供物奇談 おそなえごっこ

【書籍情報】

タイトル

供物奇談 おそなえごっこ

著者森内ゆい
イラスト
レーベルアイオライト文庫
価格400円+税
あらすじ古くから地域に残る人を供物にする呪詛を利用し富や地位を得る人々がいる――そんな地域で暮らし始めた高校生の杏奈。ある日、おまじない遊びの感覚で供物を納めて邪魔者を呪う、クラスメイトの犠牲になりそうになる。杏奈が仲良くなった美少女はそれをつかさどる家系の娘で、自分の家を忌まわしく感じて悪しき風習を止めようとしていた。しかし風習はついに杏奈と周囲の人たちを本格的に巻き込んでいく。……杏奈への呪いは誰の仕業か?

【本文立ち読み】

供物奇談 おそなえごっこ
[著]森内ゆい

目次

第一章:迷信の残る町
転校先には
級友の陽と陰
女子の『おそなえ』
第二章:そこにいるもの
禁断の地
見てはいけないもの
連れていかれる
第三章:供物の失敗
それが来る
刃は自分に返る
第四章:この地に縛るもの
息をひそめて
孤高の親友

第一章:迷信の残る町

●転校先には

校門の両脇になぜかお地蔵様があった。
わたしの腰ぐらいまでの高さのお地蔵様だった。
珍しい学校だ。そう思うと同時に、何か違和感がある。日頃は、お地蔵様を見るとほっとするのに、怖いと感じた
高校二年の六月も半ばを過ぎてくぐった、転校先である公立永井高校に、わずかな緊張がある。以前一度だけ経験した転校とは違う。家庭環境の大きな変化が理由だった。
「いいクラスだといいけどね」
と呑気そうに送り出してくれた母が今春離婚し、その母の実家に帰ってきたことで、わたしはこの高校に編入することになったのだった。
編入先の永井高校には明日から通うが、今日は制服や教科書の受け取りと、担任との顔合わせだ。
地方であるこの町、永井市下田代町は、東京から特急で1時間半ぐらいの場所にある。
その中で大字贄という場所にある高校は、都会育ちのわたしにとっては、やや物静かに感じたが、下校時刻で生徒が少ないという理由もあったかもしれない。
「さて、職員室はどこやら」
編入試験のときには職員室には行かず、用意された別室に連れていかれたので職員室の場所を知らない。
訊こうと思ったが、ぽつぽつと門に向かってくる数少ない生徒たちは、誰かと連れだって楽しそうに話している。
私服で高校の敷地に入ったからだろう。ちらちら見られたり、警戒されて遠ざかられたりする。
東京にはない異質さだ。声がかけにくい。
学校案内書を取り出していると、脇に立つ木の枝と葉が、風もないのに大きな音を立てた。
木の枝に一人の女子生徒が立って、自分の目線から少し先に手を伸ばしていた。
やや重みをはらんだレジ袋が枝にくくられてぶら下がっていた。
女子生徒はそれをひったくると、高い枝から身軽に飛び降りた。
そしてわたしに気づくと怪訝な顔をした。
サラサラした長い髪の、驚くほどきれいな生徒だった。
「生徒さんですか?」
「はい」
女子生徒は何かが入ったようにふくらんだレジ袋を抱いたままで答えた。
「職員室の場所教えてほしいんですけど。明日からここに通うんで」
「ああ……うちのクラスに転入してくる人……」
彼女はあまり抑揚のない声で言うと、木の根元に置いてあった大きな通学用バッグに袋をやや遠慮がちに押し込んだ。
袋が動いたように見えたのは気のせいだろうか。
「こっち」
とバッグを肩にかけて歩き出した彼女について、数歩下がって歩き出す。
偶然にもクラスメイトということになるのだろうが、気難しそうだ。
新しいクラスの第一印象が落ちた気がする。
そう肩を落としたとき、
「どこから来たの?」
と彼女が肩越しに少し振りむいて訊いた。
「あ、東京です」
「都会からじゃ、こんなとこに住んだら退屈するかも」
人口は八百人ほど、合併で逆に人が流出した、やや田舎町ともいえる母の故郷は、それでも三年前に来たときよりは開けている。
「おかあさんの実家があるからわりとよく来てたの」
とわたしも丁寧語をやめた。
「あたし、原田杏奈《はらだあんな》。よろしく」
彼女に少し追いついて、名乗る。
きれいな長い髪が少し揺れて、あまり表情に変化がないままでわたしを見た彼女も、
「あたしは司城和香子《しじょうわかこ》」
と名乗った。
「なんかお嬢様みたいな名前だね」
と感心して言うと、
「親がわりと古風な趣味だから。姉の名前も古風だし……妹もね」
と答えが返ってきた。そして、
「あなたずいぶん人懐っこいね。東京の女の子って、逆のイメージがあった」
とわたしをマジマジと見て言った。
「そんなの人によるよ。あたしはこっちがもっと気さくかと思ってたから、あなたが不愛想でびっくりしたよ」
と笑って言うと、和香子は、
「はっきり言うね」
と少しだけ笑った。
案内された職員室前で、女の子が二人、お札のようなものを持って、くすくすと笑い合っている。誰か女性の名と、滅、呪、という文字が、そこに手書きで書いてあるのが見えて、わたしはぎくりとした。
「一年生? ろくな結果にならないから、まじないは、やめなよ?」
和香子は二人にそう言った。
その二人は、
「ほら、二年生のあの人だよ。祠の家の」
と小声で話している。
和香子は職員室の戸を開けて、
「猪瀬《いのせ》先生、転入生の子、案内してきたけど」
と中に声をかけた。
「お、入れ入れ」
気安そうな男性の声がして、わたしはちょっと頭を下げ、知らない職員室に足を踏み入れた。
誰が担任だか分かりやしない。
和香子が入ってきて、
「この人」
と、ラフなTシャツ姿の三十前後の男性を指した。
「ありがと」
と礼を言うと、和香子は少し下がって、
「先生、ちょっとあとで」
と言い、背後の空いた職員席に腰を下ろし、足を組んでいる。
「ん、待ってろよ」
先生は人懐っこい笑顔でわたしを見て、
「教科書持って帰る袋とか持ってきたか?」
と訊いた。
「前の学校のスポーツバッグを」
と少し持ち上げて見せる。
「そか。体操服とかは業者が紙袋に入れてくれてるからな」
そのとき職員室に女子生徒が一人入ってきて、
「猪瀬先生、日誌持ってきましたよー」
と明るい声をあげた。
ニコニコした笑顔が印象的で、肩までのボブカットは少しだけ茶色っぽい。
「ちょうどいいや。坪内(つぼうち)、入ってこい」
「はい?」
坪内と呼ばれた彼女は、首をかしげて日誌を手に側に来た。
「転入生、明日からうちのクラスだ。原田杏奈。おまえ面倒見てやれよ。原田、こっちはクラス委員の坪内美夏(つぼうちみか)だよ。たぶんおまえんちからも近いはずだから、いろいろ教えてもらえや」
坪内美夏は愛らしい笑顔で、よろしく、と言ってくれた。
そして、背後にいる和香子に気づいて、一瞬嫌悪の表情を見せた。
「ごめんね、あたしも先生に用があるから」
和香子は美夏の表情を見て、笑顔を浮かべた。
「別にいいけど」
美夏は和香子から目をそらして、
「司城、ホームルーム出てなかったから」
と言った。
「いろいろあって。ごめんね。でもあたしがいないほうがみんないいんじゃないの?」
和香子は足を組み直した。
「司城、いろいろあるのは分かってるけどな、まあおまえはそういう性格だし、しとけるならスルーしとけや」
先生が苦笑いして和香子に言う。
「わかってる。せっかくの転校生さんに嫌な思いさせるような空気は作んないよ。そんな子どもじゃないし」
と和香子はまた足を組み直す。
そのたびに、スカートから白くて形のいい足が滑り出した。
大人びた空気が彼女の周りに漂っている。
「じゃあ、原田さん、明日からよろしくね。仲良くしよ!」
と美夏は親切そうな笑顔で、日誌を置いて職員室から出ていった。
戸口から滑り出すときに、あらためてわたしに手を振ってくれた。
いい友だちができそうな気がする。
背後の和香子とは正反対な印象だった。
でも、和香子は和香子で、わたしにとって何か忘れがたい強い何かを植え付けるタイプだった。
猪瀬先生に案内してもらった職員室の隅に、わたしが持ち帰る荷物は積み上げられていた。
ひとりで持ち帰れそうにない量で、同行すると言った母の言葉を蹴ったのを後悔した。
「半分一緒に持って帰ってあげるよ。家どこ?」
背後にいつの間にか和香子が立っていた。
「ああ、それがいいか。えーと、原田の家は確か、岡場(おかば)になるな」
猪瀬先生が手をぽん、と叩いた。
「岡場?」
わたしが引っ越してきたのは下田代町(しもたしろちょう)という。この高校に大字で贄という名称があるが、家には特についているとは、母や祖母から聞いたことはなく、岡場という地名ではない。
変な顔をしてしまったのだろう。
猪瀬先生が、あ、と小さな声を出して、
「昔の地名だよ。ちゃんと町名がつく前に、細かく分かれてたんだよ。大字より小さい小字ってやつだ。岡場が一番広い中心地だから、原田の家周辺はそう不自由のない住宅街だろ?」
「ああ、そういう意味ですか。そういうの、昔社会で習ったような。なんとか地区みたいなのが名前変更して区とか町になるっていうやつ」
「司城は守部(もりべ)だから、岡場を通っていってもそう遠くないよな」
猪瀬先生が話しかけると、
「目立つから通らないように遠回りしてるだけで、本当は岡場を通ったら近道だから」
と和香子が答えた。
不愛想でひとくせありそうではあるが、悪い人間ではないらしい。
案外シャイなのかもしれない。
住宅街である我が家の周辺を通りたくないのは、人に会いたくないという理由なのだろう。
こんなにきれいな子なのに、もったいない。
「持って出るから、ちょっと外に出てて」
と和香子に言われて、持てるだけの荷物を持って出入口に向かう。
「先生、これまただから。学校でやるバカがいて、困るよ。今職員室の前でも、誰かの名前書いてる一年生がいたし」
という和香子の言葉に、何となく少し振り返った。
和香子はさっきのレジ袋を先生の前に差し出していた。
そのレジ袋からは、白い毛を持つ何かが見え隠れしていた。
長い耳がかすかに見える。

ウサギ?

ぴく、ぴく、と動いているウサギらしきそれを差し出す和香子に、
「困るなあ」
と猪瀬先生もしかめ面をした。
そして、
「まだ助かるから、なんとかしてよ」
という和香子の言葉に、
「そうだな。おまえが何かするとまたあれこれ言われるからな」
と、その袋を受け取った。
重みのあるそれは、和香子の手から先生の手に渡った。
わたしは慌てて職員室を出て、荒くなった息を整えた。

【続きは製品でお楽しみください】

 

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