御曹司社長は堅物秘書に純愛を捧げる

【書籍情報】

タイトル御曹司社長は堅物秘書に純愛を捧げる
著者まつやちかこ
イラストあす
レーベルヘリアンサス文庫
価格500円+税
あらすじ大手アパレルメーカーの受付嬢・律子は、ある日、新社長の秘書に抜擢される。

御曹司で三代目の朔也は仕事のできる実力者であると同時に、完璧な容姿と育ちから非常にモテるプレイボーイ──という評判。数年来秘書を置いていなかったのは気難しい性格が災いして、とも言われていた。

不安と緊張の中、任務に就く律子。実際の朔也は、お坊ちゃん育ちでワンマンな傾向はあるものの、女性に気遣いのできる優しさを併せ持っていた。次第に朔也に惹かれていくのを感じるが、律子は過去の恋愛経験がもとで、恋をすることに臆病になっていた。

想いを隠しながら仕事を続ける中、突然、朔也と人気女優の熱愛報道が広まる。

【本文立ち読み】

御曹司社長は堅物秘書に純愛を捧げる
[著]まつやちかこ
[イラスト]あす

 

目次

【プロローグ】
【第一章】
【第二章】
【第三章】
【第四章】
【第五章】
【第六章】
【第七章】

プロローグ】

春まだ浅い三月上旬。
大手アパレルメーカー『プレジール』の人事異動が社内外に発表された。
一番の話題は社長の交代。二代目として長く辣腕を振るってきた夏川《なつかわ》孝治《こうじ》社長が会長職となり、三代目には息子の夏川《なつかわ》朔也《さくや》常務が就くことになった。
二代目も初代である父親からの引継ぎだったため、その流れが既定路線と見られてはいた。それでもなお世間の注目が集まったのは、三十八歳と若く眉目秀麗、加えて父親を上回る手腕の持ち主と噂される人物であるがゆえだろう。 彼が営業担当常務になってからの五年で、『プレジール』の純利益と顧客数はそれぞれ三倍近くにまで数字を伸ばしたと言われている。
業界を少しでも知る者たちは、『プレジール』のさらなる発展を羨望とともに確信した。そして、まだ独身の新社長のロマンスが、水面下では密かに期待されていた。

【第一章】

その日も小宮山《こみやま》律子《りつこ》は、会社でいつも通りの仕事を朝からこなしていた。仕事場は一階ロビーの受付カウンター。そこに座り、訪問者の求めに応じて案内するのが役割だ。
もちろん、出勤してくる社員への挨拶も欠かさない。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
「おはようございます!」
朝のロビーにはそんなふうに、老若男女、大勢が行き来する中で挨拶の声が飛び交う。その、今日も頑張るぞという意欲に満ちた空気が、律子は好きだった。
入社した年、研修ののちに受付配属になって三年。
担当者三人の中では一番年下ということもあり、律子は毎朝、勤務開始が早い受付の中でも一番早くに出勤する。もともと早起きは得意なので、それは苦ではない。
律子は、母一人子一人の、いわゆる母子家庭で育った。
両親は律子が三歳の時に離婚している。性格の不一致だったと母からは聞かされているが、祖父母によれば、仕事で家庭をほとんど顧みなかった父と母の間で喧嘩が絶えなくなり、父が手を上げるようにもなったためだったらしい。
律子の記憶にある父は、いつも不機嫌そうで、可愛がってもらった覚えは無いに等しい。そして離婚後、母や祖父母が充分に愛情をかけて育ててくれたので、父がいなくて寂しいと思ったことはなかった。
母は一生懸命働き、律子を四年制大学にも行かせてくれた。その恩を返そうと、大学在学中にはできるだけバイトをして、資格を取るための勉強をしてきた。英検二級や簿記三級などを在学中に取得し、今は仕事をしながらさらに上の資格を取ることを目指している。
「そういえば今日、社長交代の会見やってるんだよね」
始業時間が過ぎて人の行き交いが落ち着いた頃、受付の中で一番の先輩である長峰智子が、そんなふうに話題を持ち出した。もう一人の受付である大木真里が「そうですね」と応じる。
「交代なさるのは四月からでしたっけ?」
「うーん、常務がやるから引き継ぎらしい引き継ぎはほとんどないでしょ。実質的には今月中に交代なんじゃないかな」
「社長の同期で右腕だった副社長を差し置いて 、社長代理をなさったこともありましたもんね 」
二人が話すのを、ロビーの様子をうかがいながら律子は聞いている。彼女たちは受付を長く勤めるだけあって、社の内情に詳しい。聞くともなしに聞いているうちに、律子もなんとなくは把握している。
とはいえ、話題になる人々と実際に会うのはほとんどがこのロビーであり、立場上、挨拶以上の会話はめったにしない。だから重役ともなればおいそれと近づくことのできない人々であり、ましてや社長や会長などは、雲の上の存在と言って過言ではなかった。少なくとも律子の認識ではそうだ。
今度社長になる、夏川朔也常務についても、律子が知ることはわずかである。遠目に見てもわかる整った容姿と、副社長を差し置いて社長代理を務めるほどの手腕の持ち主。それだけに女性との噂が絶えず、最近もある女性モデルとの交際疑惑が雑誌に載ったとか何とか。
毎朝見かけているから、あれだけイケメンなら確かに女性には不自由しないだろうな、と思う。そうでなくとも大手企業の御曹司、次期社長だ。声をかけてくる女性には事欠かないだろう。
(私には、ロビーで会う以上に縁のない人よね……)
そんなふうに考えていた時、受付カウンターの上にある電話が鳴った。この音は内線だ。位置の近い真里が受話器を取る。
「はい、一階ロビー受付です。……はい、小宮山ですか。おりますが」
自分の名前が出て、思わず電話機と真里を交互に見た。
耳を澄ませるが、相手の声はよく聞こえない。真里が「はい、承知しました。伝えます」と受話器を置くと同時に、律子を不思議そうに見つめる。
「小宮山さん、部長がすぐに総務まで来てくれって」
「部長がですか?」
ここで部長と言えば、総務部の部長のことだ。受付係は総務部に属している。
「名指しで呼び出しなんて珍しいわね。まさか、何かやったの、小宮山さん」
智子が冗談混じりに言ってくる言葉に、律子も軽い笑みとともに「まさか、何もしてないですよ」と返した。
本当に、何かした覚えはない。一年目は顔と名前を覚えきれていなかったせいで、名前を忘れたりの失敗を何度かしてしまっていたが、三年近く経つ最近はそんなことは起きていない。他の点でも、呼び出される理由に思い当たることはなかった。
「まあ、すぐにって言われてるんだから早く行った方がいいよ。ここは任せて」
「そうですね。じゃあ、すみませんがお願いします」
真里に急かされ、律子は席を立ちカウンターを出る。
ロビーやエレベーターホールですれ違う社員に「お疲れさまです」と挨拶しながら、十階にある総務部へと急いだ。
部室に着くと、待ちかまえていた総務部長に、こっちだと同じフロアの小会議室に案内される。中に入ると、奥の席に人事部の部長が座っていた。
(……え、いったい何? ? ?)
総務部長だけでなく、人事部長までお出ましとは思わなかった。何か普通ではない空気を感じて、反射的に怖じ気ついてしまう。
「お待たせしました。彼女が小宮山です」
立ったままで、総務部長は律子を人事部長に紹介する。
「ご苦労さん。まあ座りなさい」
促され、総務部長と律子は、それぞれに椅子ひとつ空けた間隔で座った。
緊張で固くなっている律子を、人事部長は「そう固くならないでいいよ」と宥める。
「悪い話をするわけではないから」
言い添えられた言葉に、少しばかり安堵する。ということは、何か失敗したわけではないのだろう。
だが謎は消えない。いったい、何が理由でここに呼ばれたのか。
「社長が交代なさることはもちろん知っているね」
「はい」
「その、新社長の秘書に、君が就くことが決まった」
「…………は?」
話が飛びすぎて、理解が追いつかない。自分が秘書?
「あの、社長秘書はもう、いらっしゃるのでは……?」
律子の疑問に、人事部長は次のように説明した。
これまで前社長に就いていた秘書はベテランなのだが、秋に結婚して夫の海外赴任に付いていくため、退職が決まっている。そこで社内で候補者を探したところ、数人の候補の中から律子が選ばれた。
「君は秘書検定を持っているだろう」
「確かに持ってはおりますが……大学で取ったきりで、実際の経験は」
「他の候補者も同じでね。君が一番、取得してからのブランクが短かった。それに受付嬢としての君の評価はすばらしいものだ。非常に真面目で、誰に対してもたいへん態度が良いと」
「……ありがとうございます」
「引き継ぎはきちんとおこなってもらうから心配しなくていい。新社長の正式就任は四月一日だから、君の勤務もその日からだ。しかし実務経験がないことをふまえて、申し訳ないが本日から、終業後に一時間の講習を受けてもらう。もちろん正規の残業としてカウントする」
「あの、よろしいでしょうか」
「何かな?」
「新社長の秘書の方も、退職なさるんですか?」
常務などの役員クラスなら、秘書が付いていて普通のはず。そう思って律子は聞いたのだが、返ってきたのは意外な言葉だった。
「ああ、彼に秘書は今、いないんだ」
「え?」
「……新社長は少々気難しくてね。自分のスケジュールを他人任せにできないと、これまで秘書を置くことを良しとしなかった。 これまでに何人も秘書を雇ってはいるんだが、皆一年と持たずに辞めている。前任者もつい先日、反りが合わないと言って退職したばかりなんだ」
歯に何か挟まったような人事部長の説明を聞きながら、律子は疑問とともにいくぶん不安を感じる。そんなにも人が居つかないほど、新しい社長は難しい性格の人なのだろうか。
「ともあれ、君を抜擢したのは、きちんとした理由あってのことだ。慣れた業務を離れるのは不安もあるだろうが、自信を持って秘書の職務に就いてもらいたい」
「かしこまりました」
律子より先に、総務部長が人事部長にそう応じた。
「承知しました」と、律子も続いて答える。
「正式な辞令は近々出すから、それまでは極力内緒にしておいてくれ。では本日から、六時半に講習を始めるから、よろしく頼むよ」
と話は締めくくられ、業務に戻るようにと指示された。
小会議室を出て、廊下をエレベーターホールへと歩きながら、律子は知らずつぶやきを漏らしていた。
「……私が、秘書?」
大学時代、取れる資格はとにかく取っておこうと、がむしゃらにバイトをして勉強した。秘書検定もその中のひとつで、学校に通うまでの費用はなかったので、通信教育で学んで二級を取得した。
だが入社時に言及されなかったその資格が、今さら拾い上げられるとは思わなかった。今もまだ、狐につままれたような心地から抜けられない。

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