ダダ漏れ、恋愛

【書籍情報】

タイトルダダ漏れ、恋愛
著者如月一花
イラストモルト
レーベルヘリアンサス文庫
価格300円+税
あらすじ子供の頃から心の声が聞こえてしまう心羽。大人になって働いている時でも、その声は聞こえてくる。
ある日、社内でも人気の立花が心羽のことを好きだと心の声で呟いていて。
思わず傍に寄るのだが、彼の態度は冷たくて……。

【本文立ち読み】

ダダ漏れ、恋愛
[著]如月一花
[イラスト]モルト

オフィスのキーボードを叩く音に混じり、峯岸心羽(みねぎしここは)には同僚の悩みのような言葉が頭に中に飛び込んで聞こえていた。

『今日、彼とデートだ〜。さっさと帰ろう〜』
『今日、なんか彼女良い匂いがする。なんでだろう、もしかして俺のために……?』
『はあ、課長なんでこんな資料よこしてくるかな〜』

黒髪を一つに結んだだけで、薄化粧。くりっとした目は印象的だが、グレーのジャケットを着て、新卒とほとんど変わらない格好。二十四歳になって会社にも慣れてきているはずなのに、心羽は今日も社内のモブのようだ。
カタカタとキーボードを叩く音に混じり、同僚のため息と共に心の声が聞こえてきた。
心羽はしれっとした態度を見せて仕事を進めているが、社内恋愛しているカップルも知っているし、不倫カップルも知っていた。
もちろん、叶わない恋に悩んだり、同僚の悪癖に悩まされたり、仕事の悩みが尽きない人もいる。
心羽はそれらを全て胸にしまい込み、仕事をしていた。
同僚に心を許せるような同期もおらず、黙々と仕事に打ち込むことで、なんとか秘密は守ることが出来ていた。
幼い頃から、友人関係を断つことで他人の心の声を全部一人で背負っている。
心羽にとって、黙々と仕事に打ち込み、他人の声が聞こえてしまう状況は日常的でもあった。
『峯岸さん。今日、ご飯に誘ってみようかな』
(ん? この声は)
思わず顔をあげると、心の声の主は二つ年上の先輩、立花歩(たちばなあゆむ)だった。
(なんで、私とご飯を?)
『今日もかわいいな』
(え……っ)
思わず固まってしまうと、立花を見つめてしまう。
彼はしれっとした態度でパソコンを打っていて、そんな言葉を考えているようには見えない。
キリリとした眼差しは少し冷たいように見えるし、きちんと整えられた黒髪と、弾き結ばれた口元と知的な表情は社内でもイケメンなのだが、とっつきにくさもあって遠巻きに見ている女子が多い。
そんな彼が、自分を可愛いと言っている。
(何かの間違いじゃ)
『そういえば、この前休憩室で少し話せそうだったから、今度こそ話してみようかな』
(休憩、室? すれ違った時、かな。でも、一瞬だったと思うけど)
『俺のことどう思ってるんだろう』
(えっと……これは喜んで良いのかな)
心羽はチラ見しながら、仕事をしてしまう。
彼は表情ひとつ変えずに資料を作り続けていて、なんなら冷たい眼差しすら感じるのだ。
全く表情からは読み取れず、心羽は初めて心の声が聞こえてくるのに苦悩した。
(本当に立花さんの声だよね? 勘違いかな)
けれど彼の特徴的な艶やかな低音に、心羽は間違いないと言い聞かせる。(こういうとき、どうしたら良いんだろう。話したことないし)
心羽はキーボードを打ちながら唸りたくなった。
普段ならそれとなく手伝えることは手を貸したり、悩みに乗ったりした。
しかし、立花は冷静なイケメンで、恋に浮かれるタイプでもなく、うっかりしたことは出来ない。
(私から少し話してみたら、進展したりするかな……とはいえ、話すの苦手)
人と関わることを極力避けていたせいで、コミニュケーションスキルがあまり磨かれることなく育ってしまった。
しかも相手は愛想があるとは言えない立花。
何から話をすれば良いだろうと、キーを打つ手が止まる。
(何か仕事手伝えることありますか、とか?)
心羽は大した策もなく立ち上がると、立花のデスクに向かって歩いた。
心臓がバクバク鳴り出して、自分が馬鹿なことをしていることに気が付く。
立花が自分を思っていてくれているからと言って、嬉しくなって逆アピールする必要なんてないのだ。
ただ、心羽にとっては異性にひっそりと好かれるということが初めてで、心地よくてたまらなかった。それまで男子とは話もほとんどしたこともなく生活していたから、余計だ。
浮かれてしまい、立花と恋愛関係になれたらと思って、思わず近寄ってしまう。
「立花さん。あの、何か手伝えることありますか?」
隣に立って心羽はおずおずと言った。
すると立花は不機嫌そうな顔をした。
「今忙しいので」
「えっ」
「峯岸さんに頼むことはありません」
「は、はい」
(なんでこんな冷たいの? やっぱり違う人……)
そう思った矢先だ。
『なんでいきなり峯岸さんが声かけてくるんだよ! 心の準備が出来てないから、感じ悪いじゃないかっ!』
(えっ!)
立花の声に心羽は思わず表情が緩んでしまう。
「何かおかしなことでも?」
「いえ、その、忙しいのにすみません」
「ええ、休憩時間に声をかけてください」
「はい……すみません」
(怖い……)
心羽が萎縮して立ちすくんでいると、立花の心の声がまた聞こえてきた。『何言ってんだ俺〜〜〜〜! もう終わった。嫌われた』
「嫌いじゃありません。ちょっと怖くて」
心羽は思わず呟くと、立花が首を傾げる。
「何を言ってるんですか? 仕事の邪魔です」
『最低だ……もう帰りたい』
心羽はそろそろ顔を上げて、立花を見つめてみる。
心の声とは裏腹に鋭い目つきで睨まれてしまった。
(怒ってる……ようにしか見えないけど。内心は凄い動揺してる……怖いけど)
心羽は肩を落として立花に頭を下げると、自分の席に戻った。
心の声が聞こえてきたからと言って、自ら声を掛けるんじゃなかったと後悔する。
同時に、立花の心もかなり動揺していることを知った。

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