【書籍情報】
タイトル | 平凡な女子大生の私が球界のスターと結婚できた理由 |
著者 | 竹薗水脈 |
イラスト | |
レーベル | ヘリアンサス文庫 |
価格 | 300円+税 |
あらすじ | ――夢を見ているみたい。憧れの戸村先輩の、お嫁さんになれるなんて。 北見杏樹は、従妹の家庭教師をしている平凡な大学生。帰宅すると、杏樹宛に手紙が届いていた。差出人の名前を見て、杏樹は驚きのあまり硬直してしまう。手紙の送り主は、今をときめくプロ野球のスター投手――戸村大輔だった! 憧れの人と結ばれる! 胸キュン! ラブストーリー! |
平凡な女子大生の私が球界のスターと結婚できた理由《わけ》
[著]竹薗水脈
目次
プロローグ
第一章
第二章
第三章
第四章
最終章
エピローグ
### プロローグ
杏樹《あんじゅ》は純白のウェディングドレスを身にまとい、隣に立つ大好きな人の凛々しい横顔を見詰めていた。
(大輔《だいすけ》さん……)
大学四年生の冬。一年間の交際を経て、杏樹は今日、最愛の人の妻になる。
杏樹が、無意識に大輔の腕を掴む手に力を入れると、大輔は優しく微笑んでくれた。
(夢を見ているみたい。憧れの戸村《とむら》先輩の、お嫁さんになれるなんて)
チャペルの鐘が鳴り響き、二人を祝福している。
第一章
――一年前。十一月下旬。
「ただいま~」
大学三年生の北見《きたみ》杏樹は、玄関扉を開け、キッチンにいる母親に声をかけた。
「杏樹。お帰りなさい。家庭教師お疲れ様。麻衣《まい》ちゃん、どうだった?」
麻衣とは、小学生の従妹の名前だ。算数のテストで点数が取れなくなり、叔母に「勉強を教えてほしい」と頼まれたのだ。
「頑張ってるよ。ちょっと、授業でつまずいちゃっただけだから。もともと勉強はできる子だから」
脱いだショートブーツをきちんとそろえながら、杏樹は応えた。
麻衣は小学五年生だが、お受験をするわけではないので、塾講師のバイトをしている友達に比べれば、気楽に勉強を教えられる。従妹だから、お金はいらないと断ったのだが、叔母が「それでは悪いから」と、バイト代を出してくれている。
「そうそう。手紙が届いてたわよ。リビングのテーブルに置いておいたから」
自室に行こうとすると、エプロン姿の母親がやって来た。
「え? 誰からだろう」
今時手紙をくれる人なんて、全く心当たりがなかった。
杏樹は不審に思いながらも、リビングで手紙を手に取った。ごく普通の茶色の封筒だった。確かに宛先は、杏樹の名前になっている。封筒を裏返すと、杏樹は目を見開いて言葉を失った。しばらく差出人の名前を見詰めたまま、指先ひとつ動かすことができなかった。
「う……そ……」
差出人の名前は、戸村大輔。今をときめく球界のスターだった。
*
大輔との出会いは五年前、杏樹が高校一年生の時だった。
高校に入学してすぐの頃、帰宅途中に何気なくグラウンドに目をやった瞬間、杏樹の世界観が一変した。マウンドからボールを放つ勇ましい彼の姿に心を奪われてしまったのだ。
戸村大輔の全てが、杏樹には美しく見えた。立ち姿はもちろん、硬球を放つ一挙手一投足が、投球フォームの黄金律だと思えてならなかった。
当時高校三年生だった大輔の球速は、優に140キロを超えていた。人間は、これほどまでにボールを速く投げることができるのだと、杏樹は感動した。彼は野球の神様に愛されているのだと思った。
杏樹は、大輔の名前を知る前に、一目で恋に落ちたのだ。
大輔はその年の甲子園で優勝した。プロ志望届を提出し、複数の球団から一位指名を受けてプロ野球選手となった。
鳴り物入りで入団した大輔だったが、一年目は目立った活躍はできなかった。プロ野球の世界はやはり厳しいのだと、杏樹は思った。
二年目の春、大輔に大きなチャンスが訪れた。本拠地での試合で、先発投手として登板する機会を得たのだ。大輔はプロ二年目、杏樹は高校三年生だった。
結果的に、大輔は初先発の試合でケガを負うことになる。大輔は二塁でのクロスプレーで骨折し、長期の戦線離脱を余儀なくされた。
CS放送で試合を観戦していた杏樹は、いても立ってもいられなくなり、レターセットを取り出し、ペンを取っていた。便せんに何を書き連ねたのか、正直なところ覚えていない。ただ無我夢中で、励ましの言葉を書いていたように思う。休日のデイゲームだったこともあり、杏樹はその日のうちに、ファンレターをポストに投函していた。
杏樹は帰宅後に冷静になった。たいして野球に詳しくないのに偉そうなことばかり書いてしまい、大輔に対して、不必要なプレッシャーをあたえてしまったのではないかと、激しく後悔した。
*
杏樹は自室の机に向かい、改めて差出人の名前を見詰める。やはり、『戸村大輔』と記されている。
(ファンレターを送ってから、もう三年も経ってるのに、どうして今頃になって、戸村先輩から手紙が届くんだろう)
悪質ないたずらかもしれないと思いながら、杏樹は手紙を開封する。横書きの白い便せんには、直筆で、丁寧な文字が綴られていた。
『北見杏樹さま
返事が遅れてしまって、申し訳ありません。
同じ高校の後輩なんですよね。
北見さんがファンレターを送ってくださってから、三年も経ってしまいましたが、その節は、ありがとうございました。
北見さんが、今も僕を応援してくれているのかわかりませんが、僕は北見さんの手紙のおかげで、立ち直ることができました。本当にありがとうございました。文章で僕の気持ちを表すことができないのが、とても残念です。北見さんには、感謝してもしきれません』
熱のこもった文章に、杏樹は困惑する。
(これって、本当に戸村先輩が書いたのかな? 私はただ、ケガをした先輩を励ましたかっただけなのに、どうしてこんなに、感謝されてるの?)
杏樹は便せんを見詰める。手紙の末尾には、メッセージアプリのIDが記されていた。
(本当に戸村先輩だったら、メッセージ送らないと失礼になっちゃうかも。でも、なんて送ればいいのかわからないし、いたずらかもしれないし……)
結局その日は、メッセージを送ることができなかった。
ベッドに入っても、杏樹の興奮は治まらなかった。球界のスターである大輔からファンレターの返事が来るなんて、やっぱり信じられなかった。大輔は今シーズン、先発投手のタイトルを独占している。大輔ほどの有名人なら、ファンからの手紙にいちいち返事などしていられないだろう。
(でも、もし……本当に、戸村先輩だったら)
高一の時に初めて見た、大輔のマウンドに立つ姿が脳裏に浮かんだ。大輔のことを思い浮かべるだけで、顔がほてってしまう。プロ野球選手になってからも、ずっと応援してきた。ケガをしてしまった時は、自分自身もケガを負ったように感じた。大輔がマウンドに戻ってきた時は、自分のことのように嬉しかった。
杏樹は毛布にくるまり、体を丸くした。
(本当に戸村先輩が返事をくれてたら、私、舞い上がっちゃいそう……)
眼が冴えてしまい、明け方まで眠ることができなかった。
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