【書籍情報】
タイトル | バイバイ、わたしの青い波 |
著者 | 横尾湖衣 |
イラスト | |
レーベル | 詠月文庫 |
価格 | 300円 |
あらすじ | 穂高、彼のことを思うと心が温かくなり、なぜか陽菜の中に青い波が立ち始める。 転校した学校は、同じクラスの睦美とは仲良くなれたが、あまり居心地が良くなかった。ふとした瞬間、なぜか穂高を思い出す。そのせいもあってか、ある夜、彼に会う夢を見る。 その夢の中で、陽菜は返事をできなかったことに後悔の念を抱く。そして陽菜は彼がいるスタジアムへと向かうことに――。 |
【本文立ち読み】
バイバイ、わたしの青い波
[著]横尾湖衣
―目次―
プロローグ
第一章
第二章
第三章
第四章
第五章
エピローグ
まただ。誰かに告白されると、わたしの中に青い波が立つ。
その青い波が、「この人ではない。違う」と心をゆさぶって引いていく――。
プロローグ
「ごめん。今言ったこと、全部忘れていいから」
岩倉陽菜は、その言葉にふと我に返った。
夕日の差し込む放課後の教室で、陽菜はただぼんやりと校庭を眺めていた。そうしたら、突然入ってきた男子生徒に告白されたのだ。
「そのお、オレ、ただ伝えたかっただけなんだ。だから、気にしないで。オレの見える範囲なら君を守れるけど、君を守れるという絶対の自信はないんだ。オレのせいで君がつらい思いをすると思うと、そんなのは嫌だし……」
陽菜は「またか」と思う。陽菜は無表情のままで、男子生徒の告白が終わるのを待った。
「でも、オレが好きだということ。それだけは、知っておいて欲しかったんだ」
そう相手は言いたいことだけを言うと、逃げるように教室を出て行った。
こちらが何も答えないうちに、勝手に告白し自ら振られていった。返事を求められても、結果は同じなんだけど。
それより、こっちが黙っていれば相手の方から振られてくれるので、楽といえば楽だ。楽なのだが、正直面倒臭い。それだったら、最初から伝えないで欲しいと思う。
告白してきた相手は、記憶にある。同じ学年、三年生の……、確かサッカー部のエース。そこそこ県内でも有名な選手らしい。その上、イケメンなので他校の女子にも人気があるようだ。聞いたところによると、ファンクラブなるものが存在するらしい。
そういう彼だからだろうか、自分がモテるという前提で告白してきた。しかも自信満々。フラれるなんて思ってもいないようだった、最初は。
ということで、陽菜の方に全く気がないことが分かるや否や、自分のメンツに傷が付かないように優しい男子を演じ去って行ったという顛末。
要するに、彼は自分の自尊心を保つためにすり替えたのだ。自分は女子にモテるので、女子のイジメがあるかもしれないからと。そんな薄っぺらなプライドに、傷つけられるなんて理不尽だと陽菜は思う。
全くもって不愉快。相手の気持ちを思いやってくれているようで、全く思いやってくれてはいないことに腹が立った。なんて自分勝手だ。
陽菜は腹が立ったが、それよりもこの後のことを思うと重い気分になる。
「当分の間、鉄仮面姫《てっかめんひめ》とか氷姫《こおりひめ》って後ろ指さされるんだろうな」
やっと静かになったのに、また嫌な噂を立てられると思うとうんざりする。陽菜は太く思いため息をついた。何も悪いことなんかしていないのに、一方的に悪く言われるのはいつも陽菜の方だった。
陽菜は少しでも気分を軽くしようと、「こちらにも選ぶ権利があるんだけどなぁ」とつぶやいてみた。あまり変わらなかったが、少しでもつらい気持ちは言葉にして吐き出す方がいいという。だから、きっとどこかに効果があるはず。
そう、内にため込むよりずっといいはず。自分の心を守れるのは自分だけなんだから。だったら、自己弁護でもしてみよう。
いくら女子に人気のある男子とはいえ、女子のすべてが好みだとは限らない。蓼食う虫も好き好きっていう言葉があるでしょ。だから、仕方ない。生理的に無理。だって、拒絶の波が立ったんだから……。
第一章
程なくして、また陽菜は噂の種となった。
登校すると、陽菜はチラチラと人の視線を感じた。
「あの人でしょう? 確かにキレイな人だよね。羨ましい」
下の学年の女子が、キラキラした目で陽菜を見ていた。
陽菜は「はあ」とため息をつく。目立ちたくないのに、目立ってしまう。
下の学年の子たちは、まだマシ。教室に行くの、ちょっと嫌だなあ……。陽菜は思い気分になった。
「美人で頭が良くて、憧れるよね」
「うん。あの先輩、モデルって言っても全然違和感ない」
「スタイルもいいよね」
陽菜を憧れの存在として、崇拝している年下女子もいる。
しかし、陽菜自身はそう思っていなかった。面長な顔より、もう少し丸顔がよかったと思っている。それに、目の下にクマができやすい大きすぎる目は嫌いだった。欲を言えば、鼻ももう少し低い方がよかったと、鏡を見る度に思っていた。
陽菜は小さく「はぁ」と、またため息をもらす。なぜなら、同じ学年の女子の集団が見えたからだ。その前を通り過ぎていかなければならないのだ。
一番風当たりが強いのは、同学年の女子だ。上に学年がない三年生なのだから、何も憚るものがないから忖度などない。剥き出しだ。
陽菜はキュッと唇を噛む。そして、教室に向かう。
「あの女、振られたらしいよ」
「違うって。あの氷結女の方が、Kくんを振ったらしいよ」
「でも、Kくんは振られたなんて言ってなかったよ」
「そりゃあ、そうでしょ。あの女のために、自分の方から振られたんだから」
ドヤ顔でいう同学年の女子の前を、陽菜はスーッと足早に通り過ぎた。
「えー、なになに?」
「聞きたい?」
「うんうん。聞きたい」
「それがねぇ、もう格好いいの。Kくん、自分のせいであの女がイジメられないように、自分から振られたんだって。もうそれを聞いてさあ、Kくんって顔だけじゃなく性格もイケメンなんだって、私感動しちゃった」
「ほんと、それ感動だね。Kくんって、優しいよねぇ」
昇降口から教室までの廊下だけじゃなく、教室の隅の方でもこそこそ陽菜の方を見ながら話す声が聞こえてくる。
「さすが岩倉さん、ほんと鉄仮面だわ」
「Kくんでも落とせない高嶺の花。まあ、美人は得だよね」
「確かに。黙っていても、寄ってくるものね」
「いいよね、綺麗な花は」
まただ。また言われた。ルッキズムなんて大嫌い。「美人は得だよねぇ」って嫌味を言われるけど、そんなに得することなんかない。面倒臭いし、損することも多い。
あなたたちみたいな人に勝手に変な噂を立てられるし、それに気持ち悪い視線で見られるし、同性に冷たくされるし……、本当にあまりいいことなんてない。
人に顔をじろじろと見られて、値踏みされるなんてまっぴら。顔だけ見て言い寄ってくるなんて、全くわたしのことなんか見ていない。顔だけで判断し、わたしの内面、わたしがどんな子なのか、見た目のイメージだけで全然知ろうとしてくれない。
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