【書籍情報】
タイトル | 最悪の魔女スズラン part1 三悪集いし小さな村 |
著者 | 秋谷イル |
イラスト | |
レーベル | ペリドット文庫 |
価格 | 600円+税 |
あらすじ | 齢十七にして『最悪の魔女』と呼ばれるヒメツル。彼女はある日、親友からの依頼をきっかけに未来予知の能力を手に入れた。ところがその能力で知ったのは、彼女をどこぞのド田舎に封じようとする神々の計略。企みを阻止すべく計画の要となる少年を赤子のうちに始末しようと動き出したものの、なんと返り討ちにあい自分も赤ん坊になってしまった。神々の作戦は成功したのだ。けれど、それはヒメツルにとっても思わぬ幸運をもたらすことに。 この物語は、かつて『最悪の魔女』と呼ばれた田舎娘スズランと彼女の幼馴染モモハル。そして彼女の愛する小さな村の人々が世界を救うことになった、その伝説の始まりの一幕である。 |
【本文立ち読み】
最悪の魔女スズラン part1 三悪集いし小さな村
[著]秋谷イル
― 目次 ―
開幕・窓の向こう側
一幕・最悪の魔女
二幕・魔女はどこへ行った?
三幕・眼神の計略
四幕・神子の誕生
五幕・夢で遭えたら
幕間・怒り
六幕・離れられない少年少女
七幕・転機の訪れ
八幕・信心を得る
幕間・災害師弟
九幕・人形劇
十幕・眠れる檻の魔女
十一幕・ゆうしゃモモハル
十二幕・本当の彼女
幕間・人異災害
十三幕・揃い踏み
十四幕・この指とまれ
十五幕・世界を照らす歌声
閉幕・小さな村の小さな魔女
開幕・窓の向こう側
こんこん、私はノックしています。あなたの目の前にある、その窓をです。私の声が伝わる窓は人によって見え方が異なるみたい。あなたのそれは手に持てるほど小さな機械? それとも劇場のスクリーン? 本として開かれていたりして。そうならとても素敵。
はじめまして、どちらからいらしたの? 後ろに日本語が見える気がするわね。もしかして日本人?
懐かしいわ。私はイギリス生まれだけれど、三歳の時から日本で暮らしていたのよ。夫は日本人で、その頃からの幼馴染。
あ、私? 失礼、名乗るのを忘れていたわ。夏流《かながれ》 マリアよ。でも『彼女の無意識』と呼んでくれてもいい。
ふふ、いきなり『彼女』なんて言われてもわからないわよね。もう一人の私といったところかしら。根は良い子なんだけど最近は少しばかりお転婆が過ぎて世間から『最悪の魔女』なんて呼ばれているの。
なにせ生まれつき魂の重力が強いものだから波瀾万丈。そうなってしまうことが決定付けられている。
大きな力を持つ者にはね、それに見合う重い宿命が課されるの。世の理はそういう仕組みで出来ている。
重い宿命とは魂にかかる重力と言い換えても良い。あの子の重力は途方もなく強く、周囲の人々を巻き込んでさらに増大していく。
世界の行く末すら彼女の選択次第。そういう歴史の分岐点に現れる存在を私達は『特異点《とくいてん》』と呼ぶわ。
興味が湧いた? なら、これから始まる舞台を鑑賞しましょう。私も一緒に付き合うから。主役はあの子なの。
えっ、私は演者じゃないのかって? そうとも言えるし、違うとも言える。この身はすでに表舞台に立つべきではない。
もし私がまたあのステージに立つとしたら、それはとても悲しい出来事が起きてしまった時か、あるいは幸運な再会に恵まれた時。もう一度会いたい子達がいるのよね。
まあ、いつになるかはわからないけれど、そのうち必ず会えるわ。
だから今は一緒に楽しみましょう。あっ、もちろん興味が無ければ途中で退席してもいいのよ。無理強いはしたくない。
人は自由に生きるべきだと思わない? 私はね、いつだって心の望むまま進みたいと願っている。だからあなたの邪魔もしないわ。自由な人は他人の自由にも寛容なものよ。
さあ、そろそろ幕が上がる。彼女が舞台に立つ番。しっかり応援してあげましょう。もちろん声は控え目にね、ここにいることがバレちゃう。
ところで私が誰か、ちゃんと覚えてる? あら、その顔は忘れちゃったか、まだうろ覚えって感じじゃない? 改めて名乗っておこうかしら。
私はマリア。最悪の魔女の無意識。悪とは自由の異名、己が意志を貫く者。何が起きても、どれだけ犠牲を払おうともけして歩みを止めない存在。そう、だから私たちは、いつか必ず理想へ到る。
こんこん、私はノックします。あなたの目の前にある、その窓を叩いて今一度問いかけます。長い舞台の幕が上がる。物語は彼方を目指す旅のごとく、終幕までの道のりは険しく辛い。それでも付き合ってくださる?
行くのなら、さあ、この手を掴んで。
一幕・最悪の魔女
「な、なんなんだ、あの娘は……」
「魔王の生まれ変わりだとでも言うの……?」
その日、グンマ公国のハルナ湖に集結した百数十名の魔道士と聖騎士達は鉛色の曇天を見上げ、絶望した。凍り付いた湖面の上を吹く冷たい風が彼等を震え上がらせる。
一人一人が一騎当千の武力を誇る精鋭魔道士。そして神から授かった加護で超人的な身体能力を得た上、魔法を無効化できる聖騎士。二百に満たない数でありながら、その戦力は十万の兵を凌ぐ。
にもかかわらず彼等は、たった一人の少女を倒すため派遣され、そして今敗れ去った。圧倒的な魔力と悪知恵の前に。
ただ一人ホウキに乗って上空に留まっているのは十七歳の少女。ドレスに似たデザインの軽装鎧で身を包み、いかにも魔女らしいとんがり帽子の下で薄桃色の長い髪をなびかせる。
そして言い放つのだ。
「弱すぎ」
大国キョウトの最精鋭も三柱《みはしら》教の聖騎士団も、戦ってみれば大したことのない相手だった。魔道士達は束になっても彼女の防御を破れず、聖騎士達は頭の固い間抜け揃い。
魔法が効かないから何? 少し頭を使えばいいだけ。戦い方なんていくらでも見つかる。
一人も殺しはしない。生きて帰らせ、この名を語り継いでもらう。絶対的恐怖、真なる悪の象徴として。
雷鳴が鳴り響く。風が吹き荒れる。周辺一帯の大地が揺れ、凍った湖面が砕け始めた。たった一人の魔力が天災を起こして魔道士隊と聖騎士団に襲いかかる。
「私を誰だと思ってらして? 軽いおつむにしっかり刻み付けなさい。我が名はヒメツル、最悪の魔女ヒメツル! 世界最強の魔法使い!」
青い瞳がさらに強く輝く。その眼差しの前に敵対者達はただ悲鳴を上げて逃げ惑うことしかできなかった。
◇
昔々、ほんの少し昔。実のところまだ半年も経っていないほど最近の話。
齢十七のヒメツルという娘がいた。またの名を『最悪の魔女』という。
何故そんな名前で呼ばれていたか? もちろん今から説明する。
簡単に言えば性格が悪いからだ。性悪なので行いも悪い。
「愛してる。愛してますよ~。私は貴方を愛している。であれば貴方はどうしますか? どうすべきかわかっていますね?」
みょんみょん。男は目がぐるぐるになった。
「はい、全てを貴女に捧げます!」
「そうそう、大正解。でも、価値があるのは貴方の財産だけ。貴方自身には何の値打ちもありませんからね? そこを誤解してはいけませんよ」
「悲しいです……」
「あー、よしよし。なでなでくらいならしてあげますわ」
「嬉しいです!」
「嬉しいの? でしたら、お礼は?」
「なんでも差し上げます」
「ありがとう」
――とまあ、こんな感じである。彼女は歴史に名を残した傾国の美女達でさえ霞むと言われる美貌の持ち主。当然男達はそんな彼女を見て邪な感情を抱く。たとえ中身が性悪魔女だとわかっていても抗えない。げに悲しきは男の性。
ヒメツルはそれを利用する。危険性から習得を固く禁じられている魅了の魔法を躊躇なく使い、己の虜として財の全てを貢がせる。
当然、こんなことを繰り返していれば敵だらけだ。何人もの人間が彼女を陥れようとした。あるいは刃を向けて戦いを挑んだ。
けれど誰一人勝てない。
彼女があまりに強すぎるから。
「こんなもの? その程度で私に挑むなんて、少し無謀すぎではなくて?」
世界最強と称される絶大な魔力。腕の一振りで地形すら変えられるそれに敵対した者達はことごとく地べたを舐め、恥をかき、泣き寝入りする。
性悪、凶悪、併せて最悪。
だから最悪の魔女と呼ばれていたのである。
◇
世間がヒメツルを嫌う一方、彼女もあるものを酷く嫌っていた。
それは宗教。神様なんて信じても無駄。お祈りなんて時間の浪費。坊主は詐欺師の別名だ。誰に憚ることも無く常日頃から言い放題。
だからなのだろうか? 彼女はある時、とんでもない暴挙に出る。
「なんてこった……」
「最悪だ……」
その年、聖都シブヤを訪れた巡礼者達はみな絶望して悲嘆にくれた。千年の歴史ある三柱教の象徴、メイジ大聖堂が一人の魔女に燃やされてしまったからだ。
犯人は当然、ヒメツル。
荘厳にして壮麗と謳われた建築物は空から急襲して彼女の放った火で瞬く間に全焼し、何もかも灰と化した。
激怒したのは時の教皇ノースポール。彼は魔法使いの天敵と名高き三柱教お抱えの武力組織『聖騎士団』を派遣し、大陸最強の魔道国家キョウトにも応援を要請。異例の共闘をもってヒメツルを討伐しようとした。
――で、敗北した。ここまで読んだ貴方ならもうおわかりだろうが彼等は一人の少女の手で完膚無きまでに叩きのめされたのである。
あれからどうなったのかを補足すると、数日後にヒメツルが大量の武具を馬車に積んで堂々と正面からシブヤに乗り込んで来た。大勢の物見高い連中が遠巻きに列をなしてその後をついて行く。
そして焼け落ちたメイジ大聖堂の代わりに臨時の教会本部として使われることになったクマノ礼拝堂の前で停まったかと思うと、ふんぞり返って尊大な態度で呼びかけた。
「もしもーし! お届け物ですわよ! 私にコテンパンにされた聖騎士団とキョウト魔道士隊の装備品、剥ぎ取ってはみたものの別にいらないからわざわざ返却に来てあげましたわ!」
「最悪の魔女ォ!」
怒髪天で飛び出して来たのは教皇ノースポール。痩せ型で神経質そうな顔にメガネをかけた老人。
彼は自ら剣を抜いてヒメツルに斬りかかろうとした。
けれど他の者達に止められる。
「聖下! 危険でございます!」
「相手は聖騎士団を倒した魔女です!」
「我等ではどうにも!」
「ええい、うるさい! もはやこの小娘には我慢ならん! 散々我等の神を愚弄した挙句、大聖堂にまで火を点けおって! あれで何人犠牲者が出たと思っておる^!?^」
問われたヒメツルは少し考え込む素振りをしてから両手を上げて頭を振る。
「さあ? 貴方達の神様が見殺しにしてきた数よりは少ないんじゃなくて?」
「なんだと貴様! いつ我等が三柱が人々を見捨てたとぬかす!」
「四六時中」
ヒメツルは宗教が嫌いだ。そも神様なんて存在していない。万能のそれが実在していると言うのなら飢えて死ぬ者などいない。理不尽な暴力に晒され苦しむ人間もいない。戦争なんか起こらないし誰かが悲しむこともない。
「神がいるのに世界がこの有様なら、それは彼等が人の幸福になど無関心な証でしょう。いい年なんだから、いいかげん目を覚まして現実を見なさいな。お祈りで腹が膨れますか? 像を拝んでいたら平和になりますか? 中身の無い空っぽの偶像じゃ誰も救えやしないんですよ!」
だからヒメツルは宗教が嫌いだ。
大っ嫌いだ。
「神の真意は貴様などには計り知れん! 苦難は全て我等の成長を願う試練であり愛情なのだ!」
ノースポールも負けじと言い返す。両者の視線は真っ向からぶつかり合い空中で火花を散らした。
やがてヒメツルは少しだけ斜に構えて笑う。
「流石は教皇聖下、聖騎士達より歯応えがあります。でも貴方でも結局私に勝つことはできないでしょう? なんならこちらの礼拝堂も跡形も無く消し飛ばしてあげましょうか?」
「貴様……!」
「聖下!」
ヒメツルの挑発に簡単に乗ってしまう彼。必死で取り押さえる側近。
とはいえ別にヒメツルは彼にケンカを売りに来たわけではない。そろそろオムツが必要だろう高齢者をいじめたって何も楽しくない。
彼女がここへ来たのは、もっと大きな挑戦のためだ。
再び正面から教皇を見据え、彼の胸に提げられている三本の柱を三角形に組み合わせた三柱教のシンボルを不敵な笑みを浮かべながら睨みつける。
「それが嫌なら! もう二度と私に好き勝手させたくないと言うなら、次は『神』が自分でかかって来なさい! いつでも受けて立ちましょう!」
「図に乗るなァ!」
――これが後に『シブヤの宣戦布告』と呼ばれる事件である。神に対して上から目線で挑戦状を叩き付けたヒメツルに、しかし信徒の庭であるシブヤの住人達は何もできなかった。罵声を浴びせることも石を投げつけることもせず、ただ黙って彼女の一挙一動に怯えるだけ。
唯一真正面から立ち向かった勇敢な教皇ノースポールも怒りのあまり卒倒して病院送り。数日後には現役続行は命に関わると判断されて引退。
ヒメツルは結局、言いたいだけ言って「それでは、ごきげんよう」と嘲笑しながら飛び去って行った。自慢のホウキに跨り、尋常ならざる速度で南の空へ消えた。
かくして三柱教は完全敗北を喫し、最悪の魔女の悪名はさらに恐れられるものとなったのである。
◇
しかして、それから二ヶ月後のこと。
最悪の魔女ヒメツルはいずこかへと消えた。以後、彼女の消息を知る者はいない――
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