鏡の姫と翼の騎士~3、姫と騎士殿と二つの世界~

【書籍情報】

タイトル鏡の姫と翼の騎士~3、姫と騎士殿と二つの世界~
著者まりの
イラストshoyu
レーベルペリドット文庫
価格500円+税
あらすじ会社で菌の研究に励む木戸心、どうやら眠ると違う世界のお姫様として目覚める――らしい。しかも、目覚めたら美形の騎士がいて、彼は同じ会社の上司である橘慎吾!? 仲間とともに旅に出た二人を待ち受ける敵との戦い、そして恋の行方は――!

人気シリーズ分冊版3巻、物語の完結!

【本文立ち読み】

鏡の姫と翼の騎士~3、姫と騎士殿と二つの世界~

[著]まりの
[イラスト]shoyu

目次

鏡の姫と翼の騎士~3、姫と騎士殿と二つの世界~
・聖域篇
・新しい伝説編

聖域編

その人は光り輝いていた。
長い長い金の髪に、これまた長いずるずる極まりない真紅の衣。
一目で普通の人では無いとわかる。この人の周りだけ空気が違う……ってか、本当に人間なのだろうか。
「姫、お初にお目にかかります」
ハープをかき鳴らしたような美しい声が言った。
「……はじめまして」
私はなんとかご挨拶はしたけれど、呆けたような声しか出無かった。
聖者様は男の人かと思っていたが、意外にも女性だった。
しっかし、なんてまあ綺麗な人なんだろうか。美人とかそういうレベルでもない。もう形容のしようも無い美しい顔は、眩しすぎてマトモに見られない。サングラスが欲しい。
ふと横を見ると、店のご主人はじめ、おばちゃんもナリもアーちゃんも王様達まで、床に頭がめり込みそうなくらいひれ伏している。そんな中、私と騎士様は壁際で椅子に掛けたままグーグー寝ていたのだな。その目の前で、鍋を叩いて起こしていたプーちゃんは更にすごい。
皆の様子を見て、聖者様は少し困ったように微笑まれた。
「皆さん、その様に畏まらなくても。どうぞお寛ぎ下さい」
いやあ、それは無理でございますよ。特に店のご主人は気の毒だ。二国の王様の次は聖者様までもが、下町の綺麗とは言い難い食堂においでになるなどと思ってもみなかっただろう。ガタガタ震えている。そんなご主人には失礼だが、掃き溜めに鶴……そんな諺が頭を過ぎる。
立ったままだった聖者様は、テーブル脇の椅子を指差しておっしゃる。
「少し遠出で疲れまして。ここに座らせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「そそそ、そんな汚い椅子にっ!」
店の主人は気を失いそう。
立ったままいていただくなどもっての他だが、油や煤だらけの古びた椅子に、聖者様がお掛けになるなどどうかと私も思う。しかし気にした様子も無く、美しい人は腰掛けた。きっとこの椅子は代々の家宝になるんだろうな。
視線と手で示され、私とフェカリスとプーちゃんは、聖者様とテーブルを囲む形で椅子に掛けた。
私達が席に着いたのを見計らって、聖者様は名乗られる。
「申し遅れました。私はテアイア」
「わあ、オレ聞いた事があるっ! テアイア様といえば十一番目の聖者様だよね。癒しの聖者様だ!」
「よくご存知ですね」
プーちゃん、怖いもの知らず。
私とフェカリス以外は多分全員知っていたと思うんだけど、まさに見るだけで癒されるという顔で微笑まれ、プーちゃんは得意げだ。おかげで少し空気が和んだ気がする。ナイスだお子様。
私も思い切って口を開いてみた。
「えっと、一体聖者様がナニゆえこのような場所に?」
「ひ、姫様。少しはお言葉遣いを……」
アーちゃんが泣きそうになっている。フェカリスは固まったままだ。むう、あんまり綺麗な人なので見惚れてるんだろうな。嫉妬すら出来無いけども。
これまた気にした様子もなく、美しく微笑まれた聖者様。
「色々お伝えしたいことがございまして、遣わされました」
皆に、普通に喋ってください、特に鏡の姫様といえば私達と並ぶ者なので普通にいつものように……そう前置きしてから、聖テアイアは語り始めた。

「まずは、このピロイを発端とした国同士の争いは終結するでしょう。ウェルジ王におかれましては、以後、他国への謝罪の行脚、犠牲になった方々への償いをはじめ、二度とこのようなことが無いよう、命の尽きる日まで善政をしかれます事をお約束いただきますれば、今までの罪は問わないとの大聖者様からのお達しです」
「ははぁ――――!」
時代劇のお白洲の罪人みたいに、ピロイの王様が平伏している。罪は問わないんだって。よかったね王様。
「しかし、その種を撒いた張本人がいる限り、第二のウェルジ王が現れるやも知れません。また、直接その張本人が、そろそろ力を増して動き出す気配もございます」
「炭疽菌(アンシラシス)でしたっけ?」
「アシラシス、ですね」
スミマセン。聖者様にまでツッコミを入れて頂きました。
「私達、会いましたよ。夜明け前に」
「まあ! よくご無事で……」
おおぅ。聖者様にまで言われるとは、やはり相当の奴だったんだな、あの子。可愛い顔して。
テアイア様は続けられる。
「私達、聖域におります者は、たとえどんな罪人であろうと、直接手を出してはいけないことになっております。この世の事は、この世の者に任せろというのが掟。それ故にあなた方にお願いしたいのです」
「質問~っ!」
私が思わず手を挙げてしまったら、皆がざざざっと後退るのが見えた。
「何でございましょう?」
「私とフェカリスは、半分この世の人間ではありませんが、いいのでしょうか?」
おいおい……と、横で騎士様が呆れた声を上げたものの、これは是非聞かねばなるまい。
聖テアイアはにっこりと微笑まれた。
「実はそこが大事な所なのです。なぜ、鏡の姫と翼の騎士が二つの世界を行き来するのか。半分でもこの世の人間であるということが重要なのです。この世の者に任せるという掟には背きません。しかし、半分は違う世界の者ということで、私共もあなた方には心置きなく直接手助けすることができます。また、異界の知識や価値観も役に立つでしょう」
言いたいことは理解できた。でも何だか、それって……。
「掟って、半分でもいいんですね?」
「そこはまあ、一応逃げ道という事で」
もしも~し? しれっとすごいことを言っておいでですよ、聖者様。逃げ道って……。
「あなた方は、私達が直接手出しできないことを、代行していただくために選ばせて頂きました。ご迷惑をお掛けいたしますがご了承ください」
さすがに、本当に迷惑なんですけど……とは言えないので言いませんけど。
「では、クノミアから逃げたアシラシスも、俺達に斃せと仰るわけですか?」
「そう言う事です」
フェカリスがちょっと面倒くさそうに言ったが、聖テアイアの答えは即答だった。
「かつて、先々代の鏡の姫と翼の騎士の手によって捕らえられたアシラシスを、私達聖者と呼ばれる者がそれぞれ百一に分けて、地下迷宮(クノミア)に閉じ込めました。たとえ命を奪おうと、魂までも消し去るのが不可能な、強い力を持った者のみがクノミアに封印されるのです。長い世の時の中で、ごく稀に異端の者が現れます。正直に申し上げますが、実はそういう異端の者は、あなた方と同じく、違う世界を行き来する者や、異界の知識、記憶を持ったまま生れ落ちた者なのです。よって、全てを滅する事が出来ない。残った部分が核となり、長い時間をかけ今回のようにまた復活する事があるのです」
……ほうほう。なるほど。色々とツッコミたい所はあるものの、概ね理解できた。ごく稀に異端の者が生まれるというのはありえない事では無いよね。私達がそうなんだし。
「ではアシラシスも違う世界を行き来しているのでしょうか?」
私が確認すると、聖テアイアはほんの少し表情を曇らせて言う。
「大聖者様の見通しでは、恐らくはあなた方と同じ世と行き来していると……」
「なっ……!」
衝撃の事実。じゃあ、じゃあ。向こうでも違う姿で違う名前のアイツがいるってこと? 帰るって言ってたのは、向こうの世界に帰ってたかもしれないってこと?
「ええっと……私達が向こうの世界で出くわすことは無いですよね。世界も広いし」
「全く無いとは言い切れません。姫と騎士も向こうで近くにいらっしゃったでしょう? それは縁があるから。アシラシスもあなた方と全く縁が無いわけではありませんから」
出会いませんように……今、向こうの私ってば動けないのよ?
私の焦りをよそに、聖テアイアは突然話題を変えた。
「ところで姫、鏡を見せていただけませんか? 傷がついてはいないでしょうか?」
おおう、そうだった! ピロイの城の謁見の間で、アーちゃんが振り下ろした月の聖剣で鏡が傷ついたんだった。なぜお分かりで? そう問うとあっさり言われる。
「ミュルラが痛がっておりました」
「ひょっとして、そういう名前のお方がおられるんですか?」
「いえ。大聖者様のお使いの聖なる竜です」
よかった人でなくて……と思いかけて、いやいや、竜でも気の毒なことをしたと思い直した。なるほど、だからこんなデザインなのか。
鏡を渡すと聖テアイアがふっ、と息を吹きかけた。薔薇の花弁のような美しい唇からは、キラキラと輝く風が漏れた。表面に微かについていた傷がすうっと消えて行く。すごーい!
「治りました。大事にしてあげてくださいね」
「はいっ! ありがとうございます」
ゴメンね、竜ちゃん。痛かったんだ。私の命を守ってくれた上、その後もがんばってくれたよね。もうこれからは傷つけたりしないよ。
聖テアイアは、もう一つ話を変える。
「最後に大事な用をお伝えしなくては。アシラシスは大変危険で強いです。エイレギノザムどころではありません。そこで大聖者様が、姫の鏡と騎士達の聖剣に新しい力を授けたいとのことで、ぜひ一度聖域にお越し下さいと仰っております」
なんと! それってすごくないですか!
「バージョンアップ、というか、パワーアップしていただけるんですか?」
「ば、ばーじょん? パワー?」
おっと。聖者様でも、向こうの言葉はわからないこともあるんだね。そういえば、アーちゃんにも最初伝わらないことがあった。こちらで変換できる言葉には制限もあるようだ。
「強化増力して頂けると?」
フェカリス、ナイスフォローありがとう。
「そうです。それにフィアさん」
突然名指しされて、アーちゃんが飛び上がった。
「は、はいっ!」
「あなたにもお渡ししたい物があるそうです。大聖者様は今、聖域の神殿を出ることが叶わないため、また訪れた者にしか力を授ける事を許されておいでにならないので、ご足労願いますが、どうぞ早めに聖域にお越し下さいませ」
それだけ言うと、聖テアイアが立ち上がった。
「それでは皆様、お邪魔いたしました。皆様の心に平穏が訪れますように」
ああ、その笑顔……まさに癒しの聖者様。向こうの木戸心の怪我も治ってしまいそう。
「お会いできて光栄でした!」
店の扉の前で皆で見送る中、手を振った聖テアイアの姿は光となって煌く風と共にすぅっと消えた。おおお、すご~い!
「一生忘れません!」
まだ店のご主人はひれ伏したままだった。
もう光も見えなくなった空を見ながら、フェカリスが言う。
「聖域に来いってさ」
「旅もいいんじゃない?」
ピロイからの方が聖域に近いとのことで、私達はヘルネの城には戻らず、そのまま旅立つ事になった。そんなわけで、親子水入らずの日はまだ遠いみたいだね、お父様、お母様。
その前に……。

「良かったね、ナリ。壊れて無かったよ」
「はい」
すっかりお昼になったころ、私達は約束通りナリの育った家を見に行った。
小さな小さな部屋。思い出がいっぱい詰まった家に今住んでいたのは、丁度当時のナリと同じくらいの少女と両親だった。
「皆さんが無事で良かったです」
「そうね」
狭いながらも、きっとこの家族のように身を寄せ合って暮らしてたんだろうな。ほんわかと心が温かくなった一時だった。
ピロイの王様はお父様とお母様からナリの生い立ちを聞き、孫だとわかると泣きながら謝って引き取りたいと申し出たが、今度はナリがそれを断った。
「おじい様のことは恨んでおりません。私はずっとこのピロイを故郷と思っております。ですが、もう少しヘルネの王様、王妃様、そして姫様達のお側にお仕えしたいと思います。我侭を聞き入れていただけますか?」
魔物と共にすっかり心の闇も消え去ってしまった王様は涙ながらに頷いた。
「いつでも戻って来ておくれ」
「はい」
こちらはめでたしめでたしでいいよね。
ルブラムさんや他の兵士達は、破壊してしまった他国の村や町を、少しでも再建するために旅立つという。プーちゃんのいたオアシスの村にもいずれは生き残った人達が戻るだろう。
「さて、それでは私達も行きますか」
「そうだな」
フェカリス、アーちゃん、プーちゃん、そして私。
今度は四人で聖域を目指して行きますか。

こっちはまあ良いよ。さてさて、日本の方はどうなるんだろうか?

くすぐったい。
そうだ、私、今病院で身動きが取れないのだった。
この感じは、誰かが私の体を拭いてくれているんだ。お母さんかな。
目を開けると真っ白な光が飛び込んで来た。
「起こしちゃった?」
聞こえた声が、お母さんじゃなく、違う女の人の声でドキッとした。
妹でも看護婦さんでも無い。でも知ってる声。
私は慌てて飛び起きようとしたけど、体が重くて起き上がれなかった。
「無理しないで。まだ寝てなきゃ駄目」
優しい口調だった。でもそれが逆に怖い。
「成美さん……」
「びっくりした?」
「はあ」
そりゃ驚きますとも。
なぜ成美さんが、主任はともかく、憎い仇のはずの私のお世話をしてくれてるんだろう。
「くすぐったい?」
「いえ、き、気持ちいいです……すみません、でもどうして……」
成美さんは答えず手も止めない。
ああ、でも本当に気持ちいい。この絶妙の優しい力加減。それに、少しでも冷たくなったら、お湯でタオルを絞り直して、常に丁度いい温度にしてくれるという細かい気配りまでしてくれている。お母さんだったら構わずにゴシゴシやりそうだもんな。
うっとりしかけたけど、荒れたところなんか一つも無い綺麗な手で、こんなことをしてもらうなんて物凄く気の毒だ。
「……ホントにゴメンなさい」
私は謝ることしか出来無かった。
主任が成美さんのことをどう思っていようが、私と一緒にいることが運命で決められていようが、彼女が主任の婚約者だったというのは事実なのだ。
彼女は言った。婚約者に逃げられる女がどんなに惨めか、女ならわかるだろうと。確かにわかるだけに、彼女には申し訳ない気持ちがあった。その上、今回の事態だ。恨まれて当然なのに……。
「何謝ってるのよ。私の方が謝らなきゃいけないのに」
「成美さんは少しも悪くないです! 私が勝手に……」
私はまたも起き上がりかけて、体中が痛くて断念した。
「まだ無理だって。幸い首や背骨は折れていなかったし、内臓も頭も大丈夫で良かった。でも、太ももと肋骨にはヒビが入ってるし、打ち身が酷いから動かないで。車にぶつかってヒビで済んだのは、その豊かな胸のおかげね。羨ましい」
ふむ。いつも凶器などと呼ばれてるこの胸が、生まれて初めて役に立った?
確かに成美さんは他は完璧なのに胸だけ残念な感じなのね。でもそこがスレンダーに見えて魅力だと、乳だけ女は逆に羨ましい。
「エアバッグみたいなもんですね」
私が言うと成美さんが声を出して笑った。よく見るとこの人はとても可愛い笑顔だ。こんな笑顔の人が、主任に嫌われるほど悪い人には思えない。
「……私、あなたに酷い事を言ったわ。わかってたの、もうとっくに慎吾は私のものにはならないって。なのに……その上こんな目に遭わせて、泣いて謝りたかった。もし目を覚まさ無かったらどうしようって。でも良かった」
成美さん……私こそ、土下座してでも謝りたいのに。大事な人を盗っちゃったのは私なのに。今ならわかるよ。本当に好きだったんだろうなって。
なのに、私は酷いことを言ってしまった。
『そりゃ婚約者に逃げられるわよ。バッカじゃないの、あんた!』
それに勝手に飛び出したのも私なのに。
「私も酷いこと言いました。ごめんなさい……」
でも、私にはそれしか言えなかった。どう言葉にしていいかわからないのだ。
「その覚悟の前じゃ、もう誰も何も言えないわよ」
目を細めて、私の手を見た成美さんが微笑んだ。まるで、向こうの世界で魔物の棘と一緒に心の闇も消えてしまった人達みたいな、そんな澄んだ微笑。
この手は、ずっとずっと繋いだまま。
しばらく黙って体を拭いてもらった。鼻の酸素チューブもドレーンもなくなってるし、首の簡易ギブスはもう取ってもいいらしい。地面にぶつけて頭に切り傷が出来たものの、脳への異常も無く、ムチ打ちも酷くないみたい。首の辺りを拭いてもらうと、とてもすっきりした。
成美さんがすごく手馴れてるのは、介護の資格も持っているからだそうで、美人でお金持ちのお嬢様なのに頑張ってるんだと感心する。
もう少ししたら何か食べようね、そう優しく言って成美さんが椅子に掛けた。
そういえば、主任は起きないな。向こうでまだ色々と準備に忙しいのだろうか。
主任が眠っているのを確認してか、成美さんが話し始めた。
「慎吾は顔はいいし頭もいい。でもどこか抜けてるの。何でも思い切りが悪いっていうか。結局、ずるずる周りに何もかも決められちゃって。そんな慎吾が自分の我を通したのは、医学部に行かずに勝手に留学した時と、今回の事くらいじゃないかしら」
……うん、どこか抜けてるという意見には激しく同意出来る。
それにしても、随分と昔から知ってるって感じ。幼馴染だとか?
「主任……慎吾さんとは長いお付き合いなんですか?」
「長いといえば長いわよ。お互い幼稚園の頃には勝手に父親同士で将来は一緒に……なんて決めていたらしいから。高校を出るまでは、年に数回会う程度だったけどね」
年に数度でも子供の時から会って相手の事を知ってるんだ。私は……まだ出会って一年ちょっとだよ。そう思うと寂しくなる。
「正直、私も少し前までは親同士が決めた事なんて勘弁してって思ってた。昔のドラマじゃあるまいしね。でも、いつからかな。会うたびに私に冷たい態度をとるこの人を、いつか振り向かせてやるんだって、意地になってる自分に気がついた」
そういうのも、トモちゃん辺りに言わせると恋してると言うんだろう。やっぱり好きだったんだね―――。
「特に最近は歳も歳だし、いい加減焦りも加わってね」
「……失礼ですけどお幾つ?」
「二十六よ。もうすぐ七」
「……私と一つしか変わりません」
私がそう言うと、成美さんに物凄く意外そうな顔をされた。スミマセン、落ち着きが無くて童顔で。
「だからわかります。周囲がやたら押せ押せムードになる年頃なんですよね。これで三十過ぎたら一旦忘れてくれるらしいんですけど」
「そうそう。五を過ぎると二十四までまだ若い扱いだったのに急に変わるのよね」
独身女あるあるで、なぜか酷くシンパシーを感じて二人で笑った。やっぱり、女同士で通じるものがあるなぁ。
「そうか、心さんも大人なんだ。良かったわ、慎吾は若い子をたぶらかして酷い男だと思ってたけど。私の事、許してくれるなら仲良くしてね」
「許すも何も。私こそ恨まれて無いならぜひ!」
私の場合、内面まで大人かどうかは微妙だけども……。
微妙な関係ではあるが、成美さんは根はとても素直でいい人だと思う。
ねえ、主任。あんたは結構勿体無い事したと思うよ? きっと周りに決められるのが嫌で、知るのを避けてたのかもしれないけど、成美さんのことをもっと良く知っていたら、きっと上手く行ってたと思うよ。
確かに、これが人の縁ってやつなのかも知れない。
向こうで聖者様も言ってた。縁があるから近くにいたって。私と主任はこうなるようになっていたのだから、仕方が無いのかもしれないけど……でも、やっぱり成美さんも可哀想だと思うよ。
「ああ、そうだ。冷たい態度や言い方をするのは成美さんにだけじゃ無いですよ。私も散々会社で嫌味や愚痴を聞かされました」
「ホント素直じゃないわよね、言いたい事は言えないくせに」
「すぐに赤面するくせにね」
なぜか変な所で意気投合して、女二人でくすくす笑っていると、横から声がした。
「お前らさ、人のことを思いきり言いたい放題だな」
おや、お目覚めでしたか主任。ってかいつから起きてた……。
成美さんが少し意地悪に言う。
「やだ、聞いてたの?」
「聞えるっつーの」
呆れたような主任の声に、女二人で目を合わせて笑った。成美さんとは仲良くなれそうな気がする。
繋ぎっぱなしの手がやっと離れた。
むくっと起き上がって、主任がベッドの上に正座するのが見えた。
「……成美、その……ゴメン」
よし、よく謝った。
「親父に反発してたのもあるけど、別にお前の事を嫌いだとか、そういうんじゃないんだ。どっちかって言うと好きだった。でも、違ったんだ」
最後のでも違ったという言葉に成美さんが反応する。
「……わかるわよ。私はあなたの運命の人じゃないって知ってたもの」
どきっ。何かそういう言い方をされると、向こうでのことまで知っているみたいで焦った。偶然だったみたいだけどね。
更に成美さんから主任への言葉は続いた。
「私もあなたに謝らなきゃ。あれだけ追い回しておいて、大事な心さんにこんな怪我までさせたのに……私、今はもう他に好きな人出来ちゃった」
へ? おおっ、そいつはっ。
「だからあなた達の気持ちがわかるの。出会った瞬間に、この人が運命の人だと思えた。あなた達もきっとこんな感じなんだろうなって」
出会った瞬間は違ったけど、今はそう思っている。二つの世界で、私達はずっとずっと一緒にいないといけないとわかったから。月が二つあるように、鏡に映したように。対を成すものなのだと。成美さんにも対を成すものが存在してるはずなのだ。だから、これでいいのよね。きっと。
主任は成美さんに言う。
「し、幸せにならないと駄目だぞ」
「……やっぱり噛むのね、慎吾は」
ホントだ。すっと言えてたらカッコイイ台詞だったのに。
「今度、私にもその運命の人、紹介してくださいね」
「ええ。早く元気になってね。一緒にお買い物に行ったり、お話したりしたいわ。慎吾、心さんを泣かせたら承知しないからね」
にっこり笑った成美さんの顔は本当にスッキリしていた。
良かった。私もスッキリしたよ。主任はちょっと複雑な顔をしてるけどね。

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