トランジェント―儚い愛―

【書籍情報】

タイトルトランジェント―儚い愛―
著者高嶋凛壱
イラスト天満あこ
レーベルフリチラリア文庫
価格400円+税
あらすじ一人旅をするつもりで乗った電車の中、俺は一人の青年に声をかけられた。相手は同じ大学の学生だがこれまで交流はない。見知らぬ相手というわけでもなくそのまま一緒に目的地へ行くことに――。
激しい恋に落ちるとも知らずに。イラスト1枚入り。

【本文立ち読み】

トランジェント―儚い愛―
[著]高嶋凛壱
[イラスト]天満あこ

目次

トランジェント―儚い愛―

大学の夏休みは長いと聞いていた。いや、実際大学生になってみると、本当に長いのだけれど。
この長い休みは「無駄」もしくは「遊ぶためにある」としたら、勿論、自分は後者だ。今は電車で一人旅をしている。
こうして何も考えない時間が一番好きだ。
大概の人はそうだと思うが俺――柏崎堵塙《かしわざきつかさ》はそれが人一倍強いのだと思う。
集団行動はどうしても気を遣いすぎて疲れる。
だから寝ている時や一人で問題を解いている時、そういう『無の時間』が好きだ。
何を思うのでもなく電車の外の風景を見る、ひたすら続く田園風景、畑と疎らに広がる民家。
ここなら大学での忙しかった日々の疲れを多少なりと癒せそうだと思った。
電車が駅に着き人が乗って来る。お年寄りばかりだと思ったら自分と同じくらいの青年が乗って来た。
どこにでも居そうな普通の真面目そうな青年。
どちらかと言えば中性的な顔立ちでこの電車のまわりに広がる風景に溶け込んでしまいそうなそんな感じの青年だった。
何となくその青年が気になってしまい、暫く見つめてしまった。
一瞬、青年が長袖を着ているから気になったのかと思ったが、違う。
――何か、幻みたいな人だな、と自分の中の何かに青年の存在という大きなものが触れた気がした。
見ていたのはほんの数秒だと思う。でもそう感じた。
あまり長々と見続けて相手と目があったら気まずいと思い、俺は視線を車窓の外に向けた。
ドアの閉まる音とほぼ同時に声をかけられた。振り向けばあの青年が覗き込むようにこちらを見ていた
「あの、前、座ってもいいですか?」
「え?  …… あぁ、どうぞ」
他にも席は空いているのに何故だ? と頭の上に疑問符を浮かべながら適当に答えた。
座席が対面式になっているので、どうしても青年が視界に入ってしまう。
この何だか気まずい状況を打開しようと、頭をフル回転させるもいい案が思い浮かばない。
皮肉にもこの空気を変えてくれたのは悩みのもとである青年だった。
「……あの、僕の事覚えてませんか?」
え? 面識なんてあったのか?
またひとつ頭上の疑問符が増えてしまった。
ここは空気を読んで「覚えている」と言うのがいいのか、ハッキリ言ってしまった方がいいのか、どうしよかと、悩んでいたら口を開いたのは、また青年だった。
「あ、覚えてなくて当然だと……思います。だから、今のは忘れてください」
青年は少し悲しそうな笑みを浮かべ席を立とうとした。
忘れてください、と言われてもそんな表情をされては忘れようにも忘れられない。
反射的に席を立とうする彼の腕を掴んでしまった。
「まって! もう少し話したら思い出せそうだから……」
彼は少し驚いた表情を見せ身体を強張らせたが、ただ頷いてもう一度座席に座る。
「えっと、取り敢えず自己紹介でもしようか。俺は柏崎堵塙」
咄嗟に引き止めたけど、何を話せばいいんだ? 無難に自己紹介でいいのか? ぎこちない笑顔が顔から離れない。
「僕は橘田悠也《きつたゆうや》っていいます」
彼――悠也は俺と違ってにこやかな笑みを浮かべて軽く会釈をした。
その笑み俺は今まで肩に力を入れていた自分が馬鹿らしく思えて、軽く息を吐いた。
しばしの、沈黙。聞こえるのはお年寄りの会話と電車のガタン、ゴトンという音だけ。
「あのさ、俺達面識あるみたいなんだけど……俺、覚えてなくて……いつ、会った?」
意を決し問いかけた、これが社会人だったら怒られているだろう。
この時は本当に学生でよかったと思った。しかし、悠也は嫌な顔一つせず話し出した
「去年……大学の入学式の時です。僕が道に迷ってたら堵塙さんが助けてくれて……」
大学、入学式、道……このキーワードに当てはまるであろう記憶を必死で漁る。

あと少し、あと少しで思い出せる……確か、俺は……。

* * *

大学の入学式の当日、俺は寝坊して近道をしようと、満開の桜が咲き誇る川沿いを走っていた。
寝坊なんてしなかったらこの桜をゆっくり見ながら学校に行ったんだろうななんて思いながら。
視界の端に、自分が通う大学の入学案内紙を片手にキョロキョロしてる同い年くらいの人を見つけた。桜が舞い散る中、その人はとても綺麗で何故か見ているだけで心を締め付けられるような感覚に陥ったのを覚えている。自然と全力で動かしていた足もゆっくりになって彼に近付いた。
俺の気配に気づいた彼は振り向くと、安堵と焦りの入り混じった表情をしていて。
たった少し走っただけなのに肩で息をするくらいの肺に、もっと体力つけなくちゃな……とか、どうでもいい事を考えながら、息を整えてから彼に『俺もそこの大学に今行くところだから一緒に行く?』なんて話しかけた。彼は、ただ頷くだけで、変わった奴、と思ったけど腕時計をみたらもう時間がなくて『 時間が無い! 走って』それだけ言って彼の手を掴んで走ったんだ……。

キーワードにぴったりと一致する出来事を思い出した。
あぁ……悠也はあの時の……。

 

【続きは製品でお楽しみください】

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