激愛 わたしを選んで 第一章 幼き日の恋慕

【書籍情報】

タイトル激愛 わたしを選んで 第一章 幼き日の恋慕
著者時御翔
イラスト
レーベルレグルスブックス
価格200円+税
あらすじ実業家の娘・百目木佐穂、17歳。今日は彼女の誕生日パーティーが開かれている。多くの人がお祝いしてくれるがその場に『彼』の姿はなかった。
内心がっかりする佐穂だが、父はちゃんとサプライズを用意していた。
「どうぞ、今宵のお姫様」差し出された花束――その相手は初恋の彼、光堂福望その人だった。
シリーズ1巻です。

【本文立ち読み】

激愛 わたしを選んで 第一章 幼き日の恋慕
[著]時御 翔

目次

第一章 「幼き日の恋慕」

■第一章 「幼き日の恋慕」

四月三日――
学生は優雅な気分で春休みを過ごしている最中だろう。だからこそ余裕があり、誘えば友人や知人は自宅から出て集まってくれる。
淑女はドレス、紳士はタキシードとドレスコードを意識してこの催し物の会場へと足を運ぶ。
この日の主役は、一人のご令嬢だ。このパーティーを主催している夫妻の娘の誕生日会が開かれている。
丸みを帯びたふくよかなご婦人がこの日の主役に声をかけた。
「サホちゃん、いくつになったの?」
「十七歳です。おば様――」
弾むような軽い声で返した。
「そう、綺麗になって、もう立派な淑女よ、おーほっほほほほっほ」
羽のような扇子でご満悦の笑顔を隠そうとしても、こぼれるような頬肉がはみでていた。
「百目木家の淑女としてその身を後世にのこすのだぞ」
立派な白髭を鼻の下に生やした骨のような痩身な紳士が話しかけた。しかも、そのふくよかなご婦人に寄り添うかのように横に並んだ。
「はい、そうなれるよう努力します――」
二人は近隣に住む立派な家柄のご夫婦と聞いている。幼少のころからの付き合いでよく遊んでもらっていた娘は、この二人がなにをしている人たちか、よくわからない。
話し友、お茶友、と職業や家柄がどうとかという堅苦しい関係ではないほど心を許している娘であった。
親類縁者、友人の多くが佐穂の誕生日を祝いにおとずれていた。
しかし、さきほどから気になっていた。威厳者である父と、見栄っ張りの母の態度がよそよそしく、どうもおちつきがない。
「お父様、お母様、どうされたの――」
佐穂の見栄えは良く、装いははきらびやかだった。上半身は薄いピンク、下半身は濃いピンクという濃淡のあるドレスを着ていた。化粧を初めてした。家政婦がメイクをしたが、化粧をした佐穂の顔はいつになく気品という言葉がぴったりあい、とても淑やかな女性に成長しているのを見て、父と母は満足そうにやさしい微笑みを浮かべていた。
どこに出しても恥ずかしくない自慢の娘だと常日頃から溺愛している。
「きれいだよ、佐穂」
父は低身長で足が短く、佐穂は背が高かったため中学二年生の時には父の身長を超えていた。その父の温かみのある声は佐穂にとっても、とびあがるほどうれしかった。いつもなら威厳者で厳格な人格者である。
百目木一茶(めもきいっさ)四十三歳。佐穂の父親だ。
「すてきなレディーに成長したのね、毎日見ているのに気づかなかったわ。わたくしも涙がでるくらいうれしいわ」
見栄っ張りでセレブな周囲の財閥婦人にどうしても一歩劣っていて、いつも悔しい思いをしている母が、生き写しと見間違えるほど背格好も似た娘を見て、白いハンカチーフで目のあたりをおさえて感極まっていた。
百目木筒(めもきつつ)、四十二歳。佐穂の母親だ。
「わたしはただ毎日生きていただけ、時が過ぎただけのこと。十七年という時間をかけてわたしを理想の姿に育ててくれたお父様とお母様には感謝しかありません。二人の娘でよかったです」
絢爛豪華な誕生日会の中心では感動の親子愛の言葉を互いに捧げている。
銀座の高級ホテルの大ホールを貸し切った。父は飲食店の全国チェーンにまで拡大した実業家だ。高級料理、高い酒をテーブルに置いて立食パーティー方式として振る舞った。
歳を重ねるたびに規模も大きくなり佐穂の友人関係も加わり拡充していった。幼なじみはもちろんだが、中学校や高校のクラスメイトが百名強いる。友だちの友だちくらいまでは声をかけていたが、快く招待に応じてくれた。それはやはり本当の友だちなのだと本人は信じている。
佐穂は人が大好きで、特に贔屓しているのが親友と呼ぶに相応しい人たちのことだ。それは同い年だけではなく、ふくよかな貴婦人と髭を蓄えた老紳士のご夫婦もまた仲の良い歳の離れた友だちと思っている。謙虚な二人のことはいつも尊敬しており、同時に理想の夫婦だと憧れてもいた。
おかげで携帯電話のアドレス帳は千件ほど埋まっていた。
でも、本当に来てもらいたい人(幼なじみの彼)の影はない。
賑やかに湧くパーティーの様子とは裏腹に、一切顔にはでない佐穂はいつにもまして、話しかけられれば笑顔をふりまくし、愛想のいい表情も浮かべる。ただいちばん傍にいてほしいはずの彼の影すらみえないことに、誰にも気づかれないちいさなため息をこぼす。視線も下がりうつろな表情には実りのない片思いがずっしりと肩にのしかかり、心を重くさせていた。
しかし。
「佐穂、おまえにどうしても今夜会わせたい人がいる」
父がおもむろにいった。
「えっ、会わせたい人ですか?」
佐穂は頭を捻らせながらも、だれかわからなかった。なぜなら知り合いは全員、この会場にきている。友だちも、幼なじみも、親戚、親類、そして近所のご夫婦。ほかに思い当たる人物は…ちょっとだけ脳裏に浮かんだかつての幼なじみの男の子。そして成長した彼の姿も同じ都内に住んでいて年齢だって三つしか離れていない。噂などはすぐに耳に入る。
佐穂のために調べてくれる友だちがいる。遠目で見ているだけしかなかった。
初恋はいつだって成長していくほどに遠のいていく。
まさか、その彼が手のとどくところまで来ているというのは考えられない。期待してはダメ。そんなことは、ありえない。
静かな鼓動が、しかし、弾みを利かせて躍動していた。佐穂の体は硬直しながらも狼狽していた。夢でも見ているような、これが現実であっていいわけがない。考えてもみなかった。この日、この瞬間に、彼との奇遇たる再会を望めるなんて。

このあとの父の言葉には耳を疑った。
「しばらく会ってなかったな――、この日に再会できたこと、感謝せねばなるまい」
父はめずらしく声に緊張感がこめられていた。途切れ途切れの口調が佐穂の脳裏に閉じ込めていたある記憶に結びついた。
そしてそれは現実化する。
コツコツコツ、ホールのフロアの床を革靴の底が響かせた。
多くの招待客で賑わう雑踏の中、佐穂の耳が、猫の耳のような反応を示した。
佐穂の聴覚は初めて聴いた音だとしても、どこかなつかしく思い出にひたるような激情が心の奥底からこみあげてくる。
周囲の声や視線、態度でわかる。威風堂々のごとく現れたのはひとりの青年だった。
睫毛が長く、健康的な肌、手足が長く、引き締まった体躯。垂れ下がるサラリとした黒髪。カジュアル的なシックなタキシード姿で登場した。
招待客もドレス、タキシードという恰好で参加しているが、だれ一人として太刀打ちできるオーラは放っていない。
不思議とふくよかな貴婦人と髭を蓄えた老紳士の磨きあげた深みのある気品には及ばないが、若々しく瑞々しい一輪の花となって咲いていた。
「光堂 福望さん、どうしてここに」

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