死にたがりの僕らは未来を願う


【書籍情報】

タイトル死にたがりの僕らは未来を願う
著者竹薗水脈
イラストあす
レーベルフェブルウス文庫
価格500円+税
あらすじ平成18年4月。
羽柴朔夜は、全寮制の私立宝惺学院高校に入寮した。
三年前、朔夜の父親は、宝惺学院高校近くの幹線道路で、交通事故を起こしている。
朔夜が同室になったのは、父親が事故で死なせた相手の息子の、野々宮柊だった。
朔夜が宝惺学院を選んだ理由は、父の命日に自殺するためだった。あろうことか、柊は朔夜をかばって交通事故で死んでしまう。
ところが、死んだはずの柊が目の前に現れ、再び死んでしまった!
朔夜は柊を助けるために、何度もタイムリープを繰り返すが……。

【本文立ち読み】

死にたがりの僕らは未来を願う
[著]竹薗水脈
[イラスト]あす

目次

プロローグ
第一章
第二章
第三章
第四章
第五章
最終章
エピローグ

プロローグ

――平成十八年四月九日日曜日。
人の命を呑み込んでも、水面《みなも》はきらきらと輝いている。
羽柴朔夜《はしばさくや》はコバルトブルーの海を眼下に見た。海が青いのは、空の色を反射しているからだと聞いたことがある。水平線を眺めていると、空と海の境界が曖昧になってくる。
風が朔夜の短い髪を揺らす。潮の香りが、風に乗ってやってきた。崖の下から、海鳴りのような音が聞こえてくる。背後には鬱蒼《うっそう》とした森林があり、駅から徒歩十分程度だというのに、陸の孤島のような場所だと思われた。
朔夜は、坂道を上った先にある全寮制の男子校、私立宝惺《しりつほうせい》学院高校の新入生だ。入学式を明日に控えた今日、入寮するためにこの場所にやってきた。
肩に斜め掛けしたボストンバッグの肩ひもを右手で握り締め、奥二重の大きな瞳で海面を睨むように見詰めている。
湾曲した海岸線に沿って、白いガードレールが続いていた。三年前に新たに設置されたものだ。かつてこの場所で、ガードレールを突き破り、一台の大型トラックと一台の乗用車が崖下に転落する事故が起こった。
朔夜は、この辺りだろうと見当を付けて、手に持っていた紙袋から、母が持たせてくれた弔花《ちょうか》を取り出した。色鮮やかなチューリップやガーベラに、父が好きだったカスミソウを合わせた花束だ。
朔夜はしゃがみ込んで花束を供えた。瞳を閉じ、掌を合わせる。
目蓋の裏に、生前の父の笑顔を思い浮かべる。
三年前――平成十五年四月十一日金曜日、この場所で起こった事故が、朔夜のその後の人生を大きく変えてしまった。
「父さん。俺も、もうすぐ逝くから」
朔夜はそう言い残し、駅とは反対の方向に歩き出した。

第一章

【1】

――平成三年二月十五日。
羽柴朔夜は、阪神地区のベッドタウンである兵庫県泉美《ひょうごけんいずみ》市に生まれた。泉美市は大阪府との県境に位置し、隣接する旭木市《あさぎし》は大阪府だった。
新月の夜に生まれたことから、『朔夜』と名付けられた。父親の拓海《たくみ》は長距離トラックの運転手で、家を空けることが多かった。母親の真保《まほ》は、朔夜が物心つく頃には、家計を助けるために事務の仕事に出ていた。
――平成十五年四月十一日金曜日。
朔夜は学校を休んでいた。朔夜は当時、中学に入学したばかりだった。小学校で仲が良かった子とクラスが分かれてしまい、未だにクラスの誰とも話せていなかった。
十一日の朝、暗い気持ちは朔夜の体調にまで影響を及ぼした。体が重く、下腹部ににぶい痛みがある。結局ベッドから出られず、学校を休むことになった。
夜遅くに帰宅し、昼過ぎまで寝ていた父が、仕事に出かける準備をしている。
夕方になってから、朔夜は父と母の会話を自室のベッドの中で聞いた。
「朔夜は? 部屋にいるのか?」
「お腹が痛いって、学校を休んでいるのよ」
(父さん。信じてもらえないかもしれないけど、今朝は本当に、お腹が痛かったんだよ)
朔夜は、頭から布団を被って唇を噛み締めた。
父の呆れた顔が目に浮かぶ。豪快な性格の父には、心配事で本当にお腹が痛くなる朔夜の気持ちがわからないのかもしれない。
父が仕事に精を出していたのは、母が妊娠していたからだ。臨月だった母は、事務の仕事を休んでいた。
部屋のドアが力任せにたたかれる。
「父さん、仕事に行ってくるぞ」
「うん」と、朔夜は布団を被ったまま言う。
朔夜の声が聞こえていたのかはわからない。父の溜息が聞こえた気がした。
「つらい時は逃げてもいい。けどな、朔夜。いざという時は勇気を出して立ち向かわないと、いつまで経っても前に進めないぞ」
ベッドの中で丸くなり、じっと耐える。
(僕がつらいって、父さんには、僕の気持ちがわかるの? 『いざという時』って、どんな時? どうやって何に立ち向かえって言うのさ)
玄関扉が開いた音がする。父が出発したのだ。
(父さんは、僕が言い返すとは、思ってないんだ)
反論はいくらでも思い浮かぶのに、朔夜は口に出すことができなかった。
仕事に出かけた父は、遺骨となって戻ってきた。教訓めいたあの言葉が、父の遺言となった。

【2】

――平成十五年四月十一日金曜日、二十二時過ぎ。
宝惺学院高校近くの幹線道路で、大型トラックとスポーツカーが正面衝突する事故が起こった。トラック運転手の男性とスポーツカーを運転していた男性は即死。大型トラックとスポーツカーは衝突の衝撃で発火、炎上し、ガードレールを突き破って崖下の海に転落した。そのトラックを運転していた男性が、朔夜の父親――一色拓海《いっしきたくみ》だったのだ。
『交通事故で西園寺伊吹《さいおんじいぶき》死亡』。『兵庫ブルーウィングス・エース西園寺伊吹急死』。翌日の紙面には、『西園寺伊吹死亡』の文字が躍っていた。父が正面衝突したスポーツカーを運転していたのは、地元プロ野球チームに所属するエースピッチャー、西園寺伊吹だったのだ。プロ野球のエースナンバーである背番号十八を背負い、何年も開幕投手を務める文字通りのスター選手だった。
背番号十八を背負えるのは、伊吹のような大エースか、将来を期待されている特別な投手だけなのだ。
新聞記事によると、伊吹は十一日のナイトゲームでも勝利投手となり、ヒーローインタビューで、「中学に上がったばかりの息子に、ウイニングボールをプレゼントする」と語っていたそうだ。伊吹はまだ、三十四歳だった。伊吹にも、朔夜と同い年の息子がいる。彼の息子に、ウイニングボールが手渡される日は、永遠に訪れない。
その日を境に、朔夜の人生の歯車が大きく狂い始めた。
交通事故の原因が、『トラック運転手の一色拓海の過失』であると、一部のマスコミから報道されたのだ。スター選手を喪ったプロ野球ファンを始めとする人々が、一色拓海を糾弾するのは時間の問題だった。世間からの大バッシングが始まったのだ。
マスコミが自宅に大挙押し寄せ、臨月の母が報道陣に囲まれたこともあった。朔夜はテレビのブラウン管を通して、お腹の大きい母親が、路上で声を震わせて深々と頭を下げる姿を見ていた。
「申し訳ありませんでした」
母の気丈な声が、頭から離れない。
「何に対して謝っているんですか?」
「遺族に対して謝っているんですか? それとも、亡くなった西園寺投手ご本人ですか?」
朔夜は拳を握り締め、テレビの前で仁王立ちになった。
無神経なキャスターに対する怒りが、ふつふつと沸き上がってくる。
(おまえらはどこを見ている。母さんのお腹が目に入らないのか! あんなに震えているじゃないか!)
悔しさや憤りが込み上げてくる。それでも、朔夜の足は動かなかった。今すぐ飛び出して、母を家の中に避難させたい。そうするべきだとわかっている。わかっていても、その気持ちが、一歩を踏み出させることはなかった。

【3】

母は体調を崩し、急遽入院することとなった。入院した母の代わりに、朔夜は母方の祖母と共に、伊吹の葬儀に参列した。
旭木市の葬儀会館には、スター選手の死を悼むたくさんの参列者が訪れていた。会館の正面には報道陣が集まり、プロ野球関係者を見付けると、砂糖にたかる蟻《あり》のように群がっていった。
焼香を終え、遺族に頭を下げる際、朔夜は、大人に囲まれた同い年くらいの少年を見付けた。
(間違いない。彼が西園寺伊吹の息子だ)
朔夜は、伊吹の息子の顔を目の当たりにして息を呑んだ。おそらく彼は、ブルーウィングスのプリンスと呼ばれた伊吹に似て、整った顔立ちをしていると思われる。けれどもその面影はなく、土気色の顔をしていた。げっそりと頬がそげ落ち、唇は荒れ放題だった。目の焦点が合っていない、ガラス玉のような瞳。呆然自失の態《てい》で、彼はただ立っていた。
朔夜は何か言おうと口を開きかけたが、祖母に肩をつかまれて止められた。朔夜は無言で祖母にうなずき、その場から離れる。
かけるべき言葉など、あるはずがない。
(マスコミに報道されたことが真実なら、あの子から父親を奪ったのは、僕の父親だ。あの子にとって僕は、まごう方なき親の仇《かたき》だ。そんな僕が、彼にどんな言葉をかけられる?)

久しぶりに学校に行くと、クラスメイトから白い目で見られた。
(もう、僕が一色拓海の息子だって、知れ渡っているんだ)
朔夜の家は、テレビ中継されていた。近所の人が見れば、すぐにそれとわかるだろう。
誰とも口をきかないまま放課後を迎え、ある生徒が朔夜の前に立ちふさがった。同じクラスの東郷克己《とうごうかつき》だった。
「おい! 面《つら》貸せや」
東郷は朔夜を体育館裏に呼び出し、いきなり殴りかかってきた。
「おまえの父親が、シュウちゃんから伊吹を奪ったんだ!」
(そうか。彼の名前は『シュウ』と言うのか。どんな字を書くんだろう)
朔夜はその時初めて、伊吹の息子の名前を知った。
東郷の重い拳が、朔夜の頬に炸裂する。目の前で火花が弾けた。痛みを感じるよりも先に、意識が遠のいていった。

目覚めると、辺りはもう薄暗かった。
「つぅっ!」
激しい痛みに、朔夜は頬を押さえた。口の中に血の味が広がっている。東郷に殴られたせいで失神していたらしい。
今日は祖母が来てくれることになっている。朔夜は重い体を押して立ち上がった。
変わり果てた我が家の姿に、朔夜は両目をふさぎたくなった。玄関扉やブロック塀は、『人殺し』と書かれた張り紙で埋め尽くされていた。中にはスプレーで直接書かれたものもあった。郵便受けがいっぱいになり、郵便物がこぼれて地面に山ができていた。祖母に聞いて後で知ったことだが、どうやら、一色拓海の個人情報がこの時既にネットでさらされていたらしい。人々が共通の敵を見付け、正義の鉄槌を下しているのだ。
朔夜が立ち尽くしていると、顔の横を石が通過した。どこからともなく石が次々と飛んできて、ガラス窓が音を立てて割れていく。朔夜はたまらずに家の中に逃げ込んだ。
中に入ると、電話が鳴り続けていることに気付く。電話番号までさらされているのだろうか。恐る恐る電話に近付くと、ファックス用紙が、積み上がっているのがわかった。
『人殺し!』
『死んで償え!』
『伊吹を殺した殺人一家』
『死んで詫びろ!』
そんな言葉が殴り書きされていた。
(この電話も、どうせ罵詈雑言《ばりぞうごん》だ)
そう思いながら、朔夜は受話器を取った。
『見てるぞ。今帰っただろ! 殺人鬼の息子!』
通話はすぐに途切れ、ガラスが割れる大きな音が響く。朔夜の視線の先に、二十センチを超える大きさの石が転がっていた。一際大きな石が居間に投げ込まれたのだ。
(もう、無理だ)
死にたいと思った。死んで償えと言うのなら、望み通り死んでやろう。
(どうせ生きていても、僕は殺人鬼の息子だ。父さんの息子として生きるくらいなら、今死んだほうが百倍ましだ)
朔夜は包丁を持って風呂場に行き、水を張った浴槽に左手を突っ込んで手首を切った。

剥き出しの蛍光灯が見える。
(僕は、死に損ねたのか)
おそらく救急車で病院に搬送されたのだろう。朔夜は再び目覚めてしまった。

【続きは製品でお楽しみください】

 

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