【書籍情報】
タイトル | 金糸雀色の譚詩曲《バラード》 |
著者 | 横尾湖衣 |
イラスト | |
レーベル | 詠月文庫 |
価格 | 200円 |
あらすじ | 香坂彩葉は、ピアノが大好きな高校生だった。 ある日、初恋の男の子に似た男子生徒と音楽室で出会う。その男子生徒は、なんと初恋の男の子の双子の弟だった。彼の圧倒的なピアノ演奏に、彩葉は自分のピアノの才能に限界を感じ、さらに進路に迷う。恋に進路に悩む彩葉の決断は……。ピアノとともに紡がれていく青春小説。 |
【本文立ち読み】
金糸雀色の譚詩曲《バラード》
[著]横尾湖衣
目 次
― 目次 ―
一、「プロローグ」
二、「銀杏の詩《うた》の前奏曲《プレリュード》」
三、「迷いのフーガ」
四、「架け橋の間奏曲《インテルメッツォ》」
五、「タランテラ(舞曲)と即興曲《アンプロンプチュ》」
六、「祈りの夜想曲《ノクターン》」
七、「allegro《アレグロ》とandante《アンダンテ》、そしてvivace《ヴィヴァーチェ》」
八、「月明かりの中のピアノ・ソナタ」
九、「別れの練習曲《エチュード》」
十、「エピローグ」
一、プロローグ
銀杏の葉が黄金色に輝く季節になると、思い出すことがある。その日もいつものように、放課後の音楽室で、わたし、香坂彩葉《こうさかいろは》はピアノを弾いていた。
突然開け放たれた窓から、風が吹き込んできだ。その風と一緒に、たくさんの銀杏の葉が勢いよく飛び込んできた。夕日に照らされ輝くように降る銀杏の葉の美しさに、わたしは思わず手を止めて見入った。
あの頃の、高二のわたしは何も知らなかった。ただピアノさえ弾ければ、それだけで毎日が充実していた。しかし、あの金糸雀色《かなりやいろ》の風によって、運命が動き出してしまった。
二、銀杏の詩《うた》の前奏曲《プレリュード》
銀杏の葉の煌めきに、思わず見入っていたわたしはハッと我に返った。そして、ピアノの上に落ちた銀杏の葉を拾う。
「わたし、窓は閉めたはずなんだけど……。おかしいなぁ」
そうひとり言をつぶやきながら、一応グランドピアノの内部をのぞいてみた。今日は屋根をあまり高く上げてなくて良かったと思った。なぜなら、内部に葉が入り込んでいなかったからだ。
ピアノの内部には弦が張られている。そして、チューニングピンやヒッチピン、駒やダンパーなど、音の命が詰まっている。わたしはホッと胸をなで下ろしながら、音楽室の中を見回した。
すると、一人の男子生徒が窓際に立っていた。彼がわたしの方を向いた。わたしはその彼と目が合う。すらりとした体型で、黒髪が美しい男の子。何だか懐かしい気持ちが込み上げてきた。
わたし、彼を知っているかもしれない。ううん、知ってる。わたしが小学生の頃、好きだった男の子に似てる。そう、あの頃の湊斗《みなと》くんを成長させていくと……、ちょうどこんな……。そう、そうよ、彼だ! 間違いない、一ノ瀬湊斗《いちのせみなと》、湊斗くんだ!
葉の付け根を上にして
金糸雀色の葉が散ってゆく
くるくるスカートの裾広げ
優美にワルツを踊る貴婦人たち
晩秋初冬の穏やかな
やわらかい光に包まれて
華やかに開かれし舞踏会は
美しさを残しながら
小鳥のように飛び去った
くるくる回れ
軽やかに
くるくる回れ
銀杏の葉
光のなかで光のなかで
輝くように踊れ
最後まで最後まで
吾も美しくあらん
わたしの心臓が、ドキドキ心拍数を上げて高鳴る。まさか高校で再会できるなんて! わたしは夢を見ているのかもしれない。いいえ、幻を見ているのかもしれない。幻というより、ただ単に湊斗くんに似ているように見えただけで、赤の他人かもしれない。わたしの願望が反映された湊斗くんの姿……。だって、思い出は美しいって言うでしょう? きっとそう……。
それでも、わたしは確認せずにはいられなかった。
「もしかして、湊斗くん?」
わたしは恐る恐る彼に聞く。
「さぁ。オレは湊斗かもしれないし、湊斗じゃないかもしれない」
少し低めの声で彼は答えた。
えっ? それって、どういう意味? わたしは頭の中がパニックになった。もしかして、わたし、彼にからかわれてる?
わたしは彼の顔を見る。意地悪そうな顔つき。あんなのが湊斗くんのはずがない。だって、湊斗くんはとっても優しかったから。そう思ったら、わたしは急に怒りが込み上げてきた。ピアノの練習を邪魔された上に、こんなふうに馬鹿にされるなんて心外だわ。
「ごめんなさい。わたしの勘違いだったみたい」
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