【書籍情報】
タイトル | アフェアー見えなくなったモノを求めてー |
著者 | 横尾湖衣 |
イラスト | |
レーベル | 詠月文庫 |
価格 | 300円 |
あらすじ | 来栖明日見は、自分の一部だったような彼・高遠快生との関係が突然断たれてしまう。その時の穴が数年経っても埋められず、その穴を埋める何かを求めて彼と語り合ったギリシャへ旅立つ。 そのギリシャの地には、やはり何かを求めてやって来た二人の女性がいた。その二人の女性と出会った明日見は、しばらく彼女らと一緒に旅をすることになる……。 |
【本文立ち読み】
アフェア―見えなくなったモノを求めて―
[著]横尾湖衣
― 目次 ―
一、「ギリシャへ」
二、「デルフィの街での出会い」
三、「神託の地、デルフィ」
四、「アラホバからカランバカへ」
五、「奇岩の頂、天空の修道院」
六、「女神アテナが守護する地、アテネ」
七、「アフェア」
一、「ギリシャへ」
高校生のころ、窓の外ばかり見ていた。
教室から見える風景ではなく、そのはるか向こうにあるだろう地中海の青い海を見ていた。ギリシャの海は、どれくらい青いのだろうか。そればかり考えていた。
わたしには、未だにわからないことがある。あれは友情だったのか、それとも恋だったのか。ある異国の詩人は「男女の間に友情が存在することは不可能だ」と言っていた。しかし、わたしはそれを確かめようにも、確かめる術がなかった。なぜなら、見えなくなってしまったからだ。
今、わたしはドバイの空港にいる。アテネ行きの飛行機に乗るため、時間を潰している最中だ。わたしは目の前を通る人々を眺めていた。ドバイの空港は昔でいう交通の要所、中継都市であることを実感した。インドのサリーやアフリカ地域の民族衣装、イスラム教やキリスト教などの宗教的装束に身を包んだ人々が過ぎ去っていく。肌の色、髪の色はもちろんのこと、目の大きさ、鼻の高さも民族によって違う。少なくとも、十カ国語は耳にしているだろう。
昔ならシルクロードだろうが、このドバイを通過する道は差し詰めマネーロードという感じだ。いろいろな国のお金が動いているように見える。
ようやく飛行機への搭乗が開始された。わたしは航空券を見る。エリアはDと印刷されていた。しばらくすると、Dエリアの搭乗開始のアナウンスが流れた。わたしは列に並び、飛行機に搭乗した。
飛行機は滑走路を猛スピードで駆け、蹴り上げるように上昇していった。見る見るうちに、ドバイの街の全貌が見えてくる。先進的な近未来都市が、あっという間に小さくなっていく。
空から見下ろすドバイは、よく計画し建設された摩天楼だ。きれいに整理されたような都市国家という感じで、思わず日本の平安京を思い浮かべた。そして、ふと思い出した。途切れたままのあの日を……。
***
わたし、来栖明日見《くるすあすみ》と高遠快生《たかとおかい》は、小学五年生の夏に出会った。
わたしの家は父子家庭だった。なぜなら、わたしが五歳の時に母親が亡くなったからだ。だから、家族は父親だけだった。
その唯一の肉親である父親が、海外の支社に転勤することになった。わたしは日本の学校に通いたかったので、どうしても日本に残りたかった。その時、わたしは初めてわたしに叔母がいるということを知った。
会ったこともない父方の叔母、父の妹にわたしは預けられることになった。そのため、小五の夏休みにわたしは叔母のいる京都にやって来たのだ。なぜ、父がわたしに叔母がいるということをその時まで教えてくれなかったのだろうか。その当時は、そんな疑問は全く思い浮かばなかった。わたしはただ単に、日本の学校にそのまま通えるという安心感でホッとしていたから。
***
引っ越してきたばかりのわたしは、碁盤目のような町並みの中、図らずも迷ってしまった。碁盤目のような町並みに、それぞれ通りの名前が付いているので、迷うことはないと過信していたのだ。
「ねぇ。さっきから何で同じところばかり歩いてんの?」
突然、知らない人に後ろから声を掛けられた。明日見はドキッとした。身構えながら振り向くと、同じような年ごろの男の子だった。明日見は同じ年ごろの子だとわかりホッとしたが、警戒心は緩めなかった。
「単なる散歩!」
明日見はぶっきらぼうにそう答えた。
「散歩だったら、同じところばかり歩いていてもつまらなくない?」
そう言われ、明日見は思わずムッとした。何だか観察されていたような、見抜かれているような気がしたから。
「探索」
明日見はそれをごまかすように、小さな声でそう付け加えた。
「探索なら、もっと違うところを歩いた方が絶対に面白いよ」
「そう、ありがとう。でも、それはわたしの勝手でしょ」
明日見はからかわれていると思い、そう答えた。
「あのさぁ、もっと素直になった方がいいと思うよ」
明日見はやっぱり見抜かれていると思った。そして、その子をギロっと睨みつけた。
「そう怖い顔するなよ。君さぁ、実は迷子なんでしょう?」
ストレートにそう指摘され、明日見はカァーと顔を真っ赤にした。恥ずかしい。小五にもなって迷子なんて。それも、知らない子に指摘されるなんて、恥ずかしいったらありゃしない。
「だって君、この辺りで見かけたことないから。京の街は碁盤の目になっているから、迷わないようで意外と迷うんだよな。えーと、住所は?」
明日見はそう聞かれたが、答えなかった。
「君さぁ、けっこう強情だね。人の好意は素直に受け取った方がいいよ」
「強情でけっこう。知らない人に教えるわけがないでしょ。それくらい幼稚園生でもわかるわ」
「あー、もう面倒臭いなぁ。オレ、高遠快生《たかとおかい》。君は?」
快生が頭の後ろを手でかきながら、そう名のった。名のられたら、こちらも名のるしかない。仕方がないので答える。
「来栖明日見」
明日見はそうぶっきらぼうに返した。
「くるす、あすみ?」
「うん。来栖、明日見。明日見でいいよ」
「じゃあ、オレは快生でいいよ」
これが来栖明日見と高遠快生との出会いだった。道に迷った明日見は、このあと快生に案内されて、無事に叔母の家に帰ることができた。それ以来、明日見は快生と仲良くなった。快生は明日見にとって、大切な友だちだった。だったというのは、快生が突然いなくなってしまったからだ。
***
ふと窓の外を見下ろした。飛行機はアカバ湾を通り過ぎている最中だった。アカバ湾はサウジアラビア、ヨルダン、イスラエル、エジプトという四つの国の国境が集中している場所だ。
上空から見下ろす限りは平和そうに見えるが、かつて自爆テロなどがあった場所である。アカバ湾を過ぎるとすぐにスエズ湾が見えてきた。
どんどん飛行機が近づいていく。スエズ湾の上から地中海に抜ける青い道が見えてきた。あの有名なスエズ運河だ。紅海と地中海を結ぶ道、一八六九年十一月に開通したスエズ運河は世界の貿易に欠かせない人工の海の道。その青い道を行く大きな船が、肉眼で五艘ほど確認できる。その他、その大きな船よりも小さい船が何艘も浮かんでいる。
運河を通行できる航路は一レーンのみ、そう設定されていると聞いたことがある。動いていない船は船の行き違い、鉄道用語いう「交換」のため停泊しているのかもしれない。そして、飛行機はナイルデルタを通りアレキサンドリアを通り、そのまま地中海へ出た。
続きは製品でお楽しみください