最悪の魔女スズラン part3 故郷を想いて歩む秋 三つの試練と再会の紅葉

【書籍情報】

タイトル最悪の魔女スズラン part3 故郷を想いて歩む秋 三つの試練と再会の紅葉
著者秋谷イル
イラスト
レーベルペリドット文庫
価格600円+税
あらすじココノ村存亡の危機を乗り越え、最初の神子アイビーに「七人目の神子」と認められたスズラン。次はアイビーに弟子入りして商業都市オサカで修行を開始。初めて村と養父母から離れた彼女は、ホームシックに!そんな中与えられた「三つの試練」、それを乗り越え、無事にココノ村へと帰れるだろうか?
ちょうどその頃、幼馴染のモモハルも大変な目に遭っていて――!着実に迫り来る危機に備え、急成長する時を迎えたスズランとモモハル。一歩一歩、確かに歩んだその先には、豊かな実りが待っている!

【本文立ち読み】

最悪の魔女スズラン part3 故郷を想いて歩む秋 三つの試練と再会の紅葉
[著・イラスト]秋谷イル

― 目次 ―

開幕・商業都市オサカ
一幕・弟子入り
二幕・ビーナスベリー工房
三幕・工房の裏側
四幕・二つの難題
五幕・災禍の提案
六幕・師弟の絆
七幕・長所を伸ばせ
八幕・難関突破
九幕・神子の成長期
十幕・友達として
十一幕・工房の誇り
十二幕・最後の難題
十三幕・大いなるもの
十四幕・モミジの願い
終幕・実りの秋、過ぎ去りし頃に

世界観・キャラ紹介

開幕・商業都市オサカ

大陸東北部のタキア王国から馬車で南下を続け、魔法使いの森の手前で西へ進路を変更。そこから森の縁に沿って四日間移動。ニイガタの港で客船に乗り換え、西の海を航海することさらに三日。
八月下旬。一週間もの長旅を経て、ようやくスズランとナスベリはオサカに到着した。天気は快晴。まだまだ日射しは暑い。広い港には大勢の人々が行き交っている。
下船し、三日ぶりに地に足をつけたスズランはホッと息をつく。いつもならホウキなので、船旅なんて生まれて初めての経験。
『ま、まだ揺れてる気がします……』
くぐもった声。丸っこい手足で懸命にバランスを取り、今なお波に揺られているかのような錯覚に抗う。
声がこもっているのは着ぐるみのせい。彼女はその中に入っている。見た目には茶色いクマのぬいぐるみ。中は最先端技術の結晶。
そんな彼女のファスナー付きの背中に向けて呼びかける船上の人々。
「またねー、スズちゃーん!」
「治療がんばって!」
「辛くてもくじけるなよ!」
『あっ、ありがとうございます! がんばります!』
振り返って大きく手を振る。声援を投げかけてくれたのは船員たち。旅の間ずっとこの格好だったものだから、すっかり人気者になってしまった。
無論、正体を隠すためである。素顔を晒せばすぐ『最悪の魔女』ヒメツルの身内だとバレてしまうので、ビーナスベリー工房がこの特殊な着ぐるみを用意してくれた。
彼女自身は認識阻害メガネでいいと言ったのだが、それでは先日アイビーに見破られたように腕利きの魔法使いには通用しない恐れがある。物理的に顔を隠すべきだと諭された。
なので渋々、着ぐるみ姿で旅をしている。
嘘をつくのも心苦しい
『あんなに応援していただいて、申し訳ない気分です……』
「まあ、本当のことは言えないし」
すぐ隣で苦笑する黒髪黒目のグラマラスな美女。メガネをかけていて理知的な雰囲気の彼女の名はナスベリ。これから行くビーナスベリー工房の副社長であり、スズランの養父母の幼馴染でもある。
黒いパンツスーツ姿の彼女はスズランの肩に手を置き、励ました。
「それに、これから頑張ることは事実でしょ。素直に受け取っていいと思う」
当然ながら道中、何人もの人に着ぐるみを着ている理《わ》由《け》を問われた。そこで二人は、あらかじめ決めておいた嘘の説明を並べ立てたのだ。
この着ぐるみは工房が開発した試作品で、内部環境を一定に保つことにより特定の疾患を持つ患者の発作を抑制できると。
そしてオサカへは治療のために向かっていると説明した。着ぐるみの試験に参加してもらう代わり、工房が全面的に費用をバックアップするのだとも。
ちなみに、この着ぐるみ自体は実際にそういう目的で作られた物だ。最先端魔道と錬金技術が用いられており、丸一日装着していても中は快適。装着者の負担を軽減する動作補助装置も仕込まれてあって、それなりの重量なのに中の人間は重さを感じない。
「さあ、行こう。もう少しだ」
ナスベリは肩を叩いた手を裏返し、手の平を上に向けて差し出す。
その手を取って頷くスズラン。
『はい』
当面の保護者と手を繋いだ彼女は、港の先の大きな街を見つめる。
ここはオサカ。世界最大の商業都市にして神子アイビーのお膝元。
これから始まる試練のことを想像すると、ほんの少しだけ怖い。でも故郷で待つ家族の顔を思い浮かべ、また一歩足を踏み出した。
帰りたいなら、前進あるのみ。

「それでどう? オサカの感想は」
意見を求められ、言葉を選びつつ回答する。
『すごく、大きいです。こんなに広い港、初めて見ました』
実際には昔、ヒメツルだった頃に何度か訪れているのだが、そちらの正体はナスベリに対しても秘密。なので無難なことしか言えない。でも前回来たのは八年以上前のことだし、改めて感心させられたのは事実。ここはすごい。
オサカ港には数え切れないほど船が停泊しており、出入りも激しい。荷物の積み下ろしのためここで働く人々がひっきりなしに走り回っていて、そんな姿を横目に自分たちのような旅行者はゆったりした足取りで歩く。
海に面している国ならどこでも似たような光景は見られる。けれど、この港は規模が段違い。さすがはオサカの海の玄関口。
ここオサカは大陸北部と南部を繋ぐ交易路のちょうど中間地点にあり、それゆえ商業都市として発展した街だ。かつては大国キョウトの一部だったのだが、三百年ほど前に自治権を得て単一都市の独立国家と化した。トキオ国内にありつつ自治を許されているシブヤと似たような立場である。
この自治独立にはビーナスベリー工房の前身『魔道具開発工房』がオサカに居を構えたことが大きく寄与している。元々商人たちは税の重いキョウトから離れたがっていたのだが、工房の創業者アイビーの鶴の一声が後押しとなって実現にこぎつけた。南北の交易の拠点を武闘派のキョウトが押さえてしまっている状態を、彼女も長年問題視していたらしい。
それにオサカがキョウトに属したままでは『最初の神子』アイビーと彼の国との関係も密接になってしまう。そうなる事態を他の大国が危ぶみ懸念を表明したことで、キョウトとしてもオサカを手放さざるを得なくなった。さすがに複数の大国を敵に回すことは避けたかったらしい。
そして今やオサカは、かつての盟主キョウトと並び大陸七大国の一つに数えられている。国力を示すように港から街まで道路は全て舗装済み。これは商品をスムーズに運ぶための施策でもあるらしい。
港の出口で迎えの馬車に乗ったスズランとナスベリは、その舗装された道を使い、まっすぐ中心部に向かって進んで行く。
『ほとんど揺れない』
スズランはまた驚かされた。ココノ村から四日間馬車で移動し、ニイガタの港まで複数の街を経由してきたものの、ここまで快適な乗り心地は初めて。
『本当に綺麗に舗装されてますね、この道路』
「もちろんそれも快適な乗り心地の一因だけど、この馬車はうちの会社の製品で車輪と車軸を従来のものより大幅に改良してあるんだ。交換費用が高くつくせいで、まだあまり普及してない製品だけどね」
『そういえば……』
ナスベリの解説を聞き、乗る時に不思議に思ったことを思い出す。この馬車の車輪は黒い素材で覆われていた。それに車軸と車体の間にチラリとバネ状のパーツも見えた。多分あれらで振動を緩和しているのだろう。
馬車が未来的なら街並みも未来的。まだあれからたった八年なのに、かつてヒメツルとして訪れた頃より高い建物が多くなっている。オサカの領土はこの街の中だけと定められているため、発展に伴って建物を拡張しようとしても横に広げることは難しい。だからどんどん上に伸びて高層建築が林立してしまう。これもやはりシブヤと同じ。
街に入ると空が狭くなった。その狭い空を何人もの魔法使いがホウキに跨り往来している。都会ではさほど珍しくない光景。
魔力が弱い。戦うのは怖い。研究者にもなれない。様々な理由から飛行技能を活かして運送業に携わる魔法使いは少なくない。研究者が研究費を捻出するため副業としているケースも多い。
魔法使いの数は、その国の国力を示すと言う。隣の大国キョウトは三百人の精鋭によって編成される有名なキョウト魔道士隊を擁している。その軍事力は世界最大と名高い。
対してタキアなどは十人ほどの魔道士しかいなかったはず。このオサカの街を飛び回る魔法使いたちも、オサカという国に属しているわけではない。でもオサカの一部ではある。そう考えれば、やはりここは七大国の一つなのだろう。そう呼ばれるに相応しい力を有している。
空から再び地上の人々へ視線を移す。南北を繋ぐ交易の要だけあり、いたるところで商談が行われていた。
「アカンアカン! せやからお客さん、こちらの品は由緒正しい窯元で三百年も前に――」
「三万! 三万にまけてもらえんか? これ以上は無理やっ! 一家揃って首くくるしかなくなってまう!」
「いらはいいらはい、オサカ名物まほ森たこ焼き! 魔法使いが培養したプリプリ食感のたこを! 新鮮なのを使っとりますで~! いかがでっか~」
「毎度! お客さんええ男や! きっと三柱様の祝福がありまっせ!」
立ち並ぶ無数の店、店、台。売ることを目的とする者たち。買うことを目的とする者たち。その両方、あるいはただの冷やかし。
『すごい活気』
「ここは心臓だからね」
オサカを第二の故郷とするナスベリは得意気な顔。心臓とは言い得て妙だと思う。
東ではトキオが同じ役割を果たしている。だから肺と言い換えてもいいかもしれない。
この二つの街は大陸の物流の要。南北に『商品』という名の血液を送り出す巨大な心臓。道はごった返す人で混雑しているのに、それでも馬車がスムーズに行き来できるのは整備され、歩道と車道がきっちり区別されてあるから。
交通を妨げなければ流通も滞らない。商人の街でそこが重視されるのは当然の話。心肺機能が正常に働かないと『経済』は死ぬ。
そして西の心臓《オサカ》の中心にそびえ立つのが――
『ビーナスベリー工房……』
その建物を見上げ、ゴクリと喉を鳴らすスズラン。一際巨大な建築物に太陽が隠れてしまい、大きな影が馬車ごと彼女たちを覆った。
その名はビーナスベリー工房。世界最大の魔道具開発メーカーにして世界で最初の神子を頂点に据える会社。
彼女はこれからあの場所で一人前の神子になるべく指導を受ける。ナスベリ帰還時にココノ村で課された試練は想像以上に厳しいものだった。今回はあれ以上の無理難題を言い渡されるかもしれない。
緊張を見て取り、対面の席のナスベリは道中で何度も繰り返した言葉を再度投げかけてくる。
「大丈夫だよ、社長は厳しい人だけど優しくもある。絶対に無理なことを要求したりはしないし、無茶だってさせない」
『はい』
村で直接話した時のアイビーも、けして悪い人ではないと思った。彼女との関わりが深いナスベリの言も信じたい。
それでもやはり緊張は拭い切れない。故郷ココノ村を離れたのも+スズラン+になって以来初めてのこと。望郷の念は日増しに強くなるばかり。
少女は着ぐるみの中で硬い表情をしたまま、次第に近付いて来る工房の姿を見つめ続けるのだった。

一方、工房内のとある一室にて。三人の男女が密談を交わしていた。
「今日来るらしいよ」
「そうなんだ」
「し、失礼の無いようにしてね! 神子《みこ》様なんだよ^!?^」
黒髪に暗金色の瞳。十三歳という年齢を考えると身長は平均的。整った容貌にはまだ幼さが残り、なおかつ三人揃って同じ顔。
男女に性別が別れているため一卵性の三つ子ではない。なのに良く似ているのは単なる偶然か、それとも彼らが生まれた地の問題か。
三つ子Aと三つ子Bはフッフッフと怪しく笑う。
「ボクらより姉ちゃんに言いなよ」
「そうだよ、マドカ姉の方がよっぽど危険だろ」
「そんなのわかってるよ」
頬を膨らませつつ隣室に繋がるドアを開ける三つ子C。そこにはすでに縄で縛られ拘束された姉の姿があった。
「むーっ! むーっ!」
しっかり猿ぐつわも噛ませてある。
「ちゃんと捕まえておいたもん。社長にもマドカ姉さんだけは絶対に野放しにするなって言われてるし」
「グッジョブ」
「仕事が早い」
サムズアップするAとB。ちなみにBだけ男の子。
「ナナカ姉は、まあ女の子が相手なら平気か」
「もう一人の神子さんが来る時はふん縛ろう」
まったく困った姉たちだと肩をすくめる二人。しかしCに言わせれば、AとBも上の姉たちと大差無い。だから改めて釘を刺す。
「絶対に、絶対に失礼の無いようにね」
「心配しすぎ。ボクらはきちんと弁えてる」
「そうそう。本気で怒られない程度にからかうだけ」
「だーかーらっ!」
やはり、自分がどうにかしなければならない。危機感を抱くC。例の少女と一緒に戻って来る副社長にも協力してもらわねば。なんとか姉や弟の毒牙から神子様を守るのだ。
しかしCは気付かない。AとBには本当に神子をからかうつもりなど無いのだと。だってリスクが高い。この二人は上の姉たちと違って賢明なのだ。さすがにそんな馬鹿はやらない。
だから代わりにCをからかって遊んでいる。他の社員たちは毎回フォローに回って苦労させられる彼女まで含め、この子供たちをこう呼ぶ。
悪魔の三つ子、と。
スズランは一刻も早くアイビーに一人前と認められ、ここでの修行を終えるべきだろう。
でないとCの胃に穴が開いてしまう。
五人姉弟の中で、彼女だけが常識人なのだ。

【続きは製品でお楽しみください】

【シリーズ既刊紹介】


最悪の魔女スズランシリーズ本編『part1三悪集いし小さな村』

最悪の魔女スズランシリーズ本編『 part2 夏の雪解け 秋への旅立ち』

 

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