【書籍情報】
タイトル | 神様は願いを叶えてくれない2 |
著者 | 如月一花 |
イラスト | あさぎ ぐんじょう |
レーベル | フリージア文庫 |
価格 | 300円+税 |
あらすじ | 智明は仕事の帰り道、野中神社に寄ると茜の人間の姿である、まひろに出会う。しかしまひろは車椅子生活を送り、大学も休学して引きこもりのような生活を送っていて幸せそうではなかった。智明は思わず叱責してしまうが、まひろは現実を受け止めきれない。 |
【本文立ち読み】
神様は願いを叶えてくれない2
[著]如月一花
[イラスト]あさぎ ぐんじょう
目次
神様は願いを叶えてくれない
フロアにはインカムを着けた女性が大勢いて、静かな口調で何かを話している。
「お引き落としの時期を過ぎましたが……」
「お振込の確認が取れておりません」
優しい声音ではあるが、督促の電話を掛けて顧客に金を支うよう促す派遣社員たち。
そこにポツポツ男性が座り、その中に桂智明(かつらともあき)も混じっていた。
「昨日振り込んだぞ!」
「申し訳ありません。こちらで振り込みの確認が取れておらず……」
「うるせ~な! 偉い奴に変われ!」
そう言われてすぐに社員に変われるならいい。
智明たち派遣社員はひたすら謝るか、お願いするか説明するかのどれかしかないのだ。
それでもダメならと、社員が渋々出てくる仕組みになっている。
まだこの程度のゴネでは社員は到底出てこない。
智明は胃がズキズキと痛み出した。
「お振込みをした際の証明などありますか?」
『あるわけね~だろ!』
「それでしたら、もう一度ご確認頂いて、お振込み頂いてないようでしたら……」
「振り込んだっつったろ~が!」
ズキズキっとまた胃が痛む。
社員は遠くから様子を見ているだけで、まだまだ手助けしてくれそうにない。
この手の対応を簡単に手助けするなら、こんなに大量の派遣コールスタッフは雇わないだろう。
正社員では割に合わないからこそ、派遣でなんとかしたいという会社の考えが、ケチくさい。
(大手メガバンクなんて言っておきながら、要は金融の裏稼業と手を組んで金貸しかよ!)
智明のやっている仕事は、一言で言ってしまえば取り立てだ。
表向きは大手銀行がやっている金融ローンだから安心だと言ってローンを組ませるのだが、その裏にはヤクザまがいの金融会社がいて、こうして派遣を雇い、取り立てを積極的に行って金をかき集めているのだ。
金利も高く、消費者金融と変わらないらしい。
しかし、そんな怪しいローンを普通の人間なら組まない。
もし組むとなっても返済余裕がある人間だけだ。
このコールセンターでゴネる客は、大半は何かしら問題があると考えられている。
借りる側も問題があるが、ここで働く側も皆それぞれに理由がありそうな人もいた。
パートではなく派遣社員という社員に近い響きに思わず反応してしまう人や、時給の良さ、そんな感じだろう。
智明は茜と別れてから幸運続きで、クビになった会社から戻るように言われたり、派遣会社から沢山の会社を紹介されたりしたが、乗り気じゃなかった。
茜との別れの代償として、仕事を得た気がしたからだ。
あの時、智明が欲しかったのは茜との時間。
新しい仕事じゃない。
結局、元の仕事に戻ることなく、大量の紹介もケリ、新しい派遣会社に登録して、次の仕事が見つかるまでに食い繋ぐ形で、コールスタッフを始めたのだ。
もうあの頃のように茜の為に頑張っていた頃とは違う。
生活する為、元の智明に戻っていた。
「期限の二週間を超えますと、延滞遅延金が発生します。すぐにお支払いをして頂けますでしょうか……」
「分かってるよ! さっさと払えってことだろ?」
「はい。お客様は遅延も多いですし、お気をつけください」
「うるせ~な! 明日払うよ!」
ガチャン! と切られてしまった。
智明はため息を吐いて自分と相手がやり取りした内容をパソコンに書いていく。
酷いクレームと暴言に、自分の話した内容をざっとパソコンに打ち込んでいく。
そしてすぐに次の客だ。
同じような客を何人も捌き、智明は昼の休憩にはへとへとだった。
休憩室にお弁当と水筒を持って行くと、自分より若そうな子が一人で同じようにお弁当を広げていた。
智明は話しかけにくいなと思い、少し離れて座った。
(はあ~。茜と離れて以来、俺、完全にコミュ症復活だ)
ちなみに茜とは、元神様の人間だ。
子供の姿で現れ、智明の部屋に居座り、そして凄い美人に変貌していった。
童貞だった智明にとって、美人の茜との同棲は刺激的だった。
初めて心を開けたと思ったのも束の間、茜は智明の願い通り、人間になって生まれ変わってしまった。
(結局、なんて子か分からないままだけど、あの子は茜じゃないなら関係ないか)
あれ以来、智明の心にはずっと茜がいた。
屈託のない笑みや楽しそうに料理を作る姿。
おぬし…と言って不貞腐れる顔。
今も神様は信じていないが、茜には会いたい。
腑抜け状態でなんとか毎日コールセンターで働いているものの、この生活もいつまで持つかという状態だった。
毎日客から罵倒され、社員に助けを求めても滅多にこない。
対応を間違えると嫌味を言われるし、最近ではご飯が美味しいとも思えなくなっている。
ここで働くコールスタッフの女性も入れ替わりが激しく、長くて一年、短くて三日という所だった。
智明はもう三ヶ月いて、かなりベテラン扱いにされている。
そのせいで、時々新人教育まで任されてしまっていた。
ただ我慢して相手の言うことを聞かないフリをしているだけなのに、それだけで有能とされるのも虚しいものだ。
「あの……」
振り向くと、先ほど話しかけるのをやめた女子だ。
目がくりっとした可愛い子で、自分より若そうな大学生くらいの子に見える。なんでコールスタッフなんてと思っていた。
「はい?」
「仕事で聞きたいことがあって。新人教育の時に色々教えてもらったので」
(あ~~、そうだっけ? この子のこと教育したことも忘れてる、俺)
智明は作り笑いしながら言葉を飲んだ。
「どうかした?」
「ここの仕事、辛くないですか^!?^」
その子は縋るように聞いてくる。
智明は苦笑いした。
新人教育した手前、会社側に不利になるようなことも言えない。
「うん、まあ、大変だよ。楽しい仕事じゃないし」
「なんで辞めないんですか? 何か目標とかあるんですか? 同じ派遣社員って聞きましたけど!」
その子は真剣な顔で聞いてくる。
有能、無能関係なく、智明がここの会社にとって都合がいい人間で使いやすいだけの人間というのは、まだ分からない年頃だろう。
そして智明は、生活の為にその事を利用している。
「あ~~。俺、資格取得目指しててさ。しばらく生活費稼ぎながら勉強頑張らないといけなくてさ」
智明は盛大な嘘を吐いた。
茜もいなくなり、手元に残った金も少なくなり、仕事も一からやり直す事にしたので、本当は食う為以外に働くことに意味はない。
こうしてコールスタッフの派遣を長く続ける意味をみんな聞いてくるが、まともに答えていたらバカバカしいので、嘘を吐くのが最善策だったのだ。
「凄いです。私なんて、やりたいことなくて、仕事もすぐに見つからなくて、とりあえずここで働ければと思って」
「いいんじゃん。ここで頑張れたら、どこでもやれるよ」
「そうですか? じゃあ、就活頑張ろうかな」
「長くいるところじゃないと思うけど。俺も資格取ったら辞めるし」
「何の資格取ろうとしてるんですか?」
言われて智明はドキッとした。
いつも適当に答えているので、以前答えた資格なんて覚えていない。
(わざと聞いてる、なんてことないよな)
「司法試験」
「すご~~い! 頭良いんですね!」
「いや、苦労してるからこんな所いるわけで」
「でも、尊敬します!」
「あ、お茶いる?」
智明は話を逸らす為にお茶を持って来ることにした。
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