ハルとジウ――寺息子と葬儀屋息子の恋――

【書籍情報】

タイトルハルとジウ――寺息子と葬儀屋息子の恋――
著者竹薗水脈
イラストあす
レーベルフリチラリア文庫
価格350円+税
あらすじ仏教系の大学に通うハルは、鎌倉時代から続く禅寺の一人息子だ。幼馴染で葬儀屋の息子であるジウも、同じ大学に通っている。
ハルとジウには、中学の時に喧嘩別れした過去があった。大学で再会して、必要最低限の話をするようになったが、二人の仲はぎこちないままだ。
ジウと一緒に研究発表を行うことになったハルは、中学時代にジウを傷付けてしまったことを謝ろうとするが、ジウから告白されてしまい――!?

【本文立ち読み】

ハルとジウ――寺息子と葬儀屋息子の恋――
[著]竹薗水脈
[イラスト]あす

 

階下から母親に名前を連呼され、潮《しお》見《み》破《ハ》留《ル》はベッドから重い体を起こした。目にかかった金色の髪を、うっとうしそうに掻き上げる。病み上がりのせいか顔色が悪く、唇も少し荒れている。整った顔立ちをしているが、眼光が鋭すぎるため、子供の頃から目つきが悪いと言われることが多かった。
重い足取りで台所に行くと、テーブルの上に紙袋が置いてあった。覗いてみると、中身は、プラスチック容器に収められた、ぼた餅だとわかった。
「たくさん頂いたから、汐月《しおつき》さんのところに持って行って」
エプロン姿の母が、料理の手を止めずに言う。
ハルはあからさまに顔をしかめた。
「俺、昨日まで熱があったんだけど」
「もう下がったでしょ。いつまでも横になってないで、少しは外の空気吸ったほうがいいわよ」
文句を言い続けても勝てるはずがない。ハルはしぶしぶ紙袋を持って外に出た。
沈みかけた太陽が眩しい。ハルは掌でひさしを作る。
(そろそろ春も終わりか)
ハルは深呼吸をして、初夏の空気を肺いっぱいに吸い込んだ。重苦しかった気分が、少しだけ軽くなった気がする。母が言うことも、一理あるのかもしれない。
柔らかな春の日射しが、照り付ける夏の太陽に変わる直前。花の匂いが混じった空気が、すがすがしい若葉の香りに変わっていく季節。ハルは四季を通して、この時期が一番好きだった。
時計屋。フトン屋。電器屋。眼鏡屋。駅へと続く商店街を通りすぎていく。見慣れた風景の中に、異質な白黒の鯨幕《くじらまく》を見付けて、ハルは足を止めた。
眩しいくらいに真っ白で、瀟洒《しょうしゃ》な建物は、他の商店とは一線を画していた。葬儀会館の前に設けられた、通夜を知らせる看板が、見知らぬ誰かの訃報を伝えている。
嘔吐感が込み上げ、一歩も動けなくなった。
「いつまで突っ立ってるつもりだ」
葬儀会館の隣にある事務所の扉が開き、見知った人物が顔を出した。
「用があるから来たんだろ? 入れよ」
ハルの幼馴染の、汐《しお》月《つき》慈《ジ》雨《ウ》だ。ジウは中学から柔道をしていて、大学二年生になった今でも、柔道サークルに所属している。身長は178センチで、がっしりとした体格をしている。精悍な顔つきだが、少し下がりぎみの目尻が、優しい印象を与えている。
ハルが動けずにいると、ジウは怪訝《けげん》な顔をした。
「どうした?」
「棺桶《かんおけ》ない?」
「失礼な奴だな、相変わらず。お客様から丸見えな店の真ん中に、棺桶《かんおけ》が置いてあるわけないだろう」
言葉遣いは乱暴だが穏やかな表情をしているため、怒っていないことがわかる。
「ていうか、おまえん家《ち》だって、人のこと言えねえだろ。人数だけで言ったら、おまえん家《ち》のほうが多いんじゃないか」
ジウの言葉に、ハルは渋面を作って押し黙った。
ハルは、鎌倉時代から続く禅宗寺院の一人息子だ。
二階にあるハルの部屋の窓を開ければ、山の斜面に沿って作られた霊園墓地が広がっている。
黙ったままでいると、ジウがドアを大きく開いた。ハルは仏頂面のまま歩を進める。ドアをくぐる瞬間、ジウとの身長差に気付く。小学校を卒業する頃までは、身長は同じくらいだった。今ではジウのほうが10センチ以上高い。ハルの頭頂部が、ちょうどジウのおでこくらいの高さになる。すぐに熱を出して寝込むことが多いハルと違って、ジウは柔道で鍛えたたくましい肉体を持っている。
事務所には来客用の椅子や机、パソコンが置かれていて、中身はハルの家の寺務所と変わらない。
「悪いこと言わねえから、今からでも少しずつ慣れておいたほうがいいんじゃないか。俺たちが就こうとしているのは、ご遺体に関わる仕事だからな」
「うるせえな。そんなこと、言われなくたってわかってるよ!」
寺で20年近く暮らしていれば、父親の仕事内容もわかってくる。人が亡くなれば、通夜や葬儀が行われる前に、真っ先に僧侶が呼ばれる。納棺《のうかん》に先立って、僧侶が枕元で経《きょう》を上げる。すなわち枕経《まくらぎょう》だ。僧侶は、誰よりも先にご遺体に対面する職業なのだ。
ハルは居たたまれなくなり、ふらつく足取りで机に紙袋を置く。
「ぼた餅、持ってきただけだから」
「おばさんに『いつもありがとうございます』って言っといて」
足がもつれてよろめいてしまい、ジウに溜息交じりに言われる。
「卒倒したら、姫抱っこで家まで運ぶぞ」
「それは避けたい」
商店街には顔見知りが多い。お姫様抱っこされているところを見られたら、どんな噂《うわさ》を立てられるかわからない。
「触られたくなかったら、しゃんとしろ」
『触る』という単語に、ハルは目を見開いて硬直する。ジウも「しまった」という顔をしていた。気まずい沈黙が流れる。
「悪い」
ジウが目を合わせずに詫《わ》びを入れる。ハルもジウの顔を見ることができなかった。
「いや、俺も」
「座れよ。お茶入れるから」
「もう帰るから」
ジウに背を向けてドアに進むと、後ろから声をかけられた。
「研究入門演習の講義、俺とおまえで研究発表することになったから」
ハルとジウは、電車で一時間以上かかる私立大学の仏教学科に通っている。三年生で専門分野を選択するにあたって、二年生で研究発表の練習を行う講義が、『研究入門演習』だ。いくつかのグループに分かれて発表することになっている。
「は? なんで俺とおまえが?」
ハルは振り向いて頓狂な声を上げた。
「今週欠席しただろ。ちょうどグループ分けの日だったんだよ。地元が同じって理由で、教授から名指しされた。『色々助けてあげてください』だってさ。よく見てるよな」
ハルは頭に血が上っていくのを感じた。研究入門演習は、前期と後期で単位が分かれている。
「来週中に研究テーマを決めて、提出しなきゃならないんだ。俺もいくつか候補考えとくけど、ハルも考えといてくれよな」
これから二ヶ月以上、少なくとも前期が終了する七月末までは、ジウと過ごす時間が格段に増えるということだ。それが何を意味するのか、ハルには見当がつかなかった。

週が明けて、月曜日。
駅に向かって歩いていると、陽気な声が聞こえてきた。
「ハル。一緒に大学行こうぜ」
ハルは一瞬足を止めたものの、振り返らずに歩き出す。
「無視すんなよ。気付いてるくせして」
ジウが追い付いてきて隣に並んだ。
「どうせ昼に会う約束してんじゃん」
三限目は二人とも休講だ。一緒に昼食を済ませた後、図書館で研究テーマを決めることになっている。
「図書館で会えばいいだろ」と言ったが、「どうせなら一緒に学食に行こう」と強引に押し切られた。

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