【書籍情報】
タイトル | ロボットでは、恋のお相手はダメですか? |
著者 | 呂彪弥欷助 |
イラスト | 天満あこ |
レーベル | フリージア文庫 |
価格 | 300円+税 |
あらすじ | 好奇心旺盛な姫は十六歳のときに立ち入り禁止の秘境に入り、ある感染症に。姫が隔離されると決まり、主人公は人を捨て『ロボット』として共に隔離生活を始める。 「あなたがね、本当はロボットではなければいいのにと思うの。でも、ロボットであってほしいとも願うの」 ポツンポツンと落とされた言葉は、一度止まって。そして──。 「だって、ロボットじゃなければあなたはきっと、もう……」 主人公がロボットから、どう人へと戻るのか。じんわりと温まるハッピーエンドをご堪能下さい! |
【本文立ち読み】
目次
ロボットでは、恋のお相手はダメですか?
恋の相手は、ロボットでなくてはダメ!
ロボットでは、恋のお相手はダメですか?
姫様がボックスティッシュを抱えている。三箱でまとまっているボックスティッシュの塊を。その塊は軽いが固く、角は痛いことだろう。きっと、その固さと痛さで、姫様は震えを抑えている。
姫様は怖いのだ。私は覚えている。
「怖くなったらボックスティッシュの束を抱きしめるから平気よ」
と言っていたことを。
ぼんやりと窓の外を見つめる姫様に、落ち着きを払って声をかける。
「怖いのですか?」
「怖くないわ」
つっけんどんにそう答える姫様は震えていて。──でも、必死に強がっているのだろうと思えば、それ以上言える言葉はなく。
「そうですか」
私は無関心を装って、黙る。
先日、姫様は十七歳になった。
うすいピンク色の髪の毛は肘まで伸びて、ゆるいウェーブを帯びている。光を吸い込むような長い睫毛に挟まれるのは、濃いピンク色の大きな瞳。それらが色白の肌に程よく赤味を差す。すっと通る鼻筋の下には、可憐な花が咲いたような唇。
美女になるだろうと幼少から言われ、正にこれから大輪の花が咲くだろうというのに、姫様には──もう、しばらく笑顔が咲いていない。
それはそうだろう。まだ十七歳になったばかりの少女が怯えるのは、現実なのだから。
「あなたには、死がどれだけ恐ろしいものなのか……わからないのよね」
美しい花びらが落ちていくかのように、ポツリと呟かれた言葉。
「いいえ、わかります」
窓の外を見ていた姫様の視線が、私に動く。
私は初めてあいさつをしたときのように、胸元に左手を置く。
「私にとっては姫様の死が、私の死だからです」
姫様は呆然と私を見て、それから──。
「変なことを言うのね」
への字にしていた口を、ほろりとほころばせてくれた。
ああ、やっと姫様が笑ってくれた。
あれは、半年ほど前のこと。姫様は立ち入り禁止の秘境に入ってしまった。それが、事の始まり。皆、姫様の好奇心が強いのは知っていたが、これには頭を抱えた。
秘境は城からほど近く。けれど、恐ろしい言い伝えがあり、近年まで近づく者はいなかった。
その言い伝えは、ある感染症が蔓延してしまった過去があり、封鎖されたというもの。感染病の感染経路がわからず、やむを得ず何十年も前に場所そのものを封鎖するしかなかったという。
ただ、時が流れ、皮肉な噂が立つようになった。誰もが忘れてほしい場所だと願っていただろうに、人は、禁止をされると興味がわく。
最初は誰かの興味本位だったのだろう。封鎖地帯に『景色が美しい』と噂が立ち、いつしか『秘境』と呼ばれるようになっていた。
近年、秘境に入る者が出てきた。だが、戻ってきた者はいない。実際、姫様も数日、行方不明になって多くの捜索隊が出た。そして、秘境に着目されたのだ。
議論は交わされた。いないかもしれないと。しかし、いる可能性が消せずに、ついに防護服に身を包んだ数人が、意を決し秘境を捜索。
こうして姫様は、秘境が封印されてから初めての帰還者、そして、感染者となってしまった。
感染病の薬は開発されていない。場所そのものを危険地域とし封鎖されたということもあるが、理由はもうひとつある。
それは、発症しなければ普通に生きていられると言われているから。
けれど。発症してしまえば、必ず。
病は感染症というだけあって、発病しなくても周囲に感染すると言い伝えられてきた。姫様が封鎖地帯に入り感染してしまい、病を治す薬はない以上、発病の症状が姫様に出ていなくても──これまで通りの生活を送ってもらうことは難しい。苦渋の決断だが、城で暮らす皆に感染させるわけにはいかない。姫様に症状が出ていなくても、他者に感染するのだから。
姫様を発見してから、救助するまで丸一日かかった。それほど時間がかかったのは、姫様の今後をどうするかと、偉い人たちが話し合いをしていたからだ。
なんとか案が決まり、姫様は防護服の彼らに付き添われ。間もなく城に着く──ところで、こうして私と隔離された。
あのときの姫様の驚いた顔は、忘れられない。驚きというよりは、恐怖に引きつる表情だった。
半年が経過したが、姫様に咳や発熱など感染症らしい症状は出ていない。いや、正しくは『まだ』ない。いつ発症するかわからないのが、この病だ。
元気に見えるが姫様は──今でも、誰かと接すれば意図せずその体に宿った病をうつしてしまうのだろう。
私と隔離された以上、姫様はもう、発症しなくとも私と生きていくしかない。
その選択は、私も然りで。
私も、姫様が亡くなれば──感染病の患者と一緒にいた身として、処分される。姫様がいなくなれば、私の役目は終わるのだから。
この別荘は壊されることなく封鎖されるのだろうか。
そんな風に考えていたら、ふいに左腕になにかが触れた。なにかと思えば、姫様だ。姫様が私の腕をグイグイ押している。
「あなたって、ロボットらしくないわよね」
そう、姫様は私がロボットだと思っている。金属のように固くないと言っているのだろう。いや、あるいはボックスティッシュよりも固くないと言っているのかもしれない。
私はよくわからないと言うかのように、ただにっこりと笑う。すると、また姫様のかわいらしい口はへの字に曲がった。
この役目を受けるとき、私は人であることを捨てた。
発病しなくても周囲にうつしてしまう──それを知っていて、姫様が『誰か』を傍に置くとは思えなかった。
私は幼いころから城に仕えてきたひとりとして、事態を知ったとき、姫様にひとりでいてほしくないと思った。一度ひとりになれば、生きている限り、もうずっと、ひとりでいるのだろうから。
私の人生で花が咲いたことがあるとすれば、姫様がうれしそうに笑う姿を遠くから見たときだけだった。私は年頃を過ぎても、恋人のひとりもできず。胸がときめくような恋をしたこともない。そう考えれば、『ロボットになる』ことにためらいはなかった。
そういえば、城の執事をしていた祖父に秘境について聞いて育った。それも、耳にタコができるくらい。けれど、姫様は知らなかったらしい。この別荘に隔離されたから姫様がポツリポツリと話されたが、本当に興味本位だけだったそうだ。
下調べも、噂の真相も調べようとせず、現地に行ってしまったとは。なんとも行動力ある姫様だ。そういえば、姫様はちいさいころから好きなだけ走り回って、笑って泣いていた。かつての姫様を思い出せば思い出すほど、姫様らしいと未だに思う私がいる。
どうか、姫様がまた笑って過ごせる日々が続きますように──私の願いは、それだけだ。
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