【書籍情報】
タイトル | 鏡の姫と翼の騎士~2、姫と騎士殿、お出かけ編~ |
著者 | まりの |
イラスト | shoyu |
レーベル | ペリドット文庫 |
価格 | 500円+税 |
あらすじ | 会社で菌の研究に励む木戸心、どうやら眠ると違う世界のお姫様として目覚める――らしい。しかも、目覚めたら美形の騎士がいて、彼は同じ会社の上司である橘慎吾!? 仲間とともに旅に出た二人を待ち受ける敵との戦い、そして恋の行方は――! 人気シリーズ分冊版2巻、大ボリュームで登場。 |
【本文立ち読み】
鏡の姫と翼の騎士~2、姫と騎士殿、お出かけ編~
[著]まりの
[イラスト]shoyu
目次
見渡すと、視界の限り真っ白で平坦な大地が広がっている。
白っぽい程度でなく、まるで新雪のような純白。でもここは寒くない。どちらかというとやや暑い。そしてとても乾燥している。そう、ここは広大な砂漠のど真ん中。
砂の白と、雲一つない真っ青な空とのコントラストは、くっきりはっきり。
空から見ていると、少し先に緑の島みたいに木の生えた丸い箇所が見えていた。オアシスだろう。でも辿り着くにはまだもう少しかかりそう。
「ここいらで休憩しようか」
ややお疲れ模様のホスヘちゃんと、下を走ってるアーちゃんとナリを乗せた竜馬を休ませるために、一旦下に降りることにした。
「とりあえず皆、しっかり水補給しとけよ」
仕切っているのはフェカリス。彼は地に足が着いた途端元気になったようだ。
休憩と言っても砂漠のど真ん中で木影も何もない。仕方なく日差しを避けるため、大きなホスヘちゃんの陰に皆で身を寄せる。
「悪いね、ホスヘちゃん」
「くるるるっ」
水は結構な量を大臣が持たせてくれたおかげで、人間四人と竜馬、ホスヘが飲んでも今回は足りた。竜馬はこれで少しは軽くなっただろうが、長引くと水不足は厄介だ。
「この先にオアシスが見えた。そこまで行けばまた水が補給できる。今日中に着きたいな」
フェカリスが溜息をついた。
アーちゃんに聞くと、ヘルネは国としてはこの大陸一のとても広大な面積を誇るらしく……といっても、ほとんどがこの砂漠なので、人が住める部分は少ないのだが……朝から半日以上すごい勢いで進んで来たのに、まだ国境まで辿り着けないどころか、お隣の国は遥か先だ。
「最低でも二晩は野宿覚悟ですね」
そう言ったアーちゃんも心配そう。
「野宿かぁ……」
「姫様にはお気の毒ですが」
「ううん、全然大丈夫よ」
口に出すとまた変人扱いなので言わないけど、私は野宿の言葉を聞いて実はめっちゃ楽しみになってるんですけど。キャンプとか大好きだ。
ふと横を見ると、アーちゃんとナリを乗せてきた竜馬とやらが目についた。
そう言えばじっくり見ていなかった。動物大好きの私が放っておけるわけがなかろう。
これは哺乳類ではない気がする。全体のフォルムは馬にそっくりだけど、蹄じゃなく爪のついた指がある。それに毛皮でなく、メタリックっぽい青みがかった銀の鱗に覆われた皮膚は硬そうだ。四本足のスマートな恐竜……そんな感じ。とても綺麗な生き物だ。エメラルドを填めたみたいな目が素敵。
「いいな、竜馬って可愛いなぁ。私も乗ってみたい。ナリ、次交代する?」
軽い提案だったが、誰も賛同してくれなかった。
「僕は騎士様の恨みを買いたくは……いえ、姫様はホスヘの方が良いと……」
「俺は……いやいや、お尻が痛くなるからやめとけ、うん」
「あ、あの、やはり姫様は空の上にいらっしゃるほうが……」
アーちゃん、フェカリス、ナリが次々に言う。皆、歯切れ悪いわね。
まあいいや。また今度乗せてもらおうっと。
動物達も少し休憩して体力も戻って来たようなので、先を急ぐことにした。
「オアシスに着いたら今日はそこで休もう。それまで皆頑張れ」
またしてもフェカリスに仕切られ、それぞれもう一度足代わりの獣達の背に乗る段になって、初めてさっきの皆のリアクションの意味に気がついた。
「あっ、そうか。ナリはアーちゃんが私とくっついて乗るのは面白くなかったのね」
ゴメンゴメン。ホント気の利かない女で。
「ナリだけじゃないっつーの」
ちょっと拗ねたみたいに、フェカリスがぷいっとそっぽを向いた。気持ち頬が赤い気がするのは気のせいだろうか。何かちょっと可愛い。
「ふーん。私が他の男と密着してると妬いたりするんだ」
「ば、馬鹿っ。そっ、その、フィアが気の毒だろうが」
気の毒って……何よ。
「私とくっついてると迷惑なの? じゃあ、あなたも嫌?」
体を離して、ちょこっと意地悪く言ってみる。
「嫌じゃない! 迷惑じゃないっ! 危ないからしっかり掴まってろって!」
大慌てで抱きしめられた。後ろだと大股開きで乗らないといけないので、私は常に騎士様の前にいる形なのだが、こうやってすっぽり腕の中にいるのは何というか、正直気持ちいい。
「こうしてると落ち着くかも」
「……俺も」
白い大地の上を行く真っ白な鳥の上。しばらく黙って胸のドキドキを聴いていた。これはどっちのドキドキなのかな
私も、この騎士様の腕の中の特等席を、誰かに渡したくないのかも。そう思う。
「……これは……」
日暮れ前に、何とか目的のオアシスに辿り着けた私達一行。
しかし、待っていた状況は好ましいものではなかった。
最初に鏡が光った時に見た街ほどの規模ではないが、緑の中に日干しのレンガを積み上げたような質素な家が何軒か集まり、そこそこの村を形成している。水と緑のある場所には人が住んでいるのだなと納得できた。
砂漠と村を仕切るように、または風や砂の進入を防ぐためなのだろう石を積み上げた低い塀が見える。その手前の砂の上に幾つもの異様な棒が立てられている。
普通の眺めでないことは私にもわかった。
「墓ですね。しかも全てまだ新しい……」
アーちゃんが小さく呟いた。
小さな石を幾つか輪に並べた上に木の棒が一本立てられている物。名前が刻んであるわけでもなくとも、確かに墓に見える。でもこの数……ざっと見ても五十近くはある気がする。元々の共同墓地というには、アーちゃんが言ったように全部まだ新しく見える。木が朽ちていない。
今は戦争の真っ最中―――。
「嫌な予感がするんだけど」
それでも素通りするわけにはいかない。水の補給もしたいし、できれば今日はこの辺で休みたい。幾らテントがあるとはいえ、砂漠の真ん中で寝るのはちょっとなぁ。何より国の姫である以上、民の住んでいる場所の現状を探る務めがあろう。
……なんとなく使命感に燃えてみました。
「ホスヘ、上で待ってろ」
フェカリスの声に、くるるっと一声あげてホスヘが舞い上がる。
私達は、村への入り口の石垣の切れ目を探して、周りをぐるっと歩いてみる。上から見ているとそう大きくないように見えたこのオアシスは、そこそこの広さがあるようだ。やっと入り口らしき両側に低い木の生えた小さな門に辿り着いた。竜馬はここで繋いで待たせておく。
門から一歩村に踏み入れると、外の砂とは違い簡単な石畳の道が敷かれていた。
新鮮な緑の葉の匂いがしっとりした空気に混じって漂ってくる。水辺が近いからだろうか。乾いた風にずっと吹かれてきた体に心地よかった。
フェカリスを先頭に、ナリと私が並んで歩き、後ろをアーちゃんが護っている。
石畳を進むと家が見え始めた。村の中は物音一つ聞こえてこず、しんと静まり返っている。
また、さっきの嫌な予感が戻って来た。
「人の気配がないな」
フェカリスがそう言った次の瞬間、先の低い木の茂みで何かがキラッと光った。
「誰か……」
いる、と私が言い終わる前に、フェカリスの手はすでに剣に掛かっていた。
「わああああっ!」
叫び声と共に、茂みから小さな人影がすごい勢いで飛び出して来た。
カン! と乾いた金属のぶつかり合う音が響く。
飛び出してきた人物が突き出した剣は、フェカリスに届く寸でのところで、月の聖剣に受け止められていた。
フェカリスが剣で相手を押し戻しながら言う。
「いきなり襲ってくるとは何者だ?」
「それはコッチが訊きたい! お前ら何者だっ!」
よろけながらも、大きな声をあげたのは小さな人影。
子供……? 男の子だ。
私としては見慣れている黒い髪。丈の短い貫頭衣にこれも短めのズボンだけという質素な身なり。だが、フェカリスに向けられた青い目は突き刺さすような強い眼差しだ。湛えられているのは殺意。
再び剣を突き出して、少年は鋭い声で言う。
「またピロイの人間か?」
「違う。俺達はヘルネの城から来た。旅の途中だ」
フェカリスが答えたのを聞いて、やっと少年が剣を下ろした。だが、まだ表情は硬い。
「驚かせてしまったようね。ごめんなさい。あなたはこの村の人?」
そうっと私が声を掛けると、少年がはっとしたようにこちらを向いた。
その顔にどきっとした。この子……。
「姉ちゃん誰だ?」
「これ。無礼ですよ。このお方はヘルネ王ファキル様がご息女フェシウ姫様です」
アーちゃんが私の代わりに説明すると、少年は目を丸くした。
「えっ? お姫様?」
「そうなの。一応」
……あ、大人しくなった。しばらく、少年はぽかんと私の顔を見て、数秒後。
「フッ」
なぜか鼻で笑いやがった。
「うっそだぁ。だってお姫様って眠ってるんだろ? それにたいして綺麗な人じゃないって噂だよ。姉ちゃん、どう見たってすげぇ美人だし」
……その噂はどうかと思うし、横でフェカリスとアーちゃんが笑いを堪えているのがわかるけど、地味に褒められている気がしなくもない。
「あなたの名前を教えてくれる?」
「ヴレビス」
「うっ……」
ここで笑ってはいけない。耐えろ、私。
たとえ、またしてもラクトバチルス属の植物性乳酸菌と同じような名前であっても。
「L.ブレビス……ラブレ菌だな」
フェカリス~! ってか主任! 人が耐えてんのに解説しないでよ。
「何の話をしてる?」
少年は訝しげに首を傾げている。
「いや、何でも。いい名前だな」
しれっとよく真顔で誤魔化せるわね、騎士様。
「とにかく私達は怪しいものじゃないわ。水を分けて欲しいだけなの。村の他の大人はいるかしら?」
「いねえよ……」
「え?」
吐き捨てるように言って、ヴレビスはぷいっと顔を背ける。その横顔が更に誰かを思い出させた。
この子、なんとなく主任に似てるんだ。フェカリスではなく、見慣れたあの橘慎吾に。そのまま、もっと若くしてちっちゃくしたみたい。目の色は違うけど……。
いやいや。今はそんなことはどうでもいいや。
「他の人がいないの?」
「ああ。皆死んだ。ピロイの兵士に殺されたんだ。生き残った者も村を出て行った。オレはこの村の最後の一人だ」
村の外の夥しい数の墓標を思い出し、背中に冷たい物が触れたような気がした。
「うわぁ、でっかいなぁ! 綺麗だな」
ヴレビス君は聖鳥ホスヘに興味津々。
空で旋回して待っていたホスへちゃんをフェカリスが呼び寄せ、村の中で休ませてもらうことにしたのだ。門の外だと、夜は砂漠にいる魔物や、肉食の獣に襲われるかもしれないとの話。城から乗ってきた竜馬は、今は使われていない家畜の小屋が幾つかあったのでそこに入れてもらえた。
ヴレビスは案外素直で良い子だった。ナリより下でまだ十二歳だそうだ。
本当は人恋しくて寂しかったんだろう。敵でないとわかった途端に、彼は私にくっついて離れなくなった。今も手を引いて村を案内してくれている。
「こら、少し離れろ」
ぶすっと拗ねた顔でフェカリスが声を掛けるも、ヴレビス君は気にもとめず、更に腕に絡み付いてくる。わざと見せつけているのかもしれない。猫みたいな子だな。
「なに? 兄ちゃんこの姉ちゃんの男か? 妬いてる?」
「ち、ちがっ……俺は姫を護る騎士としてだな……」
子供相手に何を赤くなって本気になってるんだ、騎士様は。
本当に誰もいない村の中。
よく見ると、あちこちの家の壁に刀傷や折れた矢が残り、微かに血の跡らしきものも見える。焼かれはしていないが、どの家も家財道具もそのままに、普通に生活していた人々がある日突然消えたことを物語っていた。死んだか、或いは村を捨てて逃げたか……。
路地に打ち捨てられた手作りであろう簡素な人形が目に止まり、拾い上げるとぽろりと首が落ちて、私はものすごく悲しい気分になった。これの持ち主であったろう幼い子供が生きて無事逃げたことを願いたい。
「突然だった。小さな村だけど、皆優しくて働き者で幸せに暮らしてた。沢山の武器を持ったピロイの兵が攻め込んできて……女子供はすぐ地下に逃げたからそんなに被害は出なかったけど……兵達はこの村の水や食料だけでなく、労力として若い男を根こそぎ連れて行った。逃げ遅れた年寄りや歯向かった者はほとんどが殺されたよ」
……ヴレビスは俯いて何度も首を振った。思い出したくない出来事を、頭の中から振り払おうとでもするみたいに。
「あ、でも生き残った者は隣の街に逃げたよ。隣って言っても丸一日くらいかかるけど。立派な城壁に囲まれてるから大丈夫じゃないかって」
ほんの少し明るい声で少年は言ったが、私の心は晴れなかった。
多分どこに逃げても一緒だ……魔物の棘に心を侵されている兵達に襲われたら。
「あなたはなぜ一緒に逃げなかったの?」
「うん……まあ色々あってさ。死んじゃった人の墓も作ってやりたかったし」
「外のお墓はあなたが?」
「うん」
ヴレビスの手をぎゅっと握った。男の子だが、まだ柔らかくて小さい手。この手にあんな大きな剣を持って一人で頑張ってたんだ。一人で一生懸命穴を掘って、亡くなった人を弔ってたんだ……そう思うと涙が出てきた。
「なんだよ、姉ちゃんが泣くことないだろ」
「だって……」
ぎゅっと握り返された手が温かかった。この子は、どうしてこんなに明るい顔でいられるのだろう。そう思うと余計に涙が出る。
「オレね、一人でいっぱい泣いたよ。でももう泣かないんだ」
「どうしてだ?」
涙で言葉の出ない私より先に、フェカリスが訊いた。
「大聖者様にお願いした。もう泣かないから、死んでしまった人の仇を討ってください、こんな悲しいことがもう起きないようにして下さいって。そしたらこうして来てくれたじゃない、姉ちゃん達」
笑顔さえ見せるヴレビスの口調は明るい。それが一層胸を苦しくする。
「姉ちゃんと兄ちゃんがあの伝説の鏡の姫と翼の騎士だって信じられ無かったけど、あの鳥見たら納得した。気持ちいいだろうなぁ、あんなのに乗って空飛んだら」
「気持ちいいかは別として……わかってくれたならいい」
普通の人には気持ちいいが、この騎士様には恐怖なんだよヴレビス君。
「でもさぁ、もう少し早く来てくれたら良かったのに。そしたらこの村も……」
その言葉に、ずきん、と心が疼いた。
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