【書籍情報】
タイトル | 葵に寄せる思い 平安朝恋物語シリーズ |
著者 | 横尾湖衣 |
イラスト | |
レーベル | 蘭月文庫文庫 |
価格 | 300円 |
あらすじ | 一人の語り手によって語られていく恋のお話。平安朝恋物語シリーズの三作目。語りでである「わたくし」がお仕えした日向の帝と葵の斎院様との、届きそうでなかなか届かない恋のお話 |
【本文立ち読み】
平安朝恋物語シリーズ 葵に寄せる思い
[著]横尾湖衣
―目次―
一、 安寧への歴史
二、 春の日の出会い
三、 斎院の卜定《ぼくじょう》
四、 賀茂の例祭
五、 賀茂祭の後
六、 日向帝の即位
七、 絵合わせ
八、 斎院の退下《たいげ》
九、 前斎院の入内《じゅだい》
十、 葵に寄せて
一、安寧への歴史
これも今は昔のことでございますが、天津神《あまつかみ》の血を色濃くお受け継ぎになられた帝がいらっしゃいました。その帝とは、今さら言うまでもございませんが、日向《ひむかい》の帝《みかど》、日向《ひゅうが》天皇にございます。
これもまた言うまでもありませんが、帝の御先祖は日の大神《おおかみ》、天照大御神様でいらっしゃいます。日向とはその文字の意味するまま、日の差す方へ向かうという意味でございます。「ひ」は「神霊」神を意味し、また「日」にも通じます。
先々代の帝が国を治めていた頃、国は大変乱れておりました。先々代の帝の女御様に、女《め》の童《わらわ》としてお仕え申し上げていたわたくしにも、幼いながら肌身に感じていた程でございます。
この帝は日向の帝の伯父になりますが、少々変わったところがございました。たとえば、幼い女の童であるわたくしに小舎人童《こどねりわらわ》の格好をさせてみたり、御髪《みぐし》を下ろされていませんのに墨染めの衣を着せられたりと訳の分からぬことを命じられておりました。
それはまだいい方にございます。政治の場においても、あるときは左大臣以下みなを後ろ向きに座らせ、議論をさせたということです。またあるときは、みなに蔵面《ぞうめん》を装着させたこともあったそうです。
帝は一人いつもと変わらず、大臣たちは顔の見えない相手と腹の探り合いしているのを眺めて楽しみ、愉快にお笑いになっていたと聞いております。
他にも、宮中では犬を猫、猫を犬と呼ぶように、というような命令もされました。もし間違えて呼ぶようなことがありましたら、身分に応じて罰が下されました。
宮中で肝試し大会というものを催されたり、異類との婚姻を勧めたり、ということもありました。
先々代の帝は、特に賭け事がお好きでした。その中でも賭弓《のりゆみ》がお好きだったのか、よく催されておりました。しかし、その賞品は驚くものばかりでした。
帝はともかく人から指示されるのを好みませんでした。そのため、外戚の者にあれこれ指示されるのがたまらなく苦痛で、その勢力を毛嫌いしておりました。
そういう理由もあったからでしょうか、賭け事の賞品として後宮の后妃までも賭けられておりました。その他、政治における決断・実行を一回のみ行使できる権利や太政大臣の位等というものもございました。
このような政治は長く続くものではございません。程なく先々代の帝の世は終わりをつげました。
続いて、次の帝にお立ちになられたのが、日向の帝の御父、朱雀《すざく》の院でございます。臣下たちの期待を一身に背負い、国を良くしようと政治に心血を注がれました。その甲斐もございまして、院の御代に国は少し持ち直しました。
しかし、その晩年、身を粉にして政治にあたられご無理されたのがいけなかったのでしょうか、ご病気になられてしまいました。そのため、また世が乱れてしまいました。
朱雀の院もまたご病気のため、残念ながらその治世は長くは続きませんでした。
朱雀の院が御崩御され、次の帝に即《つ》かれたのが日向の帝でございます。御歳《おおんとし》二十二、若くして帝位をお継ぎになられました。
日向の帝が御即位されてから程なく、日が余すところなく照るように世の乱れが収まりました。そして国が安定し、その治世中は驚くほど平穏な日々が続きました。
この日向の帝の治世は後に「神明の治」と称され、天皇親政の理想とされるようになります。
この頃は、わたくしもまだ若うございました。自分で申し上げるのも憚れますが見目《みめ》も良く、わたくしは後宮の語り部なる記録を書くことを命じられておりました。なぜなら、わたくしは先に申し上げたとおり、先々代の帝の御代よりこの宮中で過ごしてきたからでございます。
女御様の女の童としてお仕えした後、わたくしは先代の帝の典侍《すけ》となりました。そしてそのまま、日向の帝にもお仕え申し上げることになったのでございます。
宮中の記録というものは男性官人が細かく記しておりましたが、後宮のことまでは記録することは難しゅうございました。そこで、長く後宮でお仕え申し上げていたわたくしに、白羽の矢が立てられたのでございます。
それはさておき、朱雀の院が帝に御即位された時に、卜占《ぼくせん》により賀茂の斎院に選ばれたのが寧子《やすこ》内親王様でございました。この方は、先々代の帝の第三皇女でございます。御歳十一で斎院となられました。
先々代の帝はその悪政のため、剃髪されて隠岐に流されました。その時、先々代の帝の親王は親王の位を剥奪され、みな出家させられました。また、残された二人の内親王は、それぞれ神にお仕えすることとなったわけです。
先々代の帝には四人の内親王様がいらっしゃいましたが、女二の宮様と四の宮様は早世されました。そのため、女一の宮様が伊勢の斎宮になられ、寧子内親王様が賀茂の斎院になられた次第でございます。御二方とも、それはそれは清らかでお美しい姫宮様方でございました。
朱雀の院は帝位に即く前は、力のないただの宮様でした。そして、御即位されてからは御身を壊されるほど治世に尽くされましたので、御子は中宮腹の日向の帝と女一の宮様、それと弘徽殿《こきでん》の女御腹の二宮様の三人だけでございました。
そのため、日向の帝の御即位と共に解かれる斎王の任は、お一人だけとなりました。日向の帝は斎院様を退下《たいげ》させたかったご様子でしたが、斎宮の任は昔より天皇一代に斎王一人が原則、それが適わなかったようでございます。そのまま寧子内親王様が斎院を続けられ、葵の大斎院様と呼ばれるようになりました。
天津神の御力をお持ちの帝でも、この無常の世はままならぬところであったようにございます。
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