両親と弟が死んだ時の夢。
強引に縁談をまとめようとする親に反発して都会へ出て行った彼女。大学へ通うカズラの世話を焼き、勝手に女房を気取りながら繁盛している食堂で給仕の仕事をする忙しい日々。
稼いだ金で村にいた時にはできなかったことをたくさんした。楽しかった。
特に買い物が好き。村では稼いだってほとんど使い道が無い。商店は皆無で、買い物できるのはたまに来る行商人相手にだけ。しかも稼ぎの大半は家の修繕だとか壊れた農具の新調だとか、そんなことに費やされる。馬車で一番近くのチョウカイの街まで行けることもあったけれど、必要な物を買った時点で財布はすでにすっからかん。余計な物で散財する余裕なんて無い。
都会は違う。徒歩圏内に全てが揃っているし、日中ならいつでも好きな時に買い物できる。もちろん都会でだって貧乏なのは変わらなかったが、故郷での生活に比べれば何もかも自由で快適だった。
しかも見た目も華々しい。だからカタバミは、本当はあのまま都会で暮らすつもりだった。カズラが大学を卒業したら、立派な学者か何かになるであろう彼と結婚し、二人で街の人間になる。それが彼女の願い。退屈な田舎になんて絶対に戻りたくない。
でも、そんなことばかり考えていたら、罰を当てられてしまった。
――村を出て二年後、タキアで地震が起こったのだ。ココノ村でも西の山が崩れ、数軒の家屋が土砂に飲み込まれて倒壊。
カタバミとカズラは、そうして家族を喪った。彼女の両親と弟、彼の両親と兄。六人とも助からなかった。
地震から四日後にようやく報せが届き、カズラと一緒に大急ぎで戻って来たものの、帰り着けたのはさらに三日後。とうに火葬され遺骨になっていた家族と対面した瞬間、想像を絶する後悔の念が押し寄せた。
もっと一緒にいたかった。ちゃんと話し合うべきだった。せめて自分の手で弔ってあげたかった。なのに、故郷から遠く離れた街にいたせいで葬儀にすら間に合わなかった。
ごめん、ごめん。親不孝な子でごめんなさい。駄目な姉でごめんなさい。
何度も何度も謝って、今もまだ心の中で謝り続けている。
そして思うのだ、これはきっと罰なんだろうと。育ててくれた親への感謝を忘れ、正しい道から外れたことを、神様がお叱りになった。
そう、あの母子に優しくできなかったことも彼女は――
【続きは製品でお楽しみください】
【シリーズ既刊紹介】