【書籍情報】
タイトル | 激愛 わたしをえらんで 第二章:変わらぬライバル |
著者 | 時御 翔 |
イラスト | |
レーベル | レグルスブックス |
価格 | 200円+税 |
あらすじ | 実業家の娘・百目木佐穂、高校生。彼女は、光堂福望に恋をしている。 そんなサホは兄と慕う春という幼馴染がいる。 一方福望は福望でライバル視する存在があり――。 |
【本文立ち読み】
■変わらぬライバル
●2
「一ツ橋 春か」
遠目でその存在を見据えていた。
上流階級の福望ともあろうものが、中流階級の春を終世のライバルだと思っている。
福望は、これまで負けたためしがない、というより勝ちの人生だった。しかし、唐突に眼前に現れた小柄な少年が、福望と横並びにスタートして、ゴールをするときはいつも彼の背中を見て追いかけていた。
二番手だった。
初めてのことだった。中学二年の感情が不安定な時期も重なって激しく荒れた。
一つ学年が下の一ツ橋 春。その存在が脅威に感じた。
臆することなんて何ひとつない暮らしっぷりの温室生活の福望が、雨ざらしで過ごしている春と対面すると顔がこわばってしまう。
見た目も小柄で力がない印象なのに、何十倍もでかく見えてしまう。そのときは自分にも劣っている面があると気づかせてくれた彼をリスペクトすることもあった。だが、そのままでは福望は人生のどこかの場面でだれかを頼って任せてしまうようになる。それはダメだ。
光堂家は上層の位置で日本を支える家だ。将来指導者になると言われている福望が、たった一人の同年代の少年という小石に蹴躓いて転倒する。その膝の擦り傷の痛みが残像となって一歩を踏み出せない男になってしまう。
「それはイヤだ!」
何度自室で叫んだことか。
これが佐穂を巡る恋のライバルというのであればまだわかりやすくていい。
闘うに値しないからだ。佐穂は福望に好意をもっている。だから春がいかに介入しようと春に勝ち目はない。
しかし春を敵視している理由は、敗北の苦渋を飲まされ続けているから。男として優劣をつけるための存在。つまりは、ライバルだ。
福望は人生において初めて、そんな春に対して劣等感という感情を抱いた。かきむしりたいほど血流の中で暴れていた。
福望はホールから去るとき、顔を向き合わせている姿に気づいた。
同じ男として負けているのか。そう思うと取り乱したくもなる。だが、高貴な立場にいる福望はここで荒々しく略奪して逃げ去る下劣なことはできない。
勝負は正々堂々と勝つ。本当の花嫁を手にいれるのは、勝った者だ。それが光堂家の家訓。
中学から福望は飛びぬけてマルチな才能を開花させていた。学校の部活だが運動部へのピンチヒッターとして出場していた。
サッカー、バスケットボール、テニス、バレーボールとかならず福望が助っ人選手として出場すると勝利をもたらせるキーマンになっていた。
しかし、こと陸上においては失意に落とされる。シンプルに走るだけという競技は福望にとって初めて身体的、肉体的の実力の差が出るスポーツであると知った。
一ツ橋 春と大会で出会ってからは、どういうわけかいつも福望の前に立ちはだかり1位を掻っ攫っていた。
目の前にはゴールするときの白いテープをつき抜けるイメージしかなかった。それがこれまで幾度となく春と競ってきて彼の背中を追走する映像をみせられていた。
悪夢となって夜な夜な見ることがある。特に競技の数日前からはうなされる日々だ。
彼の背中を見ている。その映像が頭から離れない。ベッドの上で上等な高級枕を、劣等感というこぶしで何度も殴りつけていた。
クールに気取った装いは造られた人間像だ。こんなにも体内が熱く力づくで発散したい気持ちが湧いてくるのは人間味がある証拠だと実感した。
一年早く卒業した福望は大学の陸上大会で1位を獲った。初めてイメージどおり白いテープをつき抜けたときの快感をあじわった。
高校で同じ陸上部に出場した正規選手も同じ大学に進学してこう言った。
「あのすかした男がいなければ1位なんだよ、福望はさ」
そのひと言に気づいた。初めて陸上で優勝台の1位を獲ったというのに、信じられないほど落ち込んだ。称賛の言葉、喝采の拍手も聞こえなかった。
「そうか……あいつがいたら――僕は2位なんだ」
現実は変わらない。空虚な風が福望に吹き抜けていった。
春という並行するライバルがいないから1位になった。来年もし彼があがってきておなじ土俵に立ったのであればそれは決定する。
優越感に浸れるのもこの一年だけ。来年は彼が出場し、彼の背中をまた追いかけることになるのか。
屈辱の過去の功績だがその反面、待ち遠しくてしかたがなかった。
「つぎこそは――」
走るたび口癖のようになっていた。
しかし、ライバルの気持ちを裏切るように、翌年の陸上大会に彼の姿はなかった。陸上界から姿を消したのだ。
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