たれ耳姫は銀狐の公爵に求愛行動をされる

【書籍情報】

タイトルたれ耳姫は銀狐の公爵に求愛行動をされる
著者夕日
イラスト春なりこ
レーベルヘリアンサス文庫
価格300円+税
あらすじ獣人の国エッケルト王国。その第九王女であるフロリアーナは、この国では醜いとされる『たれ耳』を持つうさぎ族の少女である。フロリアーナは周囲から自尊心を傷つけられながら生きていたが、家族と幼馴染の銀狐……アベーレ公爵は彼女に優しい。
フロリアーナは、そんな優しいアベーレにいつしか恋心を抱くようになっていた。
いつか彼と婚約できたら。そんな憧れを抱くフロリアーナだったが、自分の『たれ耳』の噂を令嬢たちとアベーレがしているのを聞いてしまって……。

【本文立ち読み】

目次

第一章 たれ耳姫の初恋
第二章 銀狐は求愛する
第三章 銀狐は想いを寄せる
エピローグ
番外編 新米奥様はイチャイチャしたい

!PB

『たれ耳姫は銀狐の公爵に求愛行動をされる』
### 第一章 たれ耳姫の初恋

『彼』と出会ったのは、私が九つの時。
その日の私は、紫陽花の陰に隠れて泣いていた。
侍女たちに聞こえよがしに醜い『たれ耳』の悪口を言われて、泣きながらここまで逃げて来てしまったのだ。
――どうして、こんな『たれ耳』に生まれてしまったのだろう。
そんな想いで、小さな胸をぱんぱんに膨らませる。泣いても泣いてもその想いは萎まなくて、さらに膨れ上がって涙が止まらない。
「フロリアーナ姫。どうして、泣いているのです?」
一際大きなしゃくりを上げた瞬間。そんなふうに声をかけられた。その声音は優しくて、蔑みのような悪感情は一切感じられない。
声の方に目を向けると――。二、三歳くらい年上に見える、信じられないくらいに綺麗な男の子が立っていた。
風に揺れる銀色の髪に、澄んだアイスブルーの瞳。高い鼻梁、可憐な花のような紅い唇。ピンと伸びた銀色の耳と、大きくふさふさとした尻尾は狐族のものだろうか。
こんな美しい人に醜い自分を見られるのが嫌で、私は少し後ずさってしまう。
「……誰?」
そう声をかけると、男の子は春のそよ風みたいに優しげで綺麗な笑みを浮かべた。
彼は優美な仕草で跪くと、私の手を取ってゆっくりと甲に口づける。兄たち以外にそんなことをされたことがなかった私は、驚きで身を固くしてしまう。
「ジョヴァンニ公爵家の嫡男、アベーレ・デ・ジョヴァンニと申します。はじめまして、殿下」
この名前には聞き覚えがある。たしか、お兄様たちのご友人だ。賢くて、とても美しい人だと聞いていたけれど……それは本当だったのね。
これが……私とアベーレとの出会い。

そして、私の『恋』のはじまりだった。

◆ ◆ ◆

『獣人』と呼ばれる体に獣の特徴を持つ者たちが住まう国、エッケルト王国。
広大な大陸の最南端に位置し、北には運河、南には大海原を擁する『水』の恵みとともにある国家だ。
そのエッケルト王国の第九王女というのが、私『フロリアーナ・カシャーリ』の立場である。
上の姉たちが政略結婚で他国に行ったり、有望な家臣に降嫁するのを見ていた私は、自分もいずれそうなるのだろうと漠然と思っていた。
この国では社交界デビューの年齢である十三歳から成人となる十八歳までが、王侯貴族の子女の婚約適齢期とされている。婚約を結んだ後はある程度の長さの婚約期間を経て、成人である十八歳を過ぎて嫁ぐのが通例だ。
だけど……私の嫁ぎ先は、婚約適齢期の終盤になる十八歳になっても決まらないままだった。
「……どうしてかしら」
窓の向こうの澄んだ青空を見つめながら、ぽつりとつぶやく。『理由』なんて自分でもわかっているくせに。
第一に。猫の獣人である国王とうさぎの獣人である后の仲がよすぎるため、うちには兄弟姉妹が多すぎる。
産まれに産まれて五王子九王女。猫の特徴が出た者が六人、うさぎの特徴が出たものが八人という内訳だ。ここまで数がいると、もう『行くべき』ところには上の兄姉たちが行っている。私が嫁に行く理由を探す方が難しい。
その上――
「この耳だものね」
私は自分の肩まで『たれた』、茶色の耳を摘み上げた。
この国では、天を向いてピンと立ったお耳が美男美女の条件とされている。それなのに私の耳は……ぺったりと『たれて』いるのだ。
私が『たれ耳』になったのは、先祖返りと呼ばれるものが原因だ。曾祖母が私と同じ、『たれ耳』のうさぎだったのである。
曾祖母は、他の国からエッケルト王国に嫁入りしてきた令嬢だ。彼女の国では『たれ耳』が美の象徴だったので、嫁いで来てから価値観の違いに大層戸惑ったらしい。小馬鹿にされたりも日常茶飯事だったようだ。
しかし曽祖父が彼女を心から愛し、その居場所を作ったことにより、曾祖母が心を病むようなことはなかった。愛とは実に素晴らしいものだと思う。
窓に映る自分の姿に目をやって、私はため息をついた。
お母様譲りの美しい金色の髪と、お父様譲りの澄んだ青の瞳。それなりに愛らしいと自負している顔立ち。それらはたれた耳で台なしだ。
末姫に甘い身内以外からは、私は『たれ耳姫』と呼ばれて陰で笑われている。
状況は曾祖母のものと似ているけれど。私に好意を向ける貴公子……なんてものは存在しない。
だけど二週間ほど前までは『たれ耳のおかげでお嫁に行かなくていい自分は幸運だ』と、心から思っていたのだ。
だって……『彼』以外のところにお嫁になんて行きたくなかったから。
「姫様、ジョヴァンニ公爵がいらしていますが……」
ノックの音がして、侍女が顔を出す。そして『彼』の訪問を告げた。
アベーレ・デ・ジョヴァンニ公爵。
私の……大嫌いな二つ年上の幼馴染。
四番目と五番目の兄の友人である彼は、昔から私を可愛がってくれた。友人の妹なんてただただ面倒なだけの存在だろうに、アベーレは一度も嫌な顔をしなかった。私はそんな彼が大好きだった。そう……大好き『だった』の。
「断って。あの人なんかに会いたくないわ」
アベーレの澄ました顔を思い浮かべて、私は憎々しげに顔を歪めた。
「ごめんね、君に会わずに帰る気はないんだ」
だけど聞きたくなかった声が響いて、侍女を押しのけるようにしながら一人の狐獣人の男性が部屋へと入って来る。
相変わらず、見目がいい男だ。ちらりと目にしただけで、うっかりため息が零れそうになる。
部屋に差し込む光に照らされ背中まで伸びた豪奢な銀髪は煌めき、形のいい狐耳はピンと天に向って立っている。その甘さを湛えた美しい顔立ちは、絶世と形容するのがふさわしい。
薄い色をしたアイスブルーの瞳を向けられ、私は落ち着かない気持ちになってしまう。
美公と名高い銀狐アベーレ。初恋で大好きだった。だけど今では大嫌いな人。
第九王女なんていう無価値な私でも王女は王女だ。無礼だと頬でも張って部屋から追い出してやりたい。だけど……
ジョヴァンニ公爵家は国の重鎮である。その当主様である彼を、粗雑に扱うわけにはいかない。
「なにをしに来たの、ジョヴァンニ公爵」
「フロリアーナ、そんな冷たいことを言わないで」
アベーレは困ったように言うと、その美しい眉を下げた。
「名前で呼ばないでよ」
「幼馴染を名前で呼ぶことのなにがいけないの? フロリアーナこそ、名前で呼んで欲しいな」
「馬鹿を言わないで、ジョヴァンニ公爵」
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