偏愛彼氏からの溺愛1―その男、キケンです―

 


【書籍情報】

タイトル偏愛彼氏からの溺愛1―その男、キケンです―
著者如月一花
イラストモルト
レーベルヘリアンサス文庫
価格300円+税
あらすじ久美は結婚も約束した相手から盛大にふられて、それは会社でも噂になるほどだった。
そんなとき、道端に男性がいて怖いながらも助けてしまう。するとその男性が部屋で介抱してほしいと無理を言ってきて、さらに久美のストーカーであることを知る。
なんとか逃げるのだが、しばらくすると彼が新人として久美の会社に転職。しかも仕事を教えることになってしまって!?

【本文立ち読み】

偏愛彼氏からの溺愛1―その男、キケンです―

カタカタ、とパソコンのキーボードを叩く音がさっきよりも強くなっていた。
仕事中だというのに、隣の女子社員が恋愛の話を始めたからだ。
急ぎでもない仕事なのに、タイプスピードはさらに増していく。
「彼と昨日同棲について話してたんだけど」
「いいなあ。こっちは会うとお互いに文句言っちゃう」
「仲良くやってる証拠じゃない?」
女子の恋バナは仕事中でも関係ない。
どんどんヒートアップしていき、お互いのプライベートの話題まで話し始めた。
渋谷久美(しぶやくみ)は時計を見て、そろそろ就業時間であることを確認する。
「ねえ、渋谷さんも一緒に話さない?」
唐突に話しに誘われて、久美は首を振った。
「いえ。そろそろ仕事も終わるので」
「そう。急ぎじゃないなら、明日でもいいじゃない」
「明日に仕事残したくないので」
久美は無表情を作り出して、女子社員に対応した。
そうでもしないと、怒りや悲しみが吹き出しそうなのだ。
その女子社員は失恋したばかりだと知っていて、自分に恋バナの話題を持ちかけてくるのか。マウンティングしたいのか、それとも、哀れみの目で見ていたいのか。
ただ純粋に楽しみたいのか、久美には想像ができなかった。
パソコンに向かい冷めた目で仕事を再開すると、同僚はクスクス笑い出した。
「八年付き合ってた彼氏から振られたって本当だったんだね」
「最近まで、この手の話題好きだったのに、渋谷さん」
「結婚近いって何度も聞かされたもんね」
わざと聞こえてくるように言われて、久美はムッとした。
思わず睨みたくなるが、堪えるしかない。
久美だってまだ信じられないのだ。
八年付き合っていた彼から、コンビニで突然振られて、別に好きな人がいると言い渡された。いつものようにデートをしてラブホに行く前にコンビニに寄っていた。
いつも通りの毎日だったはずだ。
女性として見られないだの、友達みたいだの、散々言われて、最終的に好きな人がいると言われたのだから、完敗だ。
その日は終電で帰宅して、それきり記憶が曖昧だ。
仕事以外にやることがなくなったが、必死に頑張ろうとしていた矢先に、会社ではよりによって現場を目撃していた人物までいて、噂になった。
そのコンビニはこの会社から近いのだ。
劣等感でいっぱいの中、久美は淡々と日々を過ごすしかない。
仕事を終えると、久美はデータをサーバに入れ、パソコンの電源を落としてバッグを持って立ち上がった。
「お先に失礼します」
部署内では飲み会が開かれるみたいだったが、久美に声を掛ける人もおらず、さっさとフロアを後にする。
そのままエレベーターに乗り込み、一階まで降りるとエントランスホールを突っ切り駅に向かった。
何も用もなく、ただ帰宅するだけの自分と、周囲は嬉しそうに浮かれている温度差をはっきりと感じる。もう気安く浮かれたくないし、出会いを求める余裕もない。
電車に乗り込み、ふと中吊りを見上げると『激震! IT社会とその後』という見出しが飛び込んだ。
自分には縁のない世界だと思い、静かに音楽を聞いてアパートの最寄り駅に到着したので降りる。
改札を抜けると、駅前は賑わっていて、久美はまた俯きがちに歩き出した。
そのまま一気に商店街を突き抜けていくと、小道に入ったところで人気がなくなる。
早歩きのまま足を進めていると、ふと視界に男性がうずくまってしゃがみ込んでいるのが見えた。
(やだ、近寄らないでおこう)
反対に避けていると、男性の顔がそっと上がり、久美は顔をそらす。
「おかえりなさい。待ってました」
(わ、私に言ってるの?)
「あの、飲まず食わずで待っていたので、お水くれるとありがたいです」
「人違い……では?」
思わず足を止めてしまうと、久美の元に男性が立ち上がり近寄ってくる。
長身の黒髪、ぐったり疲れた顔をしているが、切長の目に高い鼻梁、色白の肌は目を引いた。とはいえ、夜道の細道で声をかけられても嬉しくない状況だ。
(変態。変態だ)
「すみません!」
逃げるように走ろうとするとバッグを引っ張られる。
「逃げないで。渋谷さん」
(なんで私の名前を! 私この人知らないんですけど!)
バッグを払い除けようとすると、手をぎゅっと握られる。
「ヒイッ」
「お水、ください。いつも水のペットボトル買いますよね。富士の水」
言われて、久美はバッグを隠したくなった。
今日も『富士の水』を買って飲んでいるのだ。
体に良いと元彼に勧められて以来、毎日毎日水を飲んでいる。その習慣は、失恋しても抜けるものではなかった。
「救急車呼びますので」
「いえ。渋谷さんが介抱してくれれば治ります」
「できません!」
思い切り振り解こうとすると、ぎゅっと手を握られる。
ゾワっと鳥肌が立って、また悲鳴をあげたくなったが、声も出なかった。
「は、離して」
そう言って、男性の顔をもう一度見るとどこかで見たことがあるような気がした。

【続きは製品でお楽しみください】

 

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