月灯りの絆 君と永遠に (四)守と瑠璃、逃亡と固く誓った愛

【書籍情報】

タイトル月灯りの絆 君と永遠に (四)守と瑠璃、逃亡と固く誓った愛
著者かにゃんまみ
イラスト尾張屋らんこ
レーベルフリチラリア文庫
価格350円+税
あらすじ隆二からの仕打ちに耐え切れなくなった守は瑠璃と共に女宮殿を脱走する。だが外の世界は守の想像を超える過酷さだった。シリーズ4巻です。

【本文立ち読み】

月灯りの絆 君と永遠に (三)隆二の愛執で監禁される守と、瑠璃に想いを寄せるアキト

[著]かにゃん まみ
[イラスト]尾張屋らんこ

スラムを歩く女

守は瑠璃の胸の中でしばらく眠っていた。時折そよぐ森の風と、瑠璃の鼓動を聴きながら。
ふと目を覚ますとクスりと笑う。
「どうしたの? 守」
「ん、夢を見ていたんだ。綺麗な草原だった。そのなかに小さな二階建ての家があって、僕らは二人きりで色々な植物と共に自給自足で暮らしていた。不安も束縛もないままの限りない自由。眩しいほど綺麗で温かな世界だった。瑠璃、お前の笑顔が眩しくて」
「素敵な夢だね」
「ああ」
「きっとそうなれるよ、絶対そうなる」
「そうかな、そうだといいな……」
そのまま守はすぅと再び夢の中に落ちていった。

二人は森の中でひとときの安らぎを得た。
しかしひたひたと厳しい現実が忍び寄ってくる。
一日も経つと喉が渇いてくる。
昼間だと目立つと思い、二人はまた夜になるのを待った。
「水と食料を調達してこなくては」
「でも、俺、何も持ってない」
「大丈夫、マネーカードを持っている」
二人は一度下山し、一日前に見たスラムへの道の近くへ出た。
「瑠璃、少しここで待っていてくれ。どこかに水がないか探してくる。お前はか弱いし、その身なりだ。一緒に行くのは危険すぎる」
「守……」
瑠璃が不安そうな視線を向けると、守は瑠璃の頬を撫でるとそっと唇にキスをした。二人はまた抱き合った。
「待っていて」
「うん」
瑠璃を森の中にかくまい、守は脇道の路地に入る。街灯の灯りも弱く、真下に行かなければ道を照らす事はない。
遠くにぽつりと灯りが見えた。その光を目指して歩いていると、それは落ち窪んだところから漏れている。
どうやら地下にある酒場の灯りらしかった。不慣れな場所に加え、中から聞こえる男達の野太い笑い声に守は躊躇した。しかし今は苦手だと言っている場合ではない。ここ以外に店らしき場所もない
とにかく水と食料を探す事が最優先だと考えた守は、そこに立ち寄ることにした。
女宮殿から抜け出したことができたものの、持っているのは小型のハンドガンやIDカードなど、最低限の物しかない。
キィ、と鈍い音を立て扉が開く。
質の良いコートを着た優男が店内に入ってくると、先ほどまでの笑い声が途切れ、店内は静かになった。
どの人間もまるで物乞いのような姿で、中央都市の人間とは明らかに違う。
店内は薄暗く、男達の濁った目が余所者への好奇心で満ちていた。
皆、守の存在を意識している。色めき立つ者もいれば、疑うような視線を向けたり、鋭い目つきで睨むものもいた。
守が睨み返したら、今すぐにでも店内が荒れそうだ。
互いに牽制し合っていたが、その中の如何にもお調子者らしき男が、守の前に躍り出た。
「おいおい、兄ちゃん。場違いなんじゃねぇの~。それとも何かい? 俺達に品のよさでも見せ付けよぅっての?」
ぎゃは、ぎゃはぁと数人が奇声とも野次とも言えぬ声をあげた。
下卑てしわがれた声だ。よく見ると、その男は片足がなく木の棒が彼の義足になっていた。店の中には顔が半分爛れている者も居る。
「すまない。水となにか食料を売って欲しい」
守の突然の申し出に再び店内が静かになったと思うと、男達が一斉にテーブルを叩いて笑い出した。バランスの悪い木のテーブルが、タンブラーやボトルの瓶を揺らす。
「なんだ、そりゃよ~! 酒屋に来ておいてお水ってか?」
安っぽい酒の臭いが立ち込め、厭らしい笑いが飛び交う。
「すぐに必要なんだ」
目の前の男が守の綺麗な横顔を見つめ息を呑んだ。
「まぁまぁ、いいんじゃねぇの?」
守はほっとすると、マネーカードを出した。店員は苦笑いしながら、棚にある水のビンとパンを取り出し、マネーカードを受け取る。
が、レジに通したとたん押し黙った。
「おい、てめぇ。見た目が金持ち風な癖に中身はこれだけかよ。こんなケチくさい金額で水と食料なんて買えると思うなよ、水だけだ」
守は、えっ、と呟くとレジに表示されたマネーカードに入っている金額を見た。驚くほど小額しか入ってない。
(隆二の奴、カードを操作したな。くそっ……)
守は心で舌打ちすると、他に何かお金になるものがないか探した。
自分のコートを脱ぎかける。コートの下は背中まで裂けた服で、後ろの男達の視線が釘付けになった。
「兄ちゃん、綺麗な肌してるなぁ」
後ろの男が震える手を守の背中に伸ばそうとした。
不埒な視線を感じ、守は再び自分のコートを着なおす。
背後にいる男が、守のお尻の形がわかるくらいぴっちりした白いレザーパンツを眺めて軽く唾を飲み込んだ。
「まぁまぁ、そんなに慌てないで。折角だから少し飲んでいけよ兄ちゃん。奢ってやるからよ」
「それではせめて水だけでも」
「おらよ」
守は店員から水を渡され、ホッとした。上着の内ポケットにしまう。
店から出て行こうとすると、他の何人かに腕を掴まれた。
「まぁまぁ、一杯付き合えよ……へへ」
男達の笑い方がべたつくような雰囲気に変わる。そこにいる数人はすでに別の視線を守に向けていた。
「わかった、一杯だけなら……」
少しでもここで自分が飲んでおけば、瑠璃にこの水をあげられる。
グラスに注がれたお酒を口にして守は少し顔をしかめた。
「あ? 濁った酒は口にあわないか?」
酒を勧めた男がなれなれしく守の肩に触れて引き寄せ、自分も同じ酒を煽る。
「離してくれ」
「まぁ、いいじゃねぇか?」
「まだ一杯だろ? せっかちな奴だな。もっと飲まねぇとここから出さねぇよ」
守が仕方なしに二杯目の酒を煽ると、酒が入る度に動く喉元を男は見つめていた。
「何があったかわかんねぇけど、あんた相当切羽詰まってんな。食料も欲しいんだろ? 俺はな、ここにいる連中よりは少し金持ってるぜ。一つ取引と行こうじゃねぇか」
耳元でそっと囁くと、掴んだ肩を手でさすり始めた。男はニヤリと笑う。
短い黒髪を立ち上げていて、酒臭い息と無精ひげの目立つ顔。その様子を周りの連中は見ないようでいて、視線の端に捕らえている。
「取引?」
「おっと、そんな恐い目で見るなよ。ここで暴れたら痛い目見るぜ。お互い了承済みでするのと、無理矢理こいつらにヤラれるのとどっちがマシだ?」
「何を言っている……?」
男のただならぬ気配に守は息を呑んだ。
「ここは裏ではそういうことをして、稼いでる男娼も出入りする所なんだぜ? 今時酒だけ煽ってそれでおしまいにできる奴の方が、このあたりには少ないのさ。なんせ俺たちはいつも飢えてるからな。どんな事情でここにきたかはわからねぇが、金が無い奴は自分の身を売るのが、ここらの常識なのよ」
「……」
「しかし、わかんねぇで入ったのか? 相当バカだなお前も。周りの奴らは見ないようなそぶりをして、今お前をターゲットにしているぞ。いつ奥の部屋に連れ込まれるかわかったもんじゃねぇ」
男は少々曲がった癖のある口元を歪め、守の耳元にかかっている髪の毛を指でなで、耳をあらわにさせ再び囁いた。
「ここから出ようぜ、二人きりで話をしようじゃないか」
この場で助言を言う位だから、こいつの魂胆は見えている。
けれどここで抵抗するのは利口ではない。
それに店内に充満している汚れた空気に、そろそろ限界が来ていた。
守は素直に男と席を立った。
出口に立ち、男の払いで出て行こうとすると、そこにいる奴らの何人かが、男の誘いに守が乗ったと思ったのかヤジを飛ばした。
そのままあっさり守達は店を出られた。
直後にどっと体から汗が噴き出した。緊張で体が強張っていたのも確かだ。
慣れない場所で、しかも突然蜘蛛の巣のど真ん中に入り込んでしまった愚かさに、つくづく自分は世間知らずだと思った。
守は路地裏の暗がりに連れ込まれ、男に強引に抱きしめられる。
フェンス越しに黒い川が流れているのがわかる。誰もこの狭い路地に入っては来ないようだ。
「なっ、俺の部屋はすぐそこなんだ。来ないか?」
「申し訳ない。すぐ行かないと」
「何処へ行くんだ? お前どこからか逃げてきたんだろう。なんなら俺がかくまってやってもいいんだぞ?」
男は唇を塞ごうとする。
「頼む。よしてくれ」
「誘うような格好しておいて、そりゃねぇだろ?」
「勘弁してくれ」
男が無精ひげの生えた顔を何度も近づけようとするのを、軽くかわした。
「おいおい。何も無理矢理やろうってんじゃねぇんだ。俺はここでは紳士な方なんだぜ? しかもあの薄汚ねぇ奴らから護ってやったんだぞ。あいつらに捕まったら、どんな目に会うのか教えて欲しいのか?」
男は先ほどと同じように耳元で囁くと、守の顔は次第に青ざめて行った。
「う……」
「なっ、感謝の気持ちが湧いただろ。一度でいいんだよ、相手しろよ」
男は相当しつこく食い下がってくる、どうやら「うん」というまで離してはくれないようだった。
守の『許してくれ……』の一点張りに男の態度が次第に横暴になってくるが、そんな簡単に自分の身をくずすわけにはいかない。守の態度にとうとう男はキレた。
「ああ、そうかよてめぇ! やさしくしてやってんのによ、俺にも考えがあるぜ」
突然男は吐き捨てるように言うと、イラつきながら携帯で誰かに連絡を入れたようだ。
「もういいからお前達来いよ……」
「お前、まさか最初からそのつもりで?」
男の魂胆に、守の顔から血の気が引いた。
「だからなんだよ、ああ? 一度俺様がいただいてから、あいつ等を呼んで、さっき言った遊びをするに決まってんだろ? その時の絶望したお前の顔を見るのが楽しみだったのさ。けどてめぇはとことんバカだから、拒否しやがった。めんどくさいからお前はそのまま全員でヤっちまうことにした。折角ムードよくしてやろうとしたのになぁ」
路地の先からさっきの仲間達が顔を出した。
「兄貴? 今日は早いなぁ」
「まぁな、こいつバカだから、俺とのムーディーな時間を拒否しやがった」
「そっか、あほだなぁ。同じ地獄でも天国から叩き落した方が楽しいんだけどなぁ~」
男達が舌なめずりをしながら近づいてくる。
「まぁ、そういうことだ、諦めな」
言葉を失った守は男達に囲まれていく。男は態度を増長させ横暴になった。
「早くケツ貸せよ!」
男が笑いながら守の腕を掴むと、守は咄嗟に男の腕を捻り上げた。
「ぎゃっ!」
男の悲鳴でそこにいた者達が一瞬怯む。
「てっ、てめぇ!」
守の顔が次第に険しくなっていく。
「あなたが紳士的な態度だったから、僕も口でこたえようと思っていた。けれどこんなことをするなら話が違う」
「こいつ。生意気な事が言えないようにぶっ潰してやる!」
男はタンカを切ると、腕を振りほどこうと守の腕を捻り返そうとした。
瞬時に守の腕の動きは一変して、次への動きの反動となった。
「はっ!」
守が気合を入れると、男は自分に一瞬何が起こったか理解できなかった。
ウンと鈍い音が聞こえ、視界が歪み世界が反転した。男の体が宙を舞ったのだ。
男は投げ飛ばされ、そのままコンクリートの地面に体を叩き付けられた。
「ぎゃっ!」
男は悲鳴を上げながら地面に落ちると、あっけなく白目を向き、仰向けに倒れた。

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