鏡の姫と翼の騎士~1、姫と騎士殿、お目覚め編~

【書籍情報】

タイトル鏡の姫と翼の騎士~1、姫と騎士殿、お目覚め編~
著者まりの
イラストshoyu
レーベルペリドット文庫
価格500円+税
あらすじ会社で菌の研究に励む木戸心、どうやら眠ると違う世界のお姫様として目覚める――らしい。しかも、目覚めたら美形の騎士がいて、彼は同じ会社の上司である橘慎吾!? 異世界の救世主「鏡の姫と翼の騎士」として、行ったり来たり大忙し!シリーズ1巻。

【本文立ち読み】

鏡の姫と翼の騎士~1、姫と騎士殿、お目覚め編~
[著]まりの
[イラスト]shoyu

目次

鏡の姫と翼の騎士~1、姫と騎士殿、お目覚め編~

暗い。真っ暗。
闇の中で声が聞こえる。
「早くお目覚めください」
「おーい、起きろ。本当に寝坊だな」
「もっと優しく。少しおっとりしておいでなだけですよね?」
……ひょっとして私に語り掛けているのだろうか?
ってか、あなた達は誰?
声は聞こえるのに顔が見えない。二人はいるよね。どちらも男性の声だ。
しかしホント暗いね。なぁんにも見えない。どこ、ここ?
「時は近い。どうぞお力を貸して下さい、姫様。目を開いてくださる日をお待ちしております。既に……様はお目覚めになられました」
なんのことやらさっぱりわからない。姫って私の事なのかな。
声だけはすごくハッキリ聞こえるけど、夢だよね。これ。

じりりり……。

相変わらずうるさいな、この目覚まし時計。
仕方なく目を開く。明るくてもう一回閉じる。で、もう一回開く。
……朝だ。
見慣れた天井。あの嫌な人の顔に見えるシミもある。間違いなく私の部屋。
やっぱり夢だったんだね。それにしては眠っていた気がしない。ずーっと起きていた気分。
じりりりり。
止めないと段々と大きくなる時計のアラーム音。
「うるさい、黙れ」
全力でぶっ叩くと、目覚まし時計は沈黙した。手はちょっと痛い。
「なんなのよ、まったく……」
最近よくあの真っ黒な夢を見る。夢なのに現実のことのように覚えているのが不思議。それに寝ても疲れがとれなくてすっきりしない。
特に今回はひどくはっきり声が聞こえた。
何だかファンタジーっぽい事を言ってたよ?
多分アニメとか漫画の見すぎだな。うん。昔は友人の影響で同人誌とか作ってたし。
ふと、先程思い切り叩いて黙らせた時計を見る。そこで私は思い出した。
はうっ! そうだ、今日は早朝出勤だったのに、昨夜目覚ましの設定を変えるのを忘れてた! いつもの時間に起きてたら間に合わないじゃない。
ひいいぃ。また主任にじとっと嫌味を言われて睨まれる……。
憂鬱な気分で着替え、歯を磨きながら髪を梳かす。
電話が鳴っているのは絶対に主任からだ。無視無視っ。化粧してる時間も無いのでそのままバッグを片手に飛び出した。
「待ってぇ~!」
こういう日に限って、バスにもすべりこみアウトだし。
次のバスが来る前に、バッグから朝食代わりのパウチゼリーを出して吸い込む。
二十五の女がこんな色気の無い生活でいいのだろうか……。

「木戸心(きどこころ)。今日は七時に出勤だと随分と前からスケジュール表を渡しておいたはずだ。現在、八時十二分。この現実をどう考える?」
ねちーっと冷たい声。
「それに上司からの電話に出ないとはどういう事かな?」
「バ、バスの中だったので、人様に迷惑になると思いまして、マナーモードに……」
「ほう。あの時間にバスに乗っていたなら、渋滞があったとしてもせめて三十分前に着いているはず。俺の計算ではまだ自宅にいたと推定されるが」
はい、橘慎吾(たちばなしんご)主任、あなたの計算はとても正しい。
すらっと背が高くて、スーツの上からでも引き締まった体が想像できる。歳は私より二つ上なのに、この人絶対ヒゲなんか生えないんだろうなと思えるほどのツルツルお肌が、女から見ても嫉妬したくなる。何よりもその切れ長の目……ちょっと薄めの瞳の色が琥珀みたいに綺麗。
くそう、見た目は超男前なのに、性格は反比例するように極悪。女に毎日ネチネチ嫌味を言いやがって~!
「可愛いエンテロコッカスちゃん達のお世話の当番の日に遅刻とは。もういい、さっさと着替えて持ち場に着け」
「はぁい……」
私の名前は呼び捨てなのに、乳酸菌にはちゃん付けですか。可愛いですか、菌が。
……可愛いけどさ。
製薬会社のサプリ部門の商品開発部……の隅の微生物研究室。それが私の職場。
私はいそいそと白衣を羽織る。メイクする暇が無かったので今日はこのままでいい。どうせ落とさなきゃいけないし、マスクもするので本当は毎日するだけ無駄なんだけど。まあ一応、女の礼儀というか身だしなみというか。ああ、ごーっていうこの殺菌の風が気持ちいい。
「はぁい、ラクトバチルスちゃん達もリューコノストックさん達も元気ぃ?」
挨拶する相手はシャーレの中の菌達……なんて悲しい独身女。
「夢の中では姫様とか言われてたのにね。ほれ、可愛い臣下の菌達よ。言ってみ? 姫、培養床を新しいのにしてくださいって」
菌が喋ってたまるかよ……と、自分でツッコミつつも思わず溢す。と、そこで高い声が。
「姫。ひめさまぁ~」
どきっ。
「培養床はいいですからぁ、レポートのまとめを早々にお願いしますぅ~」
「……あの」
私の耳元で声色を変えて囁いていたのは主任だった。
「気持ち悪いですね」
「菌に、姫って言ってみ? とか言ってる女も気持ち悪いぞ」
……確かにそうなんだけどね。
「レポート、昼までには何とかしますので、私の半径二メートル以内に近づかないでいただけますか?」
「フン。遅刻して来たくせに生意気な」
言い残してぷいっと主任が出て行った。その背中に思いきりアカンベーしておく。
おかしな男だ、まったく。

昼休み。
社内食堂の隅で違う部署の友達とランチ。就業中で私が最も心安らぐ時間。
いいなあ、営業とか電話対応のスタッフは。綺麗に化粧してスーツでさ。ネイルも可愛い。こちとら白衣にすっぴんだ。ゴム手袋を着けるために爪も伸ばせないのに。
一番仲のいい同い歳のトモちゃんは、メイクは派手だが凄腕クレーム処理係。
「寝過ごしたんですって? また橘さんに叱られたんでしょ?」
「うん。男のくせに遅刻くらいでネチネチともう……」
しかも遅刻といっても本来時間外だ。会社的には問題無いのに。
その上、研究室での菌になりきって声を掛けてきた一件を報告すると、トモちゃんはケラケラ笑って言う。
「仲いいわねぇ。心ちゃん、相当噂になってるわよ。あの社内一カッコいい橘さんがついに落とされたって。覚悟しときなよ、お局様達のキビシイ視線を。皆狙ってたんだからね。彼を」
「はぁ? どこが仲いいのよ。誰があの陰険男を落としたって?」
「だって、彼がしつこく絡むのは心ちゃんにだけじゃない。愛情の裏返しなのよ」
それは誤解だ。ウチの部署に他に年下がいないのと、私が弄りやすいだけなのに。どこをどう楽観的に捉えても愛情など1umも感じないよ?
「ほらほら」
トモちゃんが手首のスナップをきかせて手をパタパタさせたのと同時に、後ろからこほん、と咳払いが聞えた。
「お姫様達と席をご一緒してもいいかな?」
呼ぶより謗れと諺でも言うが、トレイを抱えた主任が背後に立っていた。
「えぇー?」
「どうぞどうぞ! 生姜焼き定食。心ちゃんと一緒ですねぇ」
思いっきり不満の声を上げている私を他所に、トモちゃんはご機嫌だ。
「すまないな。陰険男は座れる席が無かったもので」
皮肉めいた言い方と共に、ちろっと冷たい視線が刺さる。聞いてたのか……。
流石にここで慌てて席を立つと、こんな男に対しても失礼だろう。後でまたネチッと嫌味を言われるのも嫌だしね。ぐぐっと我慢。この際、いない事にしおてこう。そうだ、ただの椅子だ、椅子。そう思おう。
椅子は別に何を喋るわけでも無く、黙々と食事を始めた。
「でもさぁ、心ちゃん最近疲れた顔してない? 夜がお忙しいとか?」
トモちゃんの言葉に、吹き出すまいとこらえてお茶が鼻の方に行った。いてててっ。
そして何故箸を落としているんだ椅子は。結構どんくさい奴だな。無視無視。
「残念ながらそんな色気のある生活はしてないよ。干物女歴更新中」
ふうん、とトモちゃんが主任と私の顔を見比べている。まだ誤解してるんだな。
そこで私は、この疲れている原因をトモちゃんに話してみた。
「なんか最近、時間的にはちゃんと寝てるはずなのに、疲れが抜けなくてさ。毎日同じ様な夢ばっか見るのよね。眠った気がしないのよ」
「へえ、どんな夢?」
トモちゃんが少し乗り出す。占いにハマってる彼女はこういう話が好きなのだ。
「真っ暗でね、人が周りにいるのはわかるんだけど顔が見えないの。でね、お力をお貸し下さいだの、姫様だのと延々言われてるのよ。目を開けてください、みたいな」
「やだぁ、姫様ってウケるぅ。欲求不満が溜まってるんじゃない? それに目を開けてって事は、夢の中で心ちゃんは目を閉じてるのね?」
「あ、そういうことか」
「夢の中で目が開けられないっていうのは、現実逃避とかストレスの暗示だっていうわね。でも言葉まではっきり覚えてるっていうのは変わってるわね」
にわか夢占い師トモちゃん。現実逃避……そりゃ逃げたくもなるよ。その原因が横にいるから言わないけど。
「そっか。暗示か」
なんとなく私が納得しかけた時。
「―――ありえない」
あ、椅子が喋った。
「有り得ない! まさかこいつが……! 嘘だ、これは何かの間違いだ!」
そして彼は立ち上がる。
何か変だぞ主任。いつも変だけど。
まだ昼食を食べかけだというのに、主任はトレイを抱えてぷいっと行ってしまった。
何なんだ、いきなり。ホント訳わかんない。
「よくわからん男だね」
そう言った私を、トモちゃんは微妙な表情で見ている。
「心ちゃんさぁ……」
「ん?」
「前々から思ってたんだけど、鈍感すぎ」
トモちゃんが溜息をついている。何が?
「周りから見てもバレバレなのに何で本人が気がついてないの? 夜がうんぬん言った時の橘さんのとり乱し方とか、彼氏がいないとわかった時の安心したような顔とかさ。これ以上無いくらいわかりやすいよ、彼」
だから何が?
「……言っても無駄かなぁ。ま、そこが心ちゃんの可愛い所なんだろうけど」
「へ?」
「もう少し男心を勉強しようね。もう子供じゃ無いんだから」
何? トモちゃん、年上みたいに。
……私のどこが鈍感だ。

 

【続きは製品でお楽しみください】

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