【書籍情報】
タイトル | 雪の降る郷、冬の恋人。 |
著者 | 横尾湖衣 |
イラスト | |
レーベル | ノースポール文庫 |
価格 | 300円 |
あらすじ | 仕事でストレスをためた篠山柊子は、心のリフレッシュ・充電のため、冬の休暇を利用して、篠山柊子は冬の白川郷へ行く。滞在先は、親友の藤崎桐子の祖母の家である加賀家。加賀家は集落から外れる家だったが、立派な合掌造りの家。そのお世話になる加賀家には、祖母の他に桐子の従弟である颯斗もいて……。美しい日本の原風景、世界遺産白川郷を舞台にした、冬のラブストーリー。 |
【本文立ち読み】
雪の降る郷、冬の恋人。
[著]横尾湖衣
―目次―
「出会い」
「七色の雪」
「きっかけ」
「展望台」
「雪の日の来客」
「冬の恋人」
「出会い」
雪国に行くときは、白い服を着る。
なぜなら、景色に溶け込めるような気がするから。
車窓に流れる景色は、だんだん雪の見える数が増えてきていた。そして、徐々に雪深くなってきているように見えた。
また、トンネルに入った。今度は、長い長いトンネルだった。壁の灰色のコンクリートが流れる。無味乾燥な景色にスマートさを感じるが、心は動かない。しばらく走った後、やっとトンネルを抜けた。
トンネルを抜けると、真っ白な世界にすっかり葉を落とした裸ん坊の木々が、山肌の斜面にすらりと立ち並んでいた。その裸ん坊の木には、ぶ厚い雪が綿のように積もっていた。綿のように積もっているが、綿のように雪は軽くない。雪の重みに耐えきれなかった木の枝が、ボキッっと折れているのが見えた。
こんなふうに、篠山柊子は山の景色をしばらく眺めていた。
柊子という名は、ただ単に冬の季節に生まれた子だったから。「柊」という漢字は、本来なら「ひいらぎ」か「しゅう」と読む。なぜ「とう」と読むのか? それは、「柊」は「木」と「冬」が組み合わさった文字だからだ。つまり、「冬」という音を名前に採用したというだけで、特別な意味はない。
ヒイラギといえば、硬いギザギザの葉。ギザギザというより、指を傷つけるトゲトゲしい葉だ。柊子なんて、刺々しく冷たい名前だと思う。だけど、嫌いじゃない。
***
柊子は昨夜、飛騨高山の知り合いの旅館に泊まった。学生時代、同じ東京の大学に通っていた知り合いの宿だ。藤崎桐子という。桐子はこの旅館の一人娘で、今は若女将である。柊子とは違う学科の学生だったが、書道の授業が一緒だったので知り合いになった。その縁で、柊子はこの旅館に時々宿泊していた。
高山の朝は冷える。ピィーンと張りつめた糸のような寒さだ。油断できない底冷え、それはまるで冬という刃物に切りつけられるような寒さである。柊子は氷水のような水で手を洗い、顔を洗った。冷たいを通り越して痛いという感じだったが、肌が引き締められるような感じもした。
「柊子ちゃん、相変わらずやなぁ。お湯を使えばええのに」
桐子のあきれるような声がした。
「だって桐ちゃん、お湯になるの、時間がかかるんだもん。それに、なんか肌が引き締められると、気持ちも引き締められるような気がするし」
柊子はそう言いながら、タオルで顔を拭いた。そして、ふと窓の上の方を見た。
この時期の高山は、雪が降っては止み、晴れる日もある。晴れた日の昼間に雪が少し融けて、夕方にはグッと冷え込み、氷柱が成長していく。そんな冬の過程の街である。氷柱の太さと長さに、柊子は「今のところ、この冬は順調に成長中」だと思った。
桐子から白川郷の様子を聞き、柊子は一旦旅館のチェックアウトの手続きをしていた。
「ほんと、柊子ちゃんは思ったら行動やなぁ。別にチェックアウトせんでもええのに。柊子ちゃんが泊っている部屋は私の部屋だし。大きい荷物は置いといても、ええよ」
「うーん、どうしようかなあ? 最近、観光客も増えているし、白川の郷らしさを感じるには泊った方が感じられるような気がするんだよねぇ」
「白川に泊まるの?」
「うん、そうしようかと。宿泊できる場所があったらね」
「だったら、ちょうどええところがあるわ。民宿ではないんだけれど、泊まれるわよ」
そう言うと、桐子は袂から携帯電話を取り出した。
「あっ、もしもし。おはようございます、桐子です。突然で申し訳ございませんが、そちらに私の友達を泊めていただけませんか?」という本題から、少し世間話など差支えのない程度に話をして桐子は電話を切った。
「柊子ちゃん、泊めてくださるって」
「桐ちゃん。急に行って、宿泊させてくださいって、無理矢理でご迷惑ではなかったのかしら?」
「大丈夫よ、親戚の家なの。少し集落から離れているけど、合掌造りの家よ。白川らしい雪深さと静かさが感じられると思うわよ」
***
柊子は白川郷の集落の中を歩いていた。高山市と違い、すでにかなりの雪の深さだった。幻想的で趣深い景色が広がっていたが、世界遺産に登録されているせいか、観光客がやたらと多かった。しかも、その観光客の言葉は日本語ではなかった。よく耳を澄ませて聞いてみると、中国語や韓国語が話されていた。一部英語も聞き取れた。英語を話す観光客は、どうやら香港からやって来ているらしかった。
日本という国なのに、日本という国ではないような居心地の悪さを感じた。それは、時々中国語で話しかけられたりしたからなのかもしれない。しかし、それが中国語ではなく英語でも同じなのかもしれない。日本には日本語という言語がある。日本人の母国にいるのに母国語が聞こえてこないという寂しさと疎外感を感じた。白川郷は日本の隠れ里みたいな場所なのに、そうではなくなっていた。正直、ちょっとがっかりした。
栃の実が練り込まれたみたらし団子を焼いてもらい、柊子は店先の椅子に座って食べていた。そこが今夜お世話になる家の方との待ち合わせの場所だった。午後四時を過ぎるとだいぶ暗くなってきた。それと同時に、一段と冷え込んできた。柊子の側で、誰か人が立ち止まった。
「あのう、篠山さんでございましょうか?」
柊子は顔を上げて、声の主の方を見た。
「はい、篠山です」
「あっ、良かったです。間違って声をかけてしまったかも、と思いまして。良かったです、間違いでなくて。ぼくは、そのう、桐子さんの従弟の加賀颯斗《かがはやと》と申します」
「あっ、篠山柊子です。本日お世話になります。どうぞよろしくお願いします」
柊子は慌てて立ち上がって、頭を下げた。柊子の勢いに押されたかのように、反射的に颯斗も頭を下げていた。
「こっ、こちらこそ、よろしくお願いします」
「あのう、お世話になるのは私の方ですので」
そう柊子が言うと、颯斗は「ああー」っていう顔をして、頭を掻きながら苦笑いをした。
「えーと、その、ご迷惑ではなかったでしょうか?」
「え?」
「いえ、突然泊まらしてくださいって。しかも桐子ちゃんが強引に」
柊子は気になっていたことを聞いた。
「いいえ、大丈夫ですよ。ただ、少しここより雪が深いところです。もう少し山の中にあります」
「大丈夫です。泊めていただけるのなら」
加賀颯斗は柊子より三つ年下の男性だった。ふんわりとした雰囲気、眼差しがやわらかい好青年である。颯斗には兄がいて、実家である合掌造りの家は、颯斗の兄が継ぐことになっているそうだ。
その兄は、現在両親と奥さんを連れて旅行中だそうだ。家には祖母がいて、その祖母を一人にするのは心配なので帰省したそうである。「一足《ひとあし》早く、年末年始休暇中です」と颯斗は言って笑った。
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