寝ている間に、アイドルの妻になっていたようです。

【書籍情報】

タイトル寝ている間に、アイドルの妻になっていたようです。
著者鈴野葉桜
イラスト花色
レーベルヘリアンサス文庫
価格300円+税
あらすじ目を覚ますと、五年もの歳月が経っていた。
どうやら花は事故にあってコールドスリープに入っていたらしい。 目を覚ました花に一番最初に駆け寄ってきたのは、弟と同じアイドルグループRICH(リッチ)で活動している三浦琉歌だった。そんな彼からコールドスリープしていたことや、その経緯を聞く上で、さらに驚きの事実を聞くことになり――。

【本文立ち読み】

寝ている間に、アイドルの妻になっていたようです。
[著]鈴野葉桜
[イラスト]花色

 

目次

寝ている間に、アイドルの妻になっていたようです。

 

ふと、自身が寝ていることに気がついた。
(なんで寝ているんだろう……)
記憶が正しければ、仕事をしている最中だったはずだ。
(居眠り……いやいや、現場で居眠りするほど神経図太くもないし。そもそもあんなところで居眠りできるはずがないし)
考えても、なぜ寝ているのか全くわからない。
こうしている間にも、時間は刻々と過ぎていく。時間は有限だ。特殊な職業に就いている人たちが身近にいるからこそ、強くそう思うことが幾度となくあった。
早く起きないと。
そう思って、いつもより重く感じる瞼をゆっくりと持ち上げた。
久しぶりに起きる人でもあるまいし、なぜこれほどまでに瞼が重たいのだろうか。いや、瞼だけではない。瞼を上げると同時に上半身を起こす動作をしたはずなのに、石のように重くて動かなかった。
はてなマークを頭の上にたくさん浮かべながら、ぼんやりとした視界に入ってきた、見慣れない照明に目を細める。
首も満足に動かせないので、周囲を確認することもできず、耳から入ってくる機械音から、ここが病院ではないのかということくらいしか推測ができない。
(でもなんで病院?)
頭をフル回転させていると、がらっと扉が開く音がした。
その数秒後、どさっと何かが地面に落ちる音とともに、今にも泣き出しそうな声がした。
「花っ!!」
――この声は、あの子の声だ。
「っぅ、……ぁ」
名前を呼んだはずだったのに、声が思うようにでない。
一体この体はどうなっているのだ。己の体なのに不思議で仕方がない。
「は、な。花、花、花……!!」
そんなに名前を呼ばなくてもきちんと聞こえている。
ぼんやりとした視界が少しだけクリアになってきた。花の名前を何度も呼び続けながら、花の視界に入れるように移動し、涙を流しながら笑う、器用な人物に目を向けた。
パーマをかけたモカ色の髪にこげ茶の瞳。花の記憶より大人びて見えるが、こんなにも特徴が同じで顔立ちがそっくりな人物がいたら驚きだ。だから花は彼が三浦琉歌《みうらるか》だと確信していた。
琉歌は花の頬に手を添え、もう一度花の名前を呼んだ。その声色は先程よりも落ち着いていて、なぜか愛しい者を呼んでいるように聞こえた。
「ようやく花の瞳を見ることができた。こんなに長く寝るなんて、どんだけ寝坊助なんだよ。……心配、したんだぞ」
ごめん、と謝りたいのに、体は言うことを聞かない。
涙を拭ってあげたい、ティッシュやハンカチを差し出したいのにそれもできず、鼻をすすったり、涙を乱暴に拭う瑠歌を見ていることしかできないもどかしさばかりが募る。
しかしそうしていたのは数分のことで、扉の外から慌ただしい足音が聞こえたとほぼ同時に、扉が開いて数人の医師と看護師が室内に入ってきた。琉歌がナースコールを押したのだろう。
「三浦さん、目が覚めたんですね。ですがずっと眠っていたせいで、体は思うよう動かせないと思います。これから時間をかけてリハビリしていきましょう。声は出せますか? もし難しそうであれば瞬きを二度してくだい。ゆっくりでいいですからね」
医師は当たり前のように花を三浦と呼んでいるが、三浦は琉歌の名字であって、花の名字は茅野《かやの》だ。しかし診察を妨げて訂正することでもないし、そもそも声を出せないから訂正は無理に等しい。医師の問答に全て瞬きで答えると、琉歌に視線を送る。その視線の意味はわかっているはずなのに、琉歌は笑顔を浮かべたまま、訂正をしようとすらしない。
(なぜ?)
そう思うのは当たり前だろう。
しかしこの疑問は医師の言葉によってさらに大きい疑問へと変化を遂げた。
「奥さんが長い眠りにつくことはもうないと思います。疲れて眠ってしまわれても、そのまま寝かせてあげてください。目が覚めて嬉しい気持ちはわかりますが、無理はさせないように」
「わかりました。ありがとうございます」
「ではまた数時間後様子を見に来ますね」
そう言い残すと医師たちは病室を去り、再び琉歌と二人きりになる。
視線のみでどういうことだと、疑問を投げる。言葉が話せなくても、視線だけで通じるだろう。
花の視線から少しだけ逸した状態で、琉歌は特大の爆弾を投下した。
「実はさ、俺たち夫婦なんだ。花が眠っているうち、婚姻届出しちゃった」
出しちゃった、で済む問題ではない。
花の声が出ていたら、おそらく叫んでいただろう。病院内でそれはただの迷惑行為だ。このときばかりは声の出ない自分に感謝をするのだった。

★☆★

衝撃発言についてすぐに問いただそうと思ったのだが、声が思うように出なかったり、体力が想像以上に落ちたりしていて、眠っていたというのに体はすぐに休息を求めてきた。
それは傍から見ても明らかだったようで、琉歌にも休むようにと勧められた。
「花、今は体を休めて前みたいな日常を送れるようになることだけを考えて。疑問は色々とあると思うけど、必ず答えるから。ああ、でもこれだけは約束してほしいな」
(うん? なんだろう?)
見た目が少し大人になっても、性格は花の知っている琉歌のままだ。そんな琉歌が悲しそうな顔を見せて約束して欲しいと言うので、内心首を傾げる。
「数時間後でいいから、必ず目を覚まして欲しい。こんなに眠りから覚めるのを待つのはもう嫌だよ」
花はどれほどの時間を眠っていたのか、まだ想像もつかない。しかし琉歌の表情からして、かなりの日数を眠っていたのは明らかだ。
大丈夫と言ってやりたくともそれは出来ず、起こしてほしいとも言うことが出来ない。
だから花は心の中で、目覚めはこれでも良い方だから安心して、と呟きながら襲ってきた眠気に身を任せた。

心の中で呟いた通り数時間で目が覚めると、琉歌だけでなく花の両親や弟の樹《いつき》までもが病室に揃っていた。おそらく花が寝ている間に、琉歌が連絡を入れてくれたのだろう。
母は涙を流し喜び、父はいつまで寝てるつもりだったんだ、と罵倒してきたが、目は真っ赤になっていた。樹は琉歌同様、記憶よりも大人になっていたが、黒髪に金のメッシュが数本入っていること以外は変わっておらず、姉ちゃん寝過ぎだよと普段通りに声をかけてくれた。目元は父と同様うっすらと赤みを帯びていたが、普段通りに接してくれようとするその姿が嬉しかった。
花はまだ話すことができないので、聞くことに徹していたが、それでも家族と会話をすることができて、どこかほっとした自分がいた。
タイミングを見計らってなのか、会話が一段落したところで医師が現れ、検査に入っていく。それは病室でできないものも多く、車いすで看護師とともに移動していくつもの検査を行った。
本来であれば、両親のどちらかが付き添うのだろうが、花の知らぬところで婚姻を結んだ琉歌が花の体調を気遣いながら、付き添える場所まで全て付き添ってくれた。
その姿は愛妻家そのものだ。
検査が終わるまで、話が聞けないのがもどかしいが、それでも琉歌が隣にいることで検査をするちょっとした恐怖が薄れたのもまた事実だった。

無事検査は終わり、結果がでるまでしばらくかかるとのことなので、琉歌と一緒に病室に戻ってきた。
両親ともに共働きなので、さすがにずっと一緒にはいられない。なので両親は花の検査と同時に、また明日来るから、と言葉を残して病院をあとにしていた。
弟の樹も仕事の合間を縫ってわざわざ来てくれていたらしく、花の目が覚めたことを自身の目で確かめると、また絶対に来る! と慌ただしく病室をあとにしていた。
そんなこんなで琉歌と二人きりになるが、聞きたいことが山程あっても肝心の声が出ない。どうしたものかと悩んでいると、琉歌の方から色々と提案をしてきてくれた。
「多分聞きたいこと、たくさんあるよな。俺が勝手に話して言ってもいいけど、それじゃ花の聞きたいことの優先順位と違ってくるだろうし……。スマホは……打つの難しいか。口パクはどうだ?」
スマートフォンで文字が打てればいいのだが、まだ体は思い通りに動かせない。数秒かけて指を動かすのがやっとだ。
口パクに関しては指よりは動くのでなんとかなりそうだが、読唇術の方は大丈夫なのだろうか。そう思っていると表情に出ていたのか、試しにやってみようと言われた。なので短い単語からちょっとした短文まで試してみたところ、ほぼ当ててしまったのですごいとしかいいようがない。ホームページのプロフィール欄の特技に読唇術と書いてもいいと思う。
「よし、これでひとまずはコミニケーションがとれるな」

【続きは製品でお楽しみください】

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