身代わり人質婚のはずだったのに~皇帝陛下は溺愛狼~

 


【書籍情報】

タイトル身代わり人質婚のはずだったのに~皇帝陛下は溺愛狼~
著者猫宮乾
イラスト広瀬コウ
レーベルヘリアンサス文庫
価格400円+税
あらすじ孤独ながらも前向きに生きてきた姫を孤独から救い出したのは……狼?

 

呪われていると言われて、侍女以外からは遠巻きにされ、離れの塔で静かに暮らしていたリリアーナ。
ある日、姫の仕事として政略結婚を迫られる。しかし現れた相手は、リリアーナを自分の国へ連れていくなり溺愛し、それまでの不遇な境遇が一変することに。
これまで愛を知らなかった孤独な姫リリアーナが、愛を知るまでのお話です。

【本文立ち読み】

身代わり人質婚のはずだったのに~皇帝陛下は溺愛狼~
【著】猫宮乾
【イラスト】広瀬コウ

目次

【序】魔の瞳を持つ聖女
【一】身代わりの結婚の知らせ
【二】結婚式と初夜
【三】じわりじわり、と

 

【序】魔の瞳を持つ聖女

ブルナリル王国の王族は、皆青系統の瞳を持って生まれる。それは血筋に宿る魔力が理由だ。癒しの力を持つ事が多く、より深い青の瞳を持つ者ほど、その力が強いとされている。特に、女性に発現する事が多い。その為、ブルナリル王族の姫君は、聖女と呼ばれる事が多い。
今代、ブルナリル王家には、姫が二人いる。双子で容貌こそ瓜二つなのだが、妹姫は海のように深い青の瞳をしていて――姉姫は、真紅の瞳をして生まれた。
真紅の瞳は、魔族の証。
これはブルナリル王国を抱くエゼル大陸の共通の御伽噺だ。
よって生まれ落ちたその日から、リザアーナ・ブルナリル王女は、魔族の先祖返りなのではないかと恐れられていた。古の世に、魔王が出現した際、討伐に出た勇者一行のパーティの中に、この国出身の聖女がいたのだが、魔王に手籠めにされて、帰還後に混血児を産み落としたという伝承が残っている。
妹のマリエル姫と同じく金色の美しい髪をしているリザアーナであるが、瞳の色は隠しようがない。その為、公の場にはほとんど出る事を許されず、王宮の離れの塔で乳母と侍女の手で、ひっそりと育てられた。
その乳母が没したのは、リザアーナが十八歳の時だった。葬儀への参列すら許されなかった。だからリザアーナは、かろうじて出る事を許されていた塔の外に出て、盛り土をし、大陸で信仰されている宗教であるエゼル教のモティーフである十字架を、落ちていた木の枝で作って、そこに立てた。手伝ってくれた侍女のミレイユは今も健在だ。
「そうお気を落とさないで下さい!」
ミレイユは明るい。そっと肩に触れられたリザアーナは、伏し目がちに微笑した。ミレイユは、リザアーナの感情を的確に読み取ってくれる。リザアーナは元々が僅かに釣り目であるから、無表情でいると怒っているようにすら見えると言われる事もあるのだが、ミレイユには何も気にした素振りがない。
「そうね。有難う、ミレイユ。こうしてお祈りする場所を作る事が出来ただけでも、私は満足です」
リザアーナの外見に怯えないようにと、幼い頃から侍女役の教育をされ、成長後はその仕事を任されてきたミレイユは、この離塔に勤務した者としては三人目の侍女で、現在は二十一歳だ。前の二名はミレイユが仕事を覚えると、職を辞した。前任者の二名は、リザアーナに怯えているのが常だったので、逃げるように去っていった。
そんな境遇と環境を、ただ別段、リザアーナは少なくとも意識的には憂いてはいなかった。最初から、この世界しか知らないからだ。小さくも、完結された世界。彼女にとっては、この場所こそが全てだった。たとえ、一人きりの夜が寂しくとも。
「あ」
その時、茂みが揺れた。二人が揃って視線を向けると、ぐったりと一匹の黒い犬が倒れ込んだのが見えた。フワフワの毛をした巨大な黒犬が、地面に頭を預けている。慌ててリザアーナは近づいた。大きな黒犬の右前足からは、血が零れている。
「怪我をしているわ」
「本当ですね……」
「手当をしてあげられないかしら?」
「できなくはないですけど。この辺に野犬がいるという話も聞かないし……多分、誰かの飼い犬が紛れ込んだのかなぁ、毛並みも良いし。でも、病気などを持っている可能性もあるし、危険と言えば危険なので、手当のお役目は、私が!」
心配そうな顔をしたリザアーナに対し、つらつらと述べてから、ミレイユが拳を握った。
ミレイユは一度塔の中に戻ると、応急処置の道具を持って戻ってきた。赤茶の髪が揺れている。こうしてミレイユ主導のもと、二人は現れた黒い犬の手当をした。傷口を消毒し、丁寧に包帯を巻いていく。そうしていると、黒犬が小さく鳴いたが、すぐにまた力なく地面に体を預けた。その頭をリザアーナが撫でた時、ミレイユが何度か頷いた。
「――もう大丈夫だと思います」
「有難う、ミレイユ」
「あとはいっぱい休ませて、いっぱい食べさせて、回復を祈りましょう!」
そんなやり取りをしてから、二人で大きな黒い犬を抱き上げた。眠っている様子の犬は、自分ではまだ身動きが取れない様子だ。しなやかな体躯をしているが、大型犬であるから、リザアーナもミレイユも、一人きりでは持ち上げられなかった。
そうして二人と一匹で塔の中へと戻った。
向かった先はリザアーナの部屋で、寝台のそばに急遽クッションと毛布で犬の為の居場所を作る。
「餌をもらってきます。お水も用意しないと!」
そう言ってミレイユが一度出ていった。リザアーナは頷いて見送りながら、ずっと黒犬を見守っていた。ミレイユはすぐに厨房から食べ物を仕入れて戻ってきた。そんなミレイユは夕方には帰宅する。その為、その日の夜は、目を覚まさない黒犬を撫でながら、リザアーナが世話をした。そうしていつしか微睡み、床で寝入ってしまった。抱きしめている毛並みが温かい夜だった。
翌朝目を覚ますと真正面に黒い犬の顔があった。ビクリとしたリザアーナは、それからしっかりと目を開けている犬を見て、思わず微笑した。
「目が覚めたのね」
黒い犬は吠えるでも暴れるでもなく、そんなリザアーナを見ていた。リザアーナもまた視線を返していたから、黒い犬の瞳の色がしっかりと見えた。紫色をしている。
「不思議な色の眼をしているのね。私と同じ……では、ないかな。とても、綺麗な色」
小さく口元を綻ばせて、リザアーナは犬の頭を撫でる。
するとくすぐったそうに、犬が体を動かした。それが愛らしく思えて、リザアーナは両頬を持ち上げる。リザアーナが自然と笑うのは、比較的珍しい事だ。ミレイユを前にしている時は兎も角、普段はどこか陰がある表情の事が多い。それだけで、黒犬の回復が嬉しかったのだ。
「怪我が治るまで、ここにいて良いのよ。ううん、治ってからも」
鼻先でリザアーナに触れた黒犬を撫でながら、彼女はそう声をかける。
「おはようございます!」
その後、ミレイユが訪れた。
「あのねミレイユ。この仔を飼いたいと思っていて」
「良いんじゃありませんか?」
こうしてミレイユとも話し合い、この日からリザアーナはその犬を飼う事に決めた。
「名前はどうします?」
「そうね……確か、御伽噺に出てくる犬の騎士は、フェンリルという名前だったはず」
犬の騎士とは、この国で広く根付いている御伽噺だ。
女性が困った時に現れて、人の姿を取って助けてくれるという伝承だ。
恩返しの物語で、その冒頭では、女性が犬を助ける所から始まる。
「良いですね。まるで私達と同じ状況です。よし、フェンリルにしましょう!」
楽しそうにミレイユが笑って同意した。
こうしてフェンリルと名付けた黒犬と、ミレイユと三人での日々が幕を開けた。
――それから半年ほど、怪我が癒えてからも、フェンリルは塔にいた。
元気になるとフェンリルは、夜になると毛布ではなくリザアーナの寝台で一緒に眠るようになった。そして朝になると、リザアーナの頬を舐める。そのぬくもりが、リザアーナにとってはかけがえのないものに変わった。
だがフェンリルは、時折外へと出ていくようになり、一年ほどが経過した頃には、月に一度顔を見せたら良い方になった。
「きっと元々の飼い主の所に戻ったんでしょう」
茶菓子のマカロンを口に運びながら、ミレイユが笑う。厨房から入手した品だ。ミレイユとリザアーナは、人目も無い為、二人でお茶を飲んでいる事が多い。
「そうね。それに……たまにでも、会いに来てくれるのが幸せね」
何より、元気になってくれた事が嬉しかった。
その内に、リザアーナは二十歳となった。緩慢な日々ではあるが、これからもこんな生活が続いていくのだと信じながら、彼女は静かに目を伏せカップを置いた。

【続きは製品でお楽しみください】

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