猫は転生して獣人になった

【書籍情報】

タイトル

猫は転生して獣人になった

著者鈴野葉桜
イラスト庚あき
レーベルヘリアンサス文庫
価格400円+税
あらすじ獣人のノエルには、誰にも言えない秘密があった。
それは、前世の記憶があり、ただの飼い猫だったということ。このことを誰にも話すつもりはなかった。
しかしある日、ノエルが働く本屋に一人の青年がやってくる。
その青年は髪や瞳の色は違っても、前世の飼い主と全く同じ顔立ちをしていた――。
前世で飼い主と飼い猫だった二人が異世界で再び巡り合う、異世界恋愛物語。

猫は転生して獣人になった
[著]鈴野葉桜
[イラスト]庚あき

目次

猫は転生して獣人になった

「ノエル、今日発売の本の売り場を作り終わったら、既刊本の在庫を補充しておいてくれるか? 思ったより事務作業が長引いてて、中々在庫補充に手が回らないんだ」
「はーい!」
ノエルは少し間延びした返事を店長に返すと、ちょうど並べ終わった新刊コーナーを背にして、既刊本の本棚に移動した。
ノエルの働く本屋「リンク」は小さいながらも、本の種類が充実していると評判の店だ。店員は店長とその奥さん、そしてノエルだけで回している。仕事量はそこそこあるし、力仕事な面もあるが、本好きのノエルにとっては良い職場だ。
それに店長も奥さんも人柄が良く、三人いれば人手は十分なこじんまりとした、アットホームな職場だ。けれど休みたい日の融通も利かせてくれるのだから、これ以上ノエルに合った職場はないとノエルは思っていた。
本棚の一番下に設置されている引き出しを開けて、売れた本の補充をしていく。在庫が無いものの、売れ筋の本などはメモに書いていき、慣れた手つきで全ての本棚を補充していった。
「ふう、こんなもんかな? 店長、終わったんですけど、他に仕事ありますか?」
補充の仕事がひと段落したので、休憩室兼事務室に籠っている店長に声をかける。
「助かったよ、ありがとう。そうだな、今のところは大丈夫だから、レジ番をしながらのんびり本でも読んでてくれ」
書類と睨めっこしている店長はノエルに目を向けることなく、手を振った。
(やった!)
これもこの職場の良いところの一つだ。
最近購入したばかりの一冊の本を休憩室から取ってきて開いた。基本はジャンル問わず読んでいるが、最近は恋愛物にどっぷりとはまっている。タイトルに惹かれて何気なく手に取ったのがきっかけだが、まさかここまではまるとは思ってもみなかった。
(それもこれも、あの本が私の前世と似ていたから、なんだけどね)
ノエルには誰にも言っていない秘密が一つだけあった。
それは、違う世界でただの猫として生きた、前世の記憶があるということだ。前世の世界は、この世界とは全く違う世界で、家の造りはおろか、発展したものですら違うし、住む人種も違う。同じところを見つけようという方が大変なくらいだ。
もちろんあちらの世界にも、こちらの世界にも良いところはたくさんある。例えば前世の世界は人間が主体となった世界で、栄養がしっかりとれるキャットフードや猫用の美味しいおやつがたくさんあった。野良猫として生きるのは毎日が命がけだったが、優しい人間に拾われてからは、熱くも寒くもない快適な場所で過ごすことができたし、何よりその優しい人間と一緒に生活することがとても楽しかった記憶がある。
こちらの世界は猫や犬といった愛玩動物こそいないが、今のノエルのような獣人という種族や人間がいたりする。
ちなみ余談ではあるがノエルは、白髪青目の前世と色合いが変わらない猫の獣人である。
また、街の外へ行けば、魔獣という危険な生き物が生息しているが、その素材はノエルたちの生活に大きく役立っているから、一概に害獣とはいえない部分がある。
それに街の外に出なければ安全ではあるので、基本安全面は気にしなくていい。
人柄も前世に比べるとのんびりとした性格の持ち主の方が多くて、時間に追われている感じがしなくてノエルは好きだった。
(でも……)
前世に未練はない。前世での死因は老衰だったから、猫生を謳歌できたと思っている。
しかしふとしたときに、思い出してしまうのだ。
――ノエル
前世も今世も同じノエルという名前。その名前を前世でつけてくれた人の声を、いまだに覚えている。
(また陽翔に名前を呼んでもらいたいな)
無理なことはわかっている。
でも胸の中で思うのは自由だ。
ノエルが子猫のとき、偶然公園で出会った男の子、陽翔が拾って名付けてくれた。小さかった陽翔もノエルが老衰で死んだときは、すでに立派な青年になっていた。声変わりしても、ノエルを呼ぶその声の優しさは変わっていなくて。何かあったときに眉を寄せて泣く姿も変わっていなくて。
最後に見た顔が泣き顔だったのが、少し残念であり、それほどまでにノエルを家族として愛してくれたことを嬉しく思った。
前世の世界ではありふれた黒目黒髪の陽翔の姿を脳裏に浮かべる。
(もうおじさんになっているのかな。見なかったなあ)
最期まで一緒に人生を歩めなかったことは残念だが、人間と猫。どうしても寿命が違ってくるのだから仕方がない。
「…………せん。すみません!」
「っと、はい」
考え事をしていたせいか、掛けられた声に反応が遅れてしまう。
(いけない、いけない。今は仕事中だった)
いくら本を読んでいい環境とはいえ、仕事中なのだからしっかりしなければ。
心の内で反省をし、読むつもりだった本をレジ下にある引き出しに一旦しまう。
「ディーノさん、今日もいらしてくれたんですね。ありがとうございます」
そこにいたのは常連客の青年ディーノだった。
ノエルたちが住むリーントップという街は王都から少し離れた場所にあるが、そこそこに栄えている住みやすい街だ。人の行き来も多く、獣人と人間の割合はちょうど半々といったところだ。
ディーノはこげ茶の髪に、蜂蜜色の目をしている人間だ。本を読みすぎて目が悪くなったのか、元からなのかは知らないが、丸眼鏡をかけていて、ふんわりとした雰囲気をまとっている。
しかし今日はどこかそわそわとしていて、なぜか両耳が赤く染まっている。
(風邪でも引いたのかな?)
常連で顔見知りとはいえ、そこまで突っ込んだ話をする仲でもない。
だから敢えてそこには突っ込まず、ディーノが話しかけてくるのを待った。
客はディーノ以外おらず、店内はしんとしている。そんな中、いつもよりなぜか緊張気味なディーノに再度名前を呼ばれた。
「ノエルさん!」
「はい!!」
その声は店内に響くほど大きくて、ノエルもつられて大きな声で返事をしてしまった。
大声を出してはいけないという決まりはないが、それでも本屋は静かな場所だ。しまった、と口を両手で塞いでいると、どこに隠し持っていたのか、ディーノに赤い花束を差し出された。
「ぼ、僕と付き合ってください」
一瞬何を言われたのか分からず、オウム返しをしてしまう。
「付き合う? ディーノさんと?」
「はい。ノエルさんのことが好きなんです。だから僕の恋人になってほしくて」
ディーノは店の常連だ。気まずくなるのは困るし、ディーノ自身、性格も良さそうで本が好きという共通点もある。獣人と人間が結婚しても、法律上なんの問題もない。むしろこの街にはそういう夫婦が多いくらいだ。
年齢を聞いたことはないが、おそらくノエルの少し上くらいで歳がそれほど離れているわけでもない。顔の作りも悪くないどころか、よく見れば整っていることに気づく。
告白されて瞬時に考えただけでもこれだけ良い点があがるほど、優良物件なのは間違いない。
それに付き合ったとしても、すぐに夫婦になるわけではない。お互いを知っていく上で合わないなと思えば、そこで別れを切り出せばいい。
二十歳になっても恋人がいないノエルは、ちょうど結婚適齢期に入っている。ここで逃せばずっと独り身かもしれない。
(ここで付き合うのもありかもしれない)
ディーノのことはこれから知っていけばいい。ノエルの友人にもそうやって付き合っている子はいた。
(……でも)
「ごめんなさい。私ディーノさんとは付き合えません」
「……理由をうかがっても?」
ノエルは頭を下げて断りを入れた。赤い花束がかさりと音を立てて、ノエルの視界から消える。床には数枚の花びらが落ちていた。
「別にディーノさんが嫌いってわけでも、恋人がいるってわけでもないんです。ただ、私は恋愛感情というものがわからなくて」
今まで誰かを好きになったことは一度もなかった。
もちろん恋愛小説を読むくらいだから、恋愛に憧れがないわけではない。
でも自分自身が恋愛をする、と考えたとき、二の足を踏んでしまうのだ。
好きでもない人と打算で付き合って、ゆくゆくは家族になるのか、と。
家族という単語から、最初に思い浮かべてしまうのはやはり陽翔のことだった。前世で陽翔と家族だったように、今世で誰かと家族になるということを想像ができないのだ。もちろんペットと飼い主の関係と夫婦では在り方が違うのはわかっている。
それでもいつか比べてしまうのだろうと思う自分がそこにいた。
そう思うと、自分から最初の一歩が踏み出せずにいた。
前世のことを誰かに話すつもりはない。この先結婚したいと思うような男性が現れても、だ。
「僕と付き合って、恋愛感情を知っていくのは、駄目なんですか?」
「ごめんなさい」
ノエルにはその一言しか言えなかった。
ディーノは肩を落とし、下手くそな作り笑いを浮かべる。
ああ、傷つけてしまったなと思いながらも、そこには触れないでいた。
「今日は帰ります」
「はい、わかりました。またのご来店をお待ちしておりますね」
「ありがとうございます」
ノエルに振られて当分は気まずくて来られないかもしれない。
でもノエルの働く本屋の店舗自体は小さくても、街で一、二を争う、品ぞろえの多い店だ。
そんな店に来られなくなるのは本好きからしてみれば、相当の痛手だ。
だから声をかけられずにはいられなかった。
ディーノはノエルの方を振り向くことなく、店をあとにした。

 

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