帝城の花は鋭利な賢帝に愛される ~王女と愛の策謀戦~

【書籍情報】

タイトル帝城の花は鋭利な賢帝に愛される ~王女と愛の策謀戦~
著者朝陽ゆりね
イラスト緋月アイナ
レーベルフリージア文庫
価格400円
あらすじ婚姻の儀、なんと花嫁が差し代わっている! 若き皇帝は愛する王女との愛を貫くため、大国の野心を挫く策を張り巡らせる。その策は冷淡で側近すら惑うもので…!

若き皇帝カルロと王女リゼッタの婚姻の儀が執り行われる。だが、そこに現れたのは別の女性だった。驚く周囲をよそにカルロは平然と状況が変わったと告げる。そしてリゼッタに、皇妃の侍女として仕えるよう命じる。理不尽な命令にも反論せず、カルロとの絆を信じて健気に振る舞うリゼッタ。一方、カルロは属国内の大国二国が、それぞれ内紛に至るかもしれないという重大事件に直面していた。これを平定し、リゼッタとの愛を貫くために、非情な手段に出るのだが――。大人気『帝城の花は怜悧な貴人に絆される ~女騎士と恋の攻防戦~』のスピンオフ登場!

【本文立ち読み】

帝城の花は鋭利な賢帝に愛される ~王女と愛の策謀戦~
[著]朝陽ゆりね
[イラスト]緋月アイナ

もくじ

プロローグ
第一章 貶められた花嫁
第二章 それぞれの立場、それぞれの不満
第三章 どこもかしこも、不穏
第四章 暗転、絶望
第五章 愛のために戦え――エルダーとジルベール
第六章 愛のために戦え――カルロとリゼッタ
第七章 帝城に咲く麗しき花
エピローグ

番外編

プロローグ

「リゼ」
前を歩く婚約者が名を呼んだ。
このヴィリスタ帝国の若き皇帝、カルロ・ヴィガー・ベスターその人だ。
「はい」
返事をすると、その人がゆっくりと振り返る。
いかにも利発そうな整った顔には笑みがない。明後日、二人の結婚式だというのに。
二十歳とは思えない童顔だが、鋭く澄んだ瞳は黒曜石のように輝いている。
見た目とは異なり、この男は腹と肝が据わっていて、決断が早く迷いがない。併せて、容赦もない。
年齢と童顔に侮ると痛い目に遭うのだが、意外とそのことに気づいていない者が多いのは、口調が穏やかで言葉遣いが丁寧だからだ。
わざとなのか、それとも地なのか。それはリゼッタにもわからない。
カルロはリゼッタの面前まで歩み寄り、そっと頬に触れた。
「どうか私を信じてほしい」
「信じておりますが」
「いや、きっとあなたは私の心を疑うだろう。その時のことを言っている」
リゼッタは小首を傾げた。
「あなたは思慮深い人だ。私のことをよく思わない者たち、彼らの有利になるような言動はしないとわかっている。私は、そんなあなたの心を傷つけてしまうことが心苦しい」
「皇帝陛下の妃になることは、多くの幸福をいただくと同時に、多くの苦痛も伴うことと肝に銘じております。わたくしは陛下の懐剣と心得ております。陛下こそ、どうぞ、案じなさいませんように」
リゼッタはドレスの端をつまみ、わずかに腰を落として淑女の礼を取った。
「懐剣、か。それは心強いな。私はよい伴侶に巡りあえたことを神に感謝しなければ」
二人の目が合うと、カルロはうっすら笑った。
「もう感謝している。深く」
カルロは言うと、首からペンダントを取りだし、それをリゼッタの首にかけた。
「これは私の、あなたへの誠実だ。持っていてほしい」
「かしこまりました。確かにお預かりいたしました」
微笑むリゼッタをカルロがそっと引き寄せ、額に優しく口づけた。
「私たちの未来が輝かしいものになるように」
リゼッタは微笑んでその言葉を聞いているが、胸の内では彼の意図を察し、これから起こるだろう不穏に不安が湧いて広がっていくのを強く感じていたのだった。

第一章 貶められた花嫁

「いよいよ明日ね」
「そうね」
リゼッタ・バルゲリーは、異母姉妹あり身辺護衛士だったエルダー・ロワの言葉に同意した。エルダーは今、皇太后の身辺護衛士の任についている。
ヴィリスタ帝国は二十一の属国を従える。
リゼッタとエルダーの祖国であるグラスティス王国は、その下から数えたほうが早い農業小国であった。
皇帝領から遠く離れ、北西方面に連なる山脈を背に隣国と接している。東部には大湖があり、三方を自然の要塞によって守られているため、国王は武器を集めて中立国家を目指したのだが、それが前皇帝の耳に入った。
王女であるリゼッタは、父王にかけられた謀反の疑いによって人質としてこの皇帝領にやって来たものの、その忠義を認められ、この度、新皇帝カルロ・ヴィガー・ベスターの妃に選ばれて挙式の運びとなった。
皇帝カルロは前皇帝が崩御するとすぐに後宮を封鎖、これを廃止してしまった。それゆえ、彼が側妃を置くことは考えにくく、リゼッタが皇后になることは決定的であった。
小国の末姫が新皇帝に見染められ、皇后の位に就くことは、皇帝領に住む多くの大貴族や、属国の王族たちの不興を買うことは必然であり、リゼッタの未来はけっして明るいものではない。
現に、金髪に碧眼、小柄で愛らしいリゼッタの容姿にたぶらかされたと批判している者がいる。それも少数ではない。それでも婚姻の運びになったのは、ひとえに現皇太后がリゼッタとその従者であるエルダーを気に入っているからである。
国母の絶対的な庇護を受けている二人だ。皇太后の目が黒いうちは、正面きってケンカを吹っ掛ける者はいないだろう。
「陛下、ずいぶん喜んでいらっしゃったけど、私は複雑」
ここで言う陛下とは、グラスティス王のことだ。
王の落胤であるエルダーにとっても父なのだが、彼女はそれを受け入れず、臣下の態に徹している。
国軍左大将軍を務めた祖父が断固として王籍に入れることを拒み、本名はエルダー・バフェット=バルゲリーというのだが、国家開闢を行ったとされる花の女神ロワの名を名乗っている。
グラスティス王国では花の女神ロワの名を名乗ることで、王の落胤であるという事実を、一部の者たちで情報共有するのだ。
エルダーは左大将軍であった祖父によって騎士として育てられた。
女ゆえ腕力ではかなわないが、剣と銃の腕は確かだ。今も腰には長剣とマスケット銃を下げている。グラスティス王国の軍人の中でも、エルダーの腕前に勝るものは少ない。
今は皇太后の護衛士に任命されてその役目に就いているため、純白の地に金糸の刺繍を施された騎士服に身を包んでいるが、凛々しさだけではなく優美さも備えていて、エルダーは貴婦人たちに大人気だ。
ちなみにエルダーの銃の弟子であるリゼッタも、その腕は素晴らしい。華やかなドレスの中には、護身用のピストルが隠されている。
このピストルこそが、大公の起こした謀反時に皇太后を守ったのだ。
「そう? どうして?」
リゼッタはエルダーの言葉に小首を傾げた。
「愛しいリゼがカルロさまに選ばれたことはうれしいわよ? とっても誇らしい。だけどね、皇后なんて嫉妬を一身に受けるのよ。しかも我が国は弱小農業国と見下されている。敵だらけの輪に飛び込むなんて、不安でいっぱいよ」
「皇太后さまが味方してくださるから大丈夫よ」
「……だといいけど」
エルダーにとってリゼッタの返事は楽観すぎるように映るけれど、いちいち小言を言うのもどうかと思い、小さな吐息でやり過ごした。
「だってエルダー、他でもないあなたが皇太后さまの身辺護衛士なのだから。世界に向けて、リゼッタには手出し無用って告げているのも同然だわ」
そう言われたら、そうかもしれない。
「エルダーは心配性なのよ。私はもうすぐ十七よ? しかも人妻になる。そう遠くないうちに母にもなるでしょう。立派すぎるほど立派な大人だわ。それよりも、エルダー、私はあなたのほうが心配だわ?」
その言葉に、エルダーは口に運んだグラスの水を噴きそうになった。
「心配って」
「ジルベールさまは女性に大人気よ? いつ取られるかわからないわ」
ジルベールとは軍事大国バルカスト王国の第二王子ジルベール・デュラン・マルベールのことだ。
現在は身分を伏せ、自国の公爵位マルシュール公爵の次男として帝城に居を構え、カルロの近習として働いている。
ちなみにマルシュール公爵家は王族の分家筋であり、家名が似ているのでわかりにくい。バルカスト王国では家名に『マル』とつくと王家筋であった。
リゼッタのジョークにエルダーは思わず額を覆った。
「やめて」
「そうかしら。ジルベールさまは王子の立場を伏せ、生涯ここでカルロさまをお守りになるわ。エルダーも今は皇太后さまの身辺護衛士だけど、いずれはまた私の護衛士に戻って、生涯をこの帝城で暮らす。結婚したってまったく問題ないでしょ?」
「そういう問題じゃないわ」
「そうかしら」
「そうよ」
エルダーは持っていたグラスをテーブルに置いた。
「昨日は独身最後の逢瀬だったけど、あまりゆっくりできなかったわね?」
話を変える。リゼッタはうっすら笑った。
「とにかくお忙しい方だから。でも、信じているから大丈夫よ」
「リゼ?」
「なに?」
「え、いえ、なんでもないわ。……いえ、なんだか元気がないから」
「そうかしら?」
「そうよ。リゼは花嫁なのよ? 明日、結婚式なのよ? 帝国の国母になるというのに、顔が暗いわ」
リゼッタは目を丸くし、それから今度はクスクスと声を出して笑った。
「本当にエルダーは心配性ね。なんというか、確かにカルロさまはよくしてくださったわ。でも、だからって大恋愛の末の結婚、というわけじゃない。私などよりふさわしい貴婦人はたくさんいるし、政治的にも有効な方を選ぶべきだったんじゃないかって気がするの。そう思ったら、手放しに喜んではいられないと思って」
「リゼ」
「学ばないといけないことが山ほどあるわ。それに、今までは守られてばかりだったけど、これからは自分自身が強くならないといけない」
「そうね。皇后になるのだもの」
「ええ」
にっこり微笑むリゼッタ。エルダーはその愛らしい顔を見つめ、それから立ち上がった。
「いずれにしたって、リゼは明日、皇帝カルロさまの妃になるのよ。素晴らしいことだわ。今は皇太后さまの身辺護衛士だけど、私はとこしえにあなたのしもべよ。我が主、リゼッタ・バルゲリー王女殿下」
「頼もしいわ。我が愛しきエルダー・ロワ。ともに帝国を支えてまいりましょう」
「御意にございます」
エルダーは胸に右腕をやって騎士の礼を取り、リゼッタの部屋をあとにした。
「エルダー、あなたが傍にいないことは不安だわ、とても。だけど心配性なあなただから、カルロさまのお言葉を教えたら、落ち着かなくなるでしょう。今は皇太后さまの護衛士。ミスは許されない。ごめんなさいね、隠し事をして。でも今は自分の役目を遂行してほしい。私も、いつまでもあなたに守られてはいられないから」
言い知れぬ不安が込み上げてくる。聞こえないほどの小声で呟くと、リゼッタは視線を窓へ向けた。テラス窓には、明日、満月を迎える白く輝く月がある。リゼッタはそれをじっと眺めた。

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