蕩けて絡まって深く愛したい~bittersweet~

【書籍情報】

タイトル蕩けて絡まって深く愛したい~bittersweet~
著者青樹 凛音
イラストAxxx.
レーベルヘリアンサス文庫
価格400円+税
あらすじ東京の街、パティスリーで働く「樹甘夏」は元世界的パティシエ「礼堂義景」と関係を持つ、後日に自分のパティスリーに「指導役」として礼堂は再び現れる。甘い関係は続いていく中で礼堂が抱えている心の闇について樹は知っていく。礼堂と、礼堂が入ることの出来なかった世界的パティシエグループ[GLAZIE]について、そして礼堂の過去。パティスリーを中心に回る二人の物語。

【本文立ち読み】

蕩けて絡まって深く愛したい~bittersweet~
[著]青樹 凛音
[イラスト]Axxx.

 

目次

蕩けて絡まって深く愛したい~bittersweet~

 

 

〈なんていうかチョロすぎないか、私……〉
単純に「かっこいいから」という理由で知らない男性を家に上げて、同じ理由で出会ってすぐにHをする。鴨がねぎ背負ってやってきているようなものじゃないか。あるいは据え膳を用意してしまったようなものだ。
「――じゃあ、挿れるよ」
前戯を終えてゴムを付けて本番まで。
大人の玩具の常習者である私はそれに付けるための「コンドーム」も所持している、いつもと違うのは「本物」に付いているくらい。
なんて「グロテスクなもの」なのに、それに思わずドキドキしてしまう自分は分かっている。これは本能だ。誰だって何だって人間は「偽物よりは本物の方が良い」と感じてしまうように出来ているんだ。
それと一つ、確かに分かることがある。
この人はHが凄く上手い。
前戯の段階で既に快楽を味わって、今は上手く抱かれている。
抱かれていると耳元で低い声で甘く囁かれる。
「声を抑えているの?」
「え? だ、だって隣にも人が居るだろうから」
今、隣の住人が実際に部屋に居るのかは不明だけど「挨拶すらしていない他人」に自分のHの時の声を知られるのは少し嫌だ。いや、挨拶する仲の方がもっと嫌か? というか私はこんな時に何を考えているんだろう。
「声を聞かせてよ」
「ちょ、ちょっと待って、イくっ……!」
そう言って散々喘がせられた挙句見事なフィニッシュまでのフルコース。全ての行為が終わって静かになった部屋の中、ベッドの上で果てていると隣の部屋に人が帰って来る音。その音を聞くと彼は私に向かって話しかけてくる。
「なんだ、お隣さんは留守だったようだな。残念」
この人はこういう人なのか。
裸のままで私の素肌に触れながら何だか笑みを浮かべている。
「こんなに上手く近づけるとは思ってもみなかったよ、俺から誘っておいてなんだけど少し無防備すぎて心配になっちゃうな」
その後、彼が帰る前にシャワーを貸した。
「……やってしまった」
まあ、でも「こうなること」を望んでいた自分が居た。悪くなかったからこれで私はいいのかも? と思うことにした。
今日、この人と寝なかったら「何だか私はこの先は誰とも関係持たずに行きそうだ」という自覚もあった、心のどこかでこうなることを望んでいた自分が居たことは確かなんだ。この人も私の夢を壊さずにいてくれるくらいかっこよくて。
実際にHも上手かったから。
まあ、それならそれでいいのかも。
一夜限りの甘い体験として、時刻的にはまだ6時過ぎで全くミッドナイトじゃないけれど。恋人も居なくて「誰ともH出来ないかも」と一人で慰めていた私がかっこいい男性と実際に甘いHが出来たのならよしとするか。

《今日は何時もどおりに仕事だった。
「お疲れ様です」
着替え終わってオーナーにそう挨拶をして店を出た。
お店の名前は「メルティスイーツ」都内の洋菓子店舗でここが私の職場になる。私は専門学校卒業後、20歳からここで働き始めて今年で5年目になる。今では一応、一人で仕事を任されている立場だ。
それは「パティシエール」というお仕事。
洋菓子を作ってお客様の素晴らしい時間を作ることが私の仕事。
小さい頃から洋菓子が作るのが上手かった祖父の影響で、私は小さい頃からお菓子を家で作っていた。高校卒業後の進路で専門学校を選んで料理の資格を取って、その後ここに就職した。大きな問題はなかった。
夢を叶えて大好きなお菓子に囲まれた生活。だけど。
「はぁ……結局は今日も仕事に追われて」
そう言いながら駅へ。
私「樹甘夏」は25歳、独身。
あの頃、夢見た「パティシエールになる」という夢は叶ったけれど仕事時間は長くてプライベートな時間は全くないと言っていい。友人と遊ぶことも恋人を作る時間もなく、私は私のプライベートを犠牲にしてしまっているような気がする。
駅までの道を歩きながらビルのショーウインドウに映った自分の姿を見る。
どこにでもいるような25歳の女性。
出勤時は「オフィスカジュアル」と呼ばれる服装だ。
派手でもなく律儀過ぎない。
ファッションも雰囲気も特別優れていることはない。このご時世と東京という街で「特別になりたい」と誰もが思っている。現実を抜けだして甘い時間を味わいたいという願望が誰にも少しはあるからだ。

帰り道の途中、自宅の近くの公園に寄る。
職場の廃棄のパンくずを鳩にやるためだ。
このところの楽しみなんてものはないけれど公園で鳩にパンくずをやるのが日課になっている。というのもプライベートでやることなさすぎて「鳩でも動画に撮るか」と思って一度始めたら、思いの外鳩の餌やりは心が和むことに気付いて、たまに職場から廃棄になるパンくずを極少量持って帰っている。
この公園は比較的大きい。
広い敷地面積でこの近所の住民の憩いの場になっている。公園は業者によって綺麗に整備されていて公園の中には散歩する人や、遊ぶ子供たちが見える。水飲み場もある。居心地は悪くなく癒やされる空間だ。
鳩に餌をやってぼんやりしていると声が聞こえた。
『大丈夫かしらね、あの人?』
そう話している老人が示している方向を見る。
一人の男性がベンチに倒れそうな角度でうつむいて座っている。ここから見るにはその座り方が「具合が悪そう」にも見える。実際にそうなのか私には分からないけれど心配になるような座り方だ。
助けた方がいいのかも。
〈意識はあるのだろうか〉
思い切って声をかける。
「大丈夫ですか?」
必要であれば救急車を呼ぼうと思ってのことだ。
「ああ、心配をかけてすまない。大丈夫だ」
〈あ、凄いかっこいい男性〉
酔っているその男の人は40歳くらいに見えた。
とてもスマートな印象のイケメンで「若い頃はどれだけモテていたんだろう?」と思うくらいの美貌だ。少し白髪が見えるけれどそれでも思わずドキッとするような。
「あの、どうかされましたか?」
「大したことじゃないんだ。少し過去の良くないことを思い出してお酒を飲んでいたら飲み過ぎてしまっただけのことだよ。時間が経てば良くなると思う。ところでお姉さん、お姉さんはパティシエールでしょ?」
「え、どうして分かるんですか?」
「分かるんだよ、俺には。俺は実は昔に少し有名だったパティシエなんだ。今は後輩の指導に当たっている。ねえこの後空いているのなら少し話をしないかい? お姉さんとなら色々と話し合えると思うんだ、お互いに同業者だから」

〈どうしようかな〉
この男の人に興味があった。
その理由は単純に「かっこいいから」だ。
友人とも会えていなく恋人も居ない寂しい生活を送っている私には「男の人と接点が持てることは良いかも」と。それがこんなスマートで枯れかけている男性なら願ってもいない好機なのかもしれないと思う。着ているスーツもよく見れば高級品だ。
「あ、じゃあ一緒しましょうか。私も普段同業の人と話すことも多くないので楽しく話せるのなら。明日も仕事なので少しになりますが」
「ありがとう、じゃあとりあえず公園を出よう」
公園を出て少し歩くも男性の足元がふらついていることに気付く。本人は「大丈夫」と言っているがどうしたものか、私の家なら近い。
話すのなら自宅でもいい、のかな?
「あの、私の家で少し休んでいってください」
「そう? じゃあお言葉に甘えて」
私は彼を自宅に連れて戻ってきた。
少しとっ散らかっている特に何も特徴のない一室だ。
「狭いんですが、楽にしていてください」
水を持ってきたほうがいい。
もしも酔いが酷い時にはどうすればいいんだろう?
警察? いや、でも自分で家に連れてきて警察に引き渡すのも酷なような気もする。この場合は救急車……救急車を呼ぶってほどのことなのかな? 急性アルコール中毒や意識がないということでもないか。
とりあえず水を早く渡してあげよう。
「水を持ってきました」
「ねえ、あれ」と彼が指差したもの。
それは「どうせ誰とも遊ぶ予定も入れられないからいいか」と出しっぱなしにしていた「大人の玩具」いわゆるアダルトグッズだった。
思わず私が狼狽すると。
「欲求不満なの?」
彼はそう言って私を見て笑みを浮かべる。
「こんな玩具じゃなくてリアルでやってみない?」
「な、何を言っているんですか」
「いや、別に断ってもいいんだけどあんな玩具で一人寂しく慰めているんなら、俺がもっと良いことを提供出来るよって言うだけのこと」
彼は私の顔に優しく手で触れて見つめてくる。
「それで、どうする?」
それでベッドインしたというだけのこと》

・・・・・・・・・・

シャワーを浴び終えた彼は着ていた服を着て出て行くようだ。
「じゃあ、俺はこれで帰るから」
「あ、あの」
「なんだ?」
〈これで終わりで二度と会えないのかな?〉
そう思うと少し惜しい気持ちもあった。
「……よかったです、玩具よりもずっと」
「ふ、お前は素直だな」
言いたいことは伝わったようで彼は胸ポケットから黒い革の表紙のビジネス用の手帳を取り出してペンで何かを書いた後で千切って私に手渡す。
「じゃあ、これ俺の電話番号ね」
「あ、どうも。あの、名前は?」
「俺はレイドウ『レイドウ・ヨシカゲ』で登録しておいて。それと俺の電話番号は誰かに聞かれても他の人には教えないでね。特に他の女性には」

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