転生先は、秘書官C(魔王直属)2

 


【書籍情報】

タイトル転生先は、秘書官C(魔王直属)2
著者猫宮乾
イラストにむまひろ
レーベルフリチラリア文庫
価格350円+税
あらすじかつて魔王様の秘書官をしていた僕は、ある日、派手に怪我をして勇者パーティの医術師に助けられた。その後、紆余曲折を経て晴れて恋人同士となった僕たちは仲睦まじく暮らしている。今回は、神殿調査をしたり恩師に会いに旅に出たりすることになって――大人気異世界ファンタジー第二弾。

【本文立ち読み】

転生先は、秘書官C(魔王直属)2
[著]猫宮乾
[イラスト]にむまひろ

※この作品は縦書きでレイアウトされています。
※この作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件とは一切関係ありません。

 

【序章】

『決して人間であった事を言ってはならない。今後は、魔族として生きる事になる。魔族に生まれ変わった、そう理解しろ。それ以外に生きる術は無い』

初めてその言葉を聞いた時、僕は自分が魔族に転生したのだと思ったのだ。
だが実際は違って、人間だと知られると排除されるから、黙しているようにという趣旨だったらしい。今ではこの言葉を耳にした日の記憶が懐かしくて、どうやら自分は魔族ではなく、人間だったようだと、日々感じるようになった。魔族の土地よりも、今ではこの街の方が、馴染み深くなってきた気がする。
苛烈を極めていた魔王軍と勇者パーティ及び人間の兵士による戦闘が停戦してから、約一年が経過した。当初、魔王軍所属の秘書官Cとして、医術師であるエルトの記録を綴っていた僕は、人間だと判明して以後、魔族の土地に最も近い、ナルゼラの街の一角で、エルトと共に暮らしている。
勇者パーティの医術師だったエルト=シュタイナーと、秘書官Cこと――サイという名前の僕は、今では恋人同士だ。
ナゼルラの街に構えた、僕とエルトの家で――この日、僕は最近覚えたお洗濯をしていた。真っ白なシーツを、青空の下、庭に干してあったから、取り込むために手を伸ばす。
「サイ」
その瞬間、抱きしめられて、僕は目を丸くした。白いシーツの影からエルトがニヤリと笑って姿を現した。全然気付かなかった。抱きとめられた腕の中で、僕は真っ赤になってから、空を見上げる。シーツの白と雲の色は、よく似ていると思う。
「ただいま」
僕を抱きしめているエルトの服も、白い。医術師の正装姿だ。今日は、街の医術師会に請われて、特別な患者さんを見てくると話していた。だからてっきり遅くなるかと思っていたので、僕は小さく息を呑む。
「早かったね」
「お前に早く会いたくてな」
「……僕も、エルトと一緒にいたい」
おずおずとエルトの背に、僕は腕を回してみた。エルトの髪が僕に触れている。
現在、僕は幸せな日々を送っている。
まるで、過去が嘘みたいだ。僕は、エルトの腕の中で、何気なく昔の事を思い出した。
――あの日、退路が絶たれた廃教会において。
水が道に満ちていたから、その教会がある場所だけが、ぽっかりと湖の上に浮いていた。僕は、帰還出来なくなるなんて……エルトに誘い込まれたなんて、全く気づいていなかった。
『ァ……』
そこでその夜、僕はエルトと初めて体を繋いだ。固い椅子の上に押し倒されたあの瞬間は、混乱の方が強かったから、今でも思い出すのは動揺ばかりだ。ただ、優しく口づけをされた事は、しっかりと覚えている。

――秘書官C。
そんな名前で認識されてきた僕は、あの当時は、平々凡々な魔族の一人として、魔王様直属の秘書官として働いていた。有り体な魔族……にしては、魔力が他のみんなよりも弱かったから、毎日が厳しかったけれど、生まれ持った治癒能力のおかげで、なんとか生活をしていた。僕は自分の癒しの力こそが、唯一の魔力らしい力だと、この頃は信じていた。
『……お腹すいたなぁ』
魔族の主食は、お肉だ。時にはその中に、人間の肉や魔物の肉も含まれる。
僕はどうしてもそれらを食べる事が出来なくて、いつも魔道具のミキサーで作ったチョコバナナシェイクばっかり口にしていた。そんな日々が、ずっと続いていくんだと、僕は信じていた。数少ない僕の食べられるものは、主に果実で、きっと自分は偏食なんだろうと信じていた。いつもひもじかったけれど、それでもどうしても、僕は人間のお肉や魔物のお肉を口にする事は出来なかったのである。
転機が訪れたのは、不運にも困難な仕事……勇者パーティの医術師であるエルトの行動を記録する係りに任命されてしまった時である。
『医術師の担当は、秘書官Cとする!』
それを聞いた時は、泣きそうになってしまった。
正直、嫌だった。
前線で激しい戦闘を繰り広げている魔王様の軍隊と、勇者一行、人間の兵士達。
彼らに近づき記録を取るというのは、それだけ怪我をする機会も増えるという事を意味していたからだ。
『あまり無理はするな』
あの日、そう言って、僕の保護者の代わりでもあるリューク様は、苦笑しながら送り出してくれたのだったような気がする。リューク様は、僕にいつも優しかった。
僕はその後、真面目に仕事をこなしていった。
勇者パーティの医術師であるエルトの、起床から就寝までを事細かに記録し、彼が怪我人の手当を医術ですれば、意味は分からなかったがその内容を可能な限り緻密にメモした。
『――で?』
『!』
僕は完全に隠れながらエルトを眺めているつもりだったのだが……ある日、エルトに捕まった。
……エルトいわく、僕は木からはみ出していたらしい。
エルトは、僕の存在に、最初から気づいていたようだ。
手首を握られ、声をかけられた時、僕の心臓はギュッとなったものである。それが、僕とエルトの出会いだ。
暗い色彩の髪を揺らし、少し意地の悪い色を瞳に宿していたエルトは、濃い緑の目で、あの日じっと僕を見て、口角を持ち上げていた。鼓動が早鐘を打つばかりで、上手く身動き出来なかった僕はあっさりと捕まり――エルトに記録していたノートを取り上げられた。
『なんだこの秀逸なカルテは!』
エルトにそう言われた事を、僕はよく覚えている。自覚は無かったが、僕のノートは、エルトにとっては価値があるものだったらしい。そんな出会いの以後、エルトは度々、僕が必死に記録しているノートを取り上げるようになった。そうされると、仕事の成果が消えてしまうに等しいから、僕は泣く泣く、前の記録を思い出して記述したり、大量の資料を用意するはめになった。エルトは酷い人間だと感じていた。
そうしてある日――僕は、エルトに廃教会へと誘われたのである。いつもの通り、身を隠して追いかけていたつもりだったのだが、エルトはそんな僕に気づいていたようで、僕はあっさりと誘い込まれた。
『運命の番、か』
エルトはその廃教会で、静かにそんな事を述べた。水のように静かな声音でエルトは語っていたのだが、僕はエルトの澄んだ声に聞き惚れるばかりで、ノートも取り上げられていたから、あまり詳細には覚えていない。確か古の国、コルツフェルドとアルバジルのお話だったとは思う。
ただ一つ、鮮明に覚えているのは、エルトの深い緑の瞳が、本当に綺麗だった事だけだ。
水が引いて朝が来ると、血相を変えたリューク様と勇者が、僕とエルトを迎えに来た事も覚えている。
それから暫くして、ある人間の国が、コルツフェルド由来の古代兵器を発掘した。そして操作を誤った。この兵器への対応で、魔族と勇者パーティは共闘し、その戦闘が行われた現地には記録係の秘書官として、僕もいた。結果、僕は負傷し……目が覚めるとエルトが介抱してくれていた。そして僕は――自分が魔族ではなく、人間であると知らされたのである。
当初は信じられなかった。今もまだ、完全には信じきれない時がある。
だが……そうした日々を過ごし、時が流れた現在、それでもエルトと共に紆余曲折を経てから、一緒に暮らすようになった僕の毎日は、とても幸せである。

【続きは製品でお楽しみください】

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